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お店の二階にある個室、こういうのは商談用だったり上客用にある部屋だから内装が凝っていたりするもんだけど、この店もなかなかどうしてあの店主からは想像できないくらい趣味がいい落ち着いた部屋だった。
椅子もクッションも上質な布を使っているし、テーブルだってこれ結構いい材木を使った一枚板じゃない?
改めて注文した料理に使われる食器まで違うのになっている辺り、きっちりしているんだなあ。
「さて、じゃあ改めて商談に入る前に乾杯くらいしときましょうか」
「は、はい!」
「やだなあ、そうかしこまられると困るよ。何も取って食おうってんじゃないんだから」
「そうだぜ、カイゼル。商人ならここは商人らしく相手の財布から搾り取る位の意気込みで臨めよ!」
「マルセルは黙っててよ! もう!」
二人のやりとりを眺めつつも私たちは果実酒で乾杯をする。
ちなみにこの町で作られている果実酒は結構アルコール度数が高めなので、飲み方には注意しないといけない。
飲みやすくて知らない人ならドンドン口にして、最後は寝入って身ぐるみ剥がされる……なんてことも聞くし。
何より二日酔いはちょっと。
「さて、私のお財布事情を心配されても困るから……とりあえず今回はこのくらいを予算にお話しようかなと思うんだけど」
カイゼル君のこの草食動物めいた様子が演技かどうかは知らない。正直どうでもいい。
こちらとしてはそれなりに信頼できる商人筋の情報が欲しいだけだしね!
良い品を今後も提供してくれるってんならこれからのお付き合いの方法を考えるってだけで……宣言通り、今回損をさせるつもりもない。
だから私は腰にぶら下げている革袋を取る風を装って、空間収納から金貨の入った革袋を一つ取り出しテーブルに載せた。
こういう場面でちょいちょい使える方法だよ!
革袋に金貨を一定の枚数詰めて収納しておくだけ!!
常時腰にぶら下げてたらジャランジャランうるさいもの。
テーブルに置かれた革袋の膨らみと音に顔を見合わせた二人だったけど、マルセル君が恐る恐る手に取って「ぜ、全部金貨じゃねえか……」と呟いたのを耳にしたカイゼル君の顔つきが変わる。
(へえ)
先ほどまでオドオドした様子だったけど、何かを決心したかのような顔だ。
まあ、私相手に〝どんな〟商売をするか決めかねていたんだろうね。
そういう意味では顔に出しちゃう辺り、まだまだなんだろうけど……これは良い出会いをしたかもしれない。
「マネルネ岩塩だけでは足りない額のご提示ですね。ボクがアルマさんのお眼鏡に適う商人であると次は証明する番です」
そう言うとカイゼル君は小さな鞄……それも魔法の鞄からいくつか取り出すと、テーブルに並べた。
それらは私が見ても貴重な、そして状態のいいスパイスや岩塩、ハーブだ。
「へえ、良い物扱ってる」
「おわかりですか」
「ま、それなりにね。うーん、でも今ハーブは足りてるんだけど……」
「姉様、わたくしそちらのカルモナの花がほしいですわ」
「ああ、カルモナは切らしてたっけ」
カルモナってのは白い花なんだけど、これを水に漬けると何故か美味しくって香りの良いデトックスウォーターになるっていうね。
一応毒消しなんかにも用いられるんだけど、ちょーっと咲いている場所が危険地帯だから高価になるけど、私とイザベラは大好きなのだ!
二人暮らしになってからしょっちゅう作ってたからなあ、そういや手持ちがなくなりそうだったんだよね!!
「じゃあカルモナは今あるだけもらうね。あとマネルネ岩塩と……お店とか倉庫に戻ったら他にもあったりする?」
「ご入り用のものが?」
「そうねえ」
私の問いかけにカイゼル君は表情を固くしつつも真面目に答えてくれる。
ちょうどいいタイミングでイザベラが会話に入ったのがまたいい仕事してんのよねえ。
高価な品を、当たり前のように使っている……それを印象づけることに成功したわけだからね!
(ああそうか、イザベラは貴族令嬢時代にこういう交渉術も少しは学んでるんだっけ?)
あれあれ、これはうかうかしてるとおねえちゃんの立場ヤバイ感じ?
そんなことを思いつつ、商談は幸いにも良品を得るという双方にとって良い感じでまとまったのだった。
「そういえば、最近変な噂を聞いたんだけど」
「変な噂、ですか?」
「そう。王国から商人たちが撤退してるって」
「ああ……それですか」
世間話ついでに商人たちの流行なんて聞いていた時に問えば、カイゼル君が困った顔をした。
それから少しだけ姿勢を前のめりにして、声を潜めた。
「実は……王国の方で奇病が流行し始めたらしいのです。今のところ一般市民には影響が出ていないらしいのですが、聖女たちを中心に、高位貴族の方々が原因不明の病で倒れていると……」
私とイザベラはその言葉に顔を見合わせた。
王と王妃だけじゃない?
「聖女たちを、中心に……?」
一体、王国では何が起こっているのか。
思った以上に奇妙な状況で、私は目を丸くするのだった。




