アンデッドさんのお話②
――街はずれの荒野――
ぐつぐつと煮えたぎる、ゾンビのようによだれをこぼしながら見守る少女一人。
その少女のそばで、緑色の髪をした少女、エルフがゾンビになりかけていた男と、話を積もらせていました。
「それでは、町の住人のほとんどは、すでに別の町に、退去した後だと。」
「・・・ああ。」
男は、数日ぶりの人とのまともな会話だというのに、その返答はとても質素なものでした。
「ふむ・・・どうやら、ここが依頼のあった町のようですねっ!!」
「依頼?」
「ええっ!私たちのもとに”不死の王”なるものが現れたから、倒してほしいと依頼が来たんですっ!ねっミフユ!」
エルフは、まだ完成していない、鍋を勝手に茶碗(もちろん自分の分だけ)よそっている悪魔に声を掛けます。
「・・・そう。」
「なら、聖都の連中の依頼かもしれない・。」
「聖都・・・?」
「ああ、今回の騒動の中心にある都だ。」
「ふむ、原因が・・・その都にあると。」
二人の会話のそばで時折咀嚼音が聞こえます。されど、”シャリッシャリッ”という音と”マズッ”という声が時折聞こえてきます。
「だが、聖都は、もう駄目だ。あそこは完全に死者の町になっちまってる。」
「ああ・・・なるほど。」
彼は、まるで世界の終わりだというような顔をしています。
「俺自身も・・・もう町には住めねぇ・・・。」
男は、諦めたように・・・つぶやきます。
その間にも、”ボッ”という音と”・・・焦げた”という声が聞こえてくるあたり、その少女に反省の概念というものはなさそうでした。
「数日後・・・」
エルフは、あえて優しく笑います。
「もう一度、聖都に行ってみてください。きっと・・・あなたを受け入れてくれる都になっているはずですよっ!」
「・・・?・・・それはどういう・・・?」
少女の”正直・・・すまんかった”という声が聞こえてくるあたり、ようやく少女は、自身が犯してしまった罪を認識できて来たようです。
「それは、、、ついてからのお楽しみです!」
エルフは、完成した鍋をお椀によそうと、静かに、自分の分を半分、涙をこぼす銀髪の少女に分けてあげるのでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
男と別れた二人は、歩き続けていました。
「ゾンビ・・・クリエイター業界にもたくさんいるって・・・聞いたことある。」
「ああ・・・確かに、ゾンビみたいな目をした人、たくさんいますねぇ・・・。」
「ますたー・・・ゾンビみたいな目・・・してる。」
「まあ、あの方は、もう存在が空気みたいですからね。」
「・・・ひどい。」
「ひどいのは、マスターの方ですよっ!、依頼料は1000に限定だなんてっ!」
「そうしないと、すぐに話が終わるからって・・・・言ってた。」
「明日の食事もままならないっていうのにっ!」
「・・・もう・・・もやしのフルコース・・・イヤだ・・・。」
そんな談笑(?)に花咲かせていると、大きな城壁に囲まれた巨大な都市らしきものが見えてきました。
大きな門にたどり着きますが、城門に見張りの人影はやはりいません。
悪魔は目をつむり、呪文を唱えだしました。
薄く輝く、悪魔。それに呼応するかのように門が輝き、ひとりでに、ゆっくりゆっくりと門が開きだす。
迎える者もおらずひとりでにその入り口を開いた扉を、
さも当たり前のように入っていく二人。彼女らを止める存在もまたやはり皆無。
時折、何者かが唸るような・・・そんな声が彼女らの耳に聞こえてくるばかり。
「どうやら、ここが件の町のようですね・・・。」
「・・・いっぱい・・・いる。」
城壁を越え、街の明かりが漏れ出してきます。光指すその先には・・・
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
壊れに壊れた建物の数々、窓ガラスという窓ガラスは割れ、所々には依然として火がくすぶっています。
元々、かなりの景観を誇っていたであろう町は、その姿を思い浮かべることさえできないほどに、無残な姿をさらしておりました。
―死が蔓延る都―
いたるところから、怨嗟の声と、何かを求めて歩み続ける、少し前まで”生きていたもの”。
彼らは、壊れた操り人形しかり、魂をなくした無機物のように街中を徘徊しておりました。
そこは、何百年もの間、聖都として輝いていた都。
今は、
腐敗と怨嗟の轟く・・・不死の町。
数えることなど、もはや不可能。
目の前の噴水は、血で染まり、歩くたびに、血肉を踏む。
「さて、行きましょうか?」
目的地へと足を向けるエルフとは対照的に、サキュバスの方は、目の前の光景から動こうとはしない。
「ミフユ?」
悪魔は、生者が残した血で書かれた遺言をじっと見ていた。
「ナッツ、、、は、、、何とも思わない・・・の?」
「?」
不思議そうに首をかしげるエルフ。
沈黙の時間・・・およそ、12秒。
「・・・ああ。」
納得したというようにつぶやくと。
「・・・・。」
「あんまり肩入れすると、」
一拍
「”サヨナラ”する時、悲しくなっちゃいますよ?」
その時のエルフの顔は、何とも叙述しづらい顔をしておりました。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・かもね。」
―でも、―
「醜悪のない世界には・・・麗美もない。」
醜いからこそ、世界は輝くことができる。だから・・・
「ミフユ、見ていたい、」
―もっと・・・―
「生まれ変わったこの体で・・・」
怨嗟の中で・・・
「この世界のこと・・・」
一拍
「醜さの・・・先にある・・・何かを・・・。」
複雑な表情をしてゾンビたちを眺める悪魔、
「ナッツは・・・どうなの?」
若干うつむいたエルフ。
「私は、あなたほど、」
繰り返し見てきた、欲望と憎しみ。
「この世界のこと、、、」
心の底から浮き出てくる羨ましさと、失望感。
「好きにはなれませんので。」
そして、すれ違う理想と本音。
エルフは一人歩きだす。
これ以上、この思考を続けたくなかったから。
「・・・そう。」
それに続くように歩み始めたサキュバス。
目の前には、
不死でかたどられた大きな人の壁。
―アンチルックス―
耳をふさごうとも聞こえてくる、生者を憎む怨恨の声。
時たま所々に入り口である隙間が顔を見せる”元”人が彩るうごめく壁。
一度はいれば、数秒で喰らいつくされる、ゲームバランスがぶっ壊れてしまった壁。
チートなしのプレイヤーは入ることさえも許されない。
そんな死の隙間。
唸る怨嗟の中、
迷うことなく、
二人は足を踏み入れた。