9
「まあ、その辺についてはあんまり深く考えなくていいからさ。……イザベラちゃんがどうしたいかを聞いてもいいかな」
「わ、わたくしは……」
イザベラちゃんはぎゅっと手を胸の前で握りしめ、俯いてしまった。
今まで彼女は貴族のご令嬢として、王子の婚約者として自由なく生きてきたはずだ。まあ、ごく稀にだけど自由奔放にさせてもらうご令嬢もいるって話だけど。
私はなんとなく。
そう、なんとなく、だ。
昔、弟が友達とケンカして、自分が悪いってわかってるのに親に頭ごなしに叱られて反発しちゃって余計にごめんなさいが言えなくなって、泣くのを我慢しているような顔をしているもんだから。
「えっ……」
そう、社交界に立つような淑女にすることじゃないってことくらい、私にもわかってるんだけどさ。
十代も半ばくらいになれば、ちょっと知り合った程度の人にこんなことされたって困惑するってわかってる。
でも、頭を撫でてあげたくなったんだよね。
迷子になった小さな女の子と、今のイザベラちゃんは同じだと思うんだよ。それがそこらへんの道か人生かの違いってだけの話でさ。
「イザベラちゃんの言葉を借りるなら、もう貴族じゃないんだから心細いとか、怖いとか、腹が立ったとか色々言葉にしたり、泣いたりしていいんだよ」
「……な、なにを……おっしゃって、ます、の……?」
イザベラちゃんがハッとしたように顔を上げて、私を見る。
彼女の綺麗な紫色の瞳には、涙が浮かんでいた。
「いいじゃん。ジュエル級の冒険者がねだったから、断れなかったんだよイザベラちゃんは。だから、しょうがないから私の妹になっちゃったんだよ」
「アルマ様……」
「アルマでいいよ、まだ『おねえちゃん』って呼ぶのは難しいでしょ?」
自分でも相当無茶苦茶な言い分だとわかってる。
だけど、この子には大義名分が必要なんだ。今まで名誉と矜持の狭い世界で生きてきたであろうイザベラちゃんに必要なのは、急に与えられてしまった自由な世界で歩いて行くだけの道と、靴、それから家。
私なら、それを全部、全部与えてあげられる。自信がある。
「ね!」
にっこり笑って私が言えば、イザベラちゃんはぐっと唇を噛みしめて、泣くのを堪えて飲み込んで、小さく頷いてくれた。
「オッケーオッケー! 今日から私にも可愛い妹ができたね! じゃあライリー様、私しばらくこの町で暮らすから!」
「……わかった。依頼をする際にはギルドを通じて連絡するとしよう。わしは書状を準備せねばならん、ヴァネッサはその手伝いを。ヴァンはサンミチェッド殿を部屋へ案内しろ」
ライリー様の言葉に、ヴァン様が頭を下げてエドウィンくんと共に部屋を出ていく。
エドウィンくんは何かを言いたそうだったけれど、結局何も言ってこなかった。
まあ、今生の別れってワケじゃないしまたそのうち会うでしょ!
残された私もとっとと町に出て良い家を借りないとなと思ったら、何故かディルたちがついてきた。
「……なんであんたらついてきてんの?」
「いやいや、お前が新居を構えるんなら場所を知っておきたいし」
「ちょっとフォルカス! アンタの相棒なんとかしてくれない?」
「無駄だ、ディルは言い出したらきかない。知っているだろう」
ディルと一緒に出てきたローブ姿の男に、イザベラちゃんが私に身を寄せる。
おっと可愛い。なにこれ、これが母性……?
なんか別の扉も開きそうだったけど、そこはなかったことにしておいた。
「あの、アルマ……さん。この方は……」
「こいつはフォルカスと言って俺の相棒さ。そうだなあ、貴族達は俺たち冒険者のことなら二つ名の方がわかるか?」
「は、はい」
ちょっとだけ困ったように上目使いになるイザベラちゃん、可愛い。
いやいや、私たちは別に名前を覚えてもらわなくても怒ったりなんてしないよ!
貴族の人たちの中には、自由民と蔑む冒険者の中でもランクの高いメンバーを『成り上がり』扱いしているのもいるんだよね。
そういう人に限って小者なので、冒険者も気にしないんだけど……イザベラちゃん的には申し訳なく感じてくれたようだ。くっ、なんていい子なんだろう。
王子、なんでこんないい子振ったの? ばかなの?
まあおかげで私が可愛い妹をゲットできたわけですけど。その辺は感謝してあげなくもないが悲しませたからやっぱなし。
「俺が『神薙』であるように」
「馬鹿力の間違いでしょ」
「正しくは『豪腕』だな」
「お前らうるさいぞ!?」
ディルの言葉に思わずツッコんだ私と同時にフォルカスもツッコんだ。
相棒も神薙って認めてないじゃん……って思ったのは一応黙っておいてあげた。私の優しさである。
「まあいい。俺の相棒の二つ名は、『氷炎』だ。知ってるか?」
「ひょ、氷炎……!? 相反する二つの魔法を、極限まで操れるという魔術師の……!!」
「ちなみにそこのアルマは『幻影』なんて呼ばれてるけどな」
「幻影!? そ、そんな高名な方でしたの……!?」
「いやいや、それはただ噂が一人歩きしてるだけっていうか」
そんなご大層な二つ名つけられるようなモンじゃないんだって!
慌てて否定する私だけど、そんな二つ名がつけられた理由は勿論ある。
転生者ってことで前世の魔法知識チート(?)のおかげでこの世界にはない方程式を使って新しい魔法をバンバン使用していた私も気づいたわけだ。
あ、これまずいな……って。
そうなると、自分一人で誰にも見られずに魔法を使って依頼を解決して、ある程度の地位をゲットして安全を金で買う! っていう暮らしをするのがベストだと判断し、迅速かつ隠密行動を心がけた結果、誰がつけたか私の二つ名は『幻影』となったわけだ。
そう、まるでそこにいたのが幻かのように、いつの間にか解決し……その手の内を見せない、ミステリアスな魔法使い……ってな感じで!
実際はこんな残念でごめんな!
ギルドで私のことを知った新人さん達が二度見してくるのを何度も申し訳ない気持ちで気づかなかったふりをする私の気持ちも察してほしい。




