3-20
宿屋の前まで行くと、そこには会いたくない人物の姿があった。
エドウィン君と、王子だ。
(あー、もう面倒くさい気配しかしない)
とはいえ、あちらはもう気づいているらしく視線がバッチリ合っちゃったし。
王子がこちらに手を伸ばしかけたのをエドウィン君ががっちりホールドして抑えてくれているだけまだマシか?
そんな彼らの周りには、騎士っぽいのと商人っぽいのと……。
(私たちに会わせろって王子がごねて、騎士たちが面倒になって商人たちに掛け合ったか)
エドウィン君は私たちが会いたくないという態度に対して理解を示していたから、おそらく本意ではないのだろうけど……なんか、やつれてないか?
かなり苦労したのかなあ……。
「あー……お出迎え、お疲れ様?」
「姉様、それはちょっと違うかと……」
宿屋前で大勢に出迎えられるなんてちょっとした重要人物にでもなったみたい。
まあジュエル級冒険者はある意味で重要人物かもしれないけど。
軽く挨拶をしてそれで終わりにしたかったけど、当然のようにそうはいかない。
「イザベラ……イザベラ=ルティエ! お願いだ、一緒に国に戻ってくれ!」
「申し訳ございませんが、どなたかとお間違えではございませんか?」
さすがに大声を出すなと言われているのか、以前のように叫ぶような態度はなかったものの王子はかなり必死な形相でイザベラの足元に縋り付きそうな勢いだ。
そんな王子を制するように一歩前にできた騎士が私に一礼した。
「急に申し訳ございません。ジュエル級冒険者、アルマ殿とお見受けいたします。どうか、我々にお時間をいただけませんでしょうか」
「ごめん、いや」
「え」
即座に断った。
いや、だって受けてもなんのメリットもないでしょ?
エドウィン君に関しては可哀想だなあと思うけど、そこはそれ。
ライリー様に言われて来たにしろ、自分でやるって決めたことだろうし?
そもそも任務なら好き嫌いできる状況にないことだってあるだろうし?
そういうのを乗り越えて一人前になると思うから、これもきっと試練の一つなんだよ! 多分。
「そ、そう仰らず」
まあ、騎士の方はたまったもんじゃないのだろう。
あの日の王子の様子から察するに、相手をするのも相当、疲れるだろうし……かといって一応次期国王だもんね、ぞんざいな扱いはできないってところか?
でも、それって私には関係ないしね?
「私たち明日からダンジョン探索に行くから早く休みたいんだよねえ」
「で、では我々も協力を……」
「いらなーい」
普通に考えたらどっかの国の騎士といえばエリートなので頼りになると考えるもんだろうし、駆け出しの冒険者なら騎士と一緒に冒険したなんて箔もつくってんで喜ぶだろうけど私相手にそりゃないでしょ。
「探索に不慣れな騎士を連れて行く気はないし、勿論、足手まといになる王子のお守りなんてごめんなの。うちの妹にそれ以上近づいて困らせてご覧なさい、強制的に夢の中に行ってもらうけど……おわかり?」
王族への不敬? そっちが先に失礼を働くなら、自由を愛する冒険者としてそれに真っ向から抗議をさせていただこう。
権力や権威の前に立つ身分が、私にはあるのだ。
普段は面倒だからジュエル級冒険者だって威張ったりなんてしないけど、使えるものは使うタイプなのよこう見えて。
私がその意思をハッキリ示してやれば、騎士はグッと言葉を詰まらせたようだった。
「もし、発言を許していただけるなら」
イザベラが王子を冷たい目で見下ろしながら口を開いた。
その声に騎士は助けと感じたのか、ハッとした表情を浮かべたけれど、それはすぐに失望へと変わる。
「イザベラ=ルティエというのは王国で亡くなったという公爵令嬢のお名前でしょう? 亡くなった方とわたくしは偶然にも似ているかもしれませんが、このように懇願されても困ってしまいます」
「イザベラ=ルティエ! 私が悪かった、この通り謝るから! だから国に蔓延した呪いから救ってくれ、国を、民を、我々を……!!」
「止めてよ、うちの妹が呪いを振りまいたみたいに聞こえるじゃんか」
どうしてくれようこの王子。
宣言通りぶん殴って静かにさせてやろうか。さすがにそれはやり過ぎだって苦情がきそうだなあ、知らないけど。
「真の聖女は、お前だったんだよイザベラ=ルティエ……!!」
「お引き取りくださいませ。そしてどうぞ、わたくしたちに今後は関わらないでくださいませ」
必死な王子の声にもイザベラの心はピクリとも動かないらしい。
エドウィン君がそれを受けて、騎士と顔を見合わせてうなずき合った。
「承知した。後日改めて詫びをさせていただきたいが、今日はこのまま失礼する」
「エドウィン! お前だって彼女がイザベラ=ルティエだとわかっているだろう!! どうして、どうして……!!」
「殿下、一度声をかけ拒絶され、二度目は落ち着いて話し拒絶された場合は諦める。そのお約束でしたでしょう。これ以上、醜態を晒す真似はお控えください。……貴方がたもそれで納得したのだ、いいよな?」
騎士たちに向かってエドウィン君が挑むようにそう言ったのを見てまあまあ成長したかななんて思いつつ、私たちは去って行く彼らを見送って同時にため息を吐き出した。
それがなんだかおかしくて顔を見合わせて笑っちゃったよね。
「懲りないねえ、王子も」
「これで落ち着いてくだされば良いのですが。目的は商人たちとの会談という話だったでしょう?」
「まあ、後でアンドラスたちに話を聞けばいいんじゃない?」
「そうですわね」
今日はしっかり休んで、明日に備えないとね!
私とイザベラはどちらからともなく手を繋いで歩き出し、ダンジョン探索についてあれこれ意見を交わしながら部屋に向かった。
それにしても着いてきた商人たち、空気だったな。
みなさまメリークリスマス!




