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「ふうん。……ううん? これなんだっけなあ」
私はゴーレムの脇に歩み寄り、古代文字を眺める。
いくらか知識はあっても専門的に学んだわけじゃないから、あれこれわかんない箇所があるんだよなあ……こういう時、フォルカスが居てくれるととてもありがたいんだけど。
あ、父さんもきっと読めるよなあ……でもさすがにここに呼ぶわけにはいかないし。
呼べば来てくれると思うんだけどね、まず間違いなく。
「姉様、どうかなさいましたか?」
首をひねる私の横にイザベラがやってくる。
ゴーレムを縛るツルがギシギシと嫌な音を立てていても、この子は心配そうにする素振りなんてなくて、ああ、私のことを信頼してくれているんだなあってよくわかるよね!
ゴーレム越しに『砂漠の荒鷲』の三人組がこちらを信じられないものを見るような目を向けているのがわかるけど、無視してやった。
たかだかゴーレムを魔法使って拘束しただけでそんな目を向けているようじゃあ、まだまだだよね!
せめて警戒くらいしてなさいっての。
まあ、木の大精霊の力を借りるってのは普通ではないと思うのでそういう意味では参考にならない方法なんだけどさ……腕のいい魔法使いだったら他にいくらでも方法があるので別に私の真似をする必要はないんだし、こういうケースもあるよって程度にね。
「イザベラ、あの三人の様子はどうだった?」
「ベックさんに関してはただ気を失ってらしただけですので問題ないと思います。後のお二方は目立った傷もありませんし……まあ、アランさんは気が立っておられるようですけど! あら、古代文字ですか?」
アランはまだ獲物を獲られたーって不満がってるのかあ。子供か!
大体、私たちは今回、ダンジョンを調査するっていう共通の目的があるんだよ?
臨時パーティーみたいなもんなんだからライバル視してんだか軽視していた女に上から指示されたのが気に食わないのか知らないけど、獲物も何もないでしょうに。
「うん。ここ、『立ち入るべからず』って書いてあるじゃない? いくつか欠けちゃってるけどこのゴーレム、警備用なんじゃないかなあ」
「そうですわね、……『これより先、危険物』……?」
「あ、それ危険物って意味か。じゃあここは遺跡は遺跡でも良くないものをしまい込んでた場所ってことかな」
ここら辺の遺物を彼らが持って帰ろうとしたのを止めたあたり、多分あたらずとも遠からずってとこじゃなかろうか。
だとしたら、ここにある危険物が何かってのが問題だけど……古代王国に関してはあんまり資料がないんだよなあ!
(アンドラスと父さんなら生きた歴史書みたいなもんだから何か知ってんだろうけど、さすがに何の成果も上げないままに戻ることを選択したら彼らが勝手に進んじゃいそうだしなあ)
私の感知魔法ではもっと地下があることはわかっている。
その上で、二つ、大きな反応があるけど……今はまだ動く気配はない。
私はゴーレムをもう一度見上げてから『砂漠の荒鷲』たちの元へと戻る。
アランは私を睨み付け、ベックは相変わらず気を失ったまま、リックはどこかおびえを含んだ目を向けてくるのがなんとも三者三様だねえ!
「いくつかわかったことがあるよ。まずこのダンジョンには大きな反応が二つ、おそらくギルドで懸念しているスタンピードの可能性はある。ただまだそこに結びついてはいないと思うから、それがいつ起こるのかは不明」
「……なんでわかる」
「私こう見えて結構な魔法使いなのよ?」
ふふんと胸を反らしてやればアランはものすごく不満そうに睨んでくるばかりで信じていないようだ。
だけど、ゴーレムを拘束した魔法を使ったのが私だということは認めているらしく、わかりやすく舌打ちしていたからまあ理解力はある方なんだろう。
「進むか退くか、どうする? 別にここで退いてその報告をしても冒険者ギルドだって何も言わないだろうし、減点はしないでしょ」
加点率は低いだろうけどね!
安全を選んでも誰も文句は言わないはずだ。
冒険者は体が資本。何かがあったって保険があるわけじゃなし、生活するためにはまず健康でいなくっちゃ。危険を承知で突っ込むのは、それに見合った報酬がある時か――退くに退けない、そんな何かがかかっている時だけだ。
「進む」
「アラン……」
「俺たちはまだ何も見つけてねえ! そいつが俺たちより場数を踏んでるってことはわかった、だけどそれだけだ。俺たちだって負けちゃいない!」
ほほー、私に負けたくないってその意気やヨシ!
……なんて思うわけがない。
めんどくさいなコイツ、それが私の正直な感想である。
まあそうなるだろうなと思ったから今更驚きゃしないけどね!
「それじゃあ、アラン。あんたが拾った遺物を確認させてもらおうか。ゴーレムを退かせるためにもね」
「コレは俺の……」
「教えてあげる。ダンジョン攻略では無駄な戦闘は避けるのがコツだよ」
ゴーレムが遺物を返すことで退いてくれるなら、それが一番だ。
なんせこの先もっと良い物が手に入るかもしれないなら、入り口付近で面倒な敵と争う必要はないでしょう?
それを匂わせてやれば不満そうではあるものの納得したらしいアランが懐から小ぶりのゴブレットを取り出した。
「……これは……」
金属製らしいそれに彫られた文字。
そこには聖女を称える言葉が刻まれていた。
儀式か何かに使われたであろうそれをイザベラは見て、息を呑む。
(ああ、そう)
アンドラスが私たちをここに寄越した理由、情報とともに知っておけということなのか。
ここでも聖女の影が、ちらつくなんてね!




