プロローグ
「ちょいとそこ行くお兄さん、わたしに占われてみませんか?」
学校からの帰り道。
そんな怪しさ満点の模範解答みたいな誘い文句で俺に話しかけてきたのは、目深にフードを被ったいかにも胡散臭そうな占い師らしき風体をした人物だった。
座っていることを含めても小柄、声からして若い女性だろう。
「そういうの間に合ってますんで」
占いとか朝の情報番組のやつで充分なタイプなんだ俺。
というわけで早々に立ち去ろうと占い師に背を向ける。しかし次の瞬間、腰に衝撃と痛みが走った。
「ぐはっ」
「いえいえいえ、間に合っていませんよ!そりゃもう間に合っていません!」
俺の腰にすがりついてそんなことを喚き散らす占い師。
なんだこいつ!?やべぇ奴じゃねぇか!
引き離そうにもがっちりホールドされて振りほどけない。子どもみたいなナリしてどこにこんな力が……。
「いやマジで大丈夫なんで!俺今日の運勢三位だったし!」
「一位以外は最下位同然ですよ!」
「占い師のセリフじゃねぇ!」
「わたしが占えば一位になるから平気です!」
「詐欺師かな?」
「天使です!」
やっぱりやべぇ奴だよこいつ!詐欺師か電波だ!
「いい加減に離せよおい!」
「はい!お話するので落ち着いてください!」
「そっちの『はなせ』じゃねーんだよぉ!」
街中で不審者に絡まれること五分。
先に折れたのは俺だった。だって周囲からの視線が痛いんだもの……。
「はあ、はあ……分かった、占われるからもう離せ……」
「に、逃げませんか?」
「もう逃げる体力がねぇよ」
「で、ではこちらにどうぞ」
不審者に促され、紫のクロスが掛けられた小さなテーブルと背もたれもない事務用の丸椅子だけが置かれた露天の占いスペースに腰かける。
天幕がないのはまあいいけど簡素すぎるだろ。雰囲気も何もあったもんじゃない。
「改めましてこんにちは、安久谷怜二さん」
「……待て、どうして俺の名前を知ってんだ?」
「え?……あ」
あ、ってなんだよ、あ、って。
詐欺師か電波かと思ったが、まさかストーカーか?どれが正解でも最悪な地獄の三択やめろ!
「わ、わたしは超スゴイ占い師なので相手の名前だって当てられちゃうんです」
「へぇー」
どうせ嘘だろう。俺は相手から見えないよう、テーブルの下で警察にコールする準備を整えた。
こんなことならボイスレコーダーのアプリでも入れとくんだったな。
「それでですね怜二さん、わたしには分かります。あなたはとてつもない才能を秘めている」
「才能?」
「はい、それはもう素晴らしい才能です!その業界であればぶっちぎりで世界一位になれるでしょう」
「ほーん」
自分で言うのもあれだが俺の中にそんな大層なもんが眠ってるとは思えない。
別に自分を卑下するわけじゃないが別段何かにのめり込んだこともなければ、血の滲むような努力をしたこともない。
それを自覚している人間が才能だなんだと言われたところでそうなのか、と納得できるわけもない。
「で、その才能ってのは一体どんな才能なんでしょ?」
「よくぞ聞いてくれました。それは『TS悪役令嬢として振る舞う才能』です!」
「……悪い、もう一回言ってくれ」
「『TS悪役令嬢として振る舞う才能』です!」
「何ひとつとして理解できないんだけど」
てぃーえすってなんだ?なんかの略語か?あくやくれいじょうってのは……悪役令嬢?いや、令嬢って女だしな……。
悪役だし振る舞うってことは演劇関係の用語?それなら女役って意味かも……けど俺に女形や演技の才能があるとは思えないんだが。
「問題ありません。例え言葉の意味は分からなくとも怜二さんならきっと立派なTS悪役令嬢になれるはずです」
「いや教えてくれよ。ここまで付き合ったんだからせめてTSってのがなんなのかくらい……」
「ごめんなさい、時間がないんです。それでも怜二さんならきっと大丈夫ですから!」
不審者がいきなりフードを脱ぐ。そこから現れたのは見たこともない美少女だった。
あまりに整った容姿を前にして胸が高鳴るよりもその造形美に目を奪われる。
ぼけっと眺めていると少女が祈るように胸の前で手を組んだ。そして何事かを呟いた途端、少女が発光し始める。
「は?いや、ちょっと……!?」
「安心してください、わたしもできる限りのサポートはしますから!」
「それは余計に不安なんだけど!」
「なんでですか!?とりあえず行ってらっしゃい!」
「いやまず説明をさぁ!?」
少女の発光がさらに強いものになり、それに包まれた瞬間浮遊感に襲われ、光に吸い込まれるような落下の感覚に陥る。
恐怖と混乱の中、俺は胸に去来した想いを精一杯叫んだ。
「展開がはえーんだよおおおぉぉぉぉぉ……!」
しかしそれが誰かに届くことはなく、俺は真っ白な世界の中で意識を手放した。
◇
その日、ショーメイカー家は歓喜の声に包まれた。国内でも有数の大貴族、ショーメイカー家に待望の一子が誕生したからだ。
「おめでとうございます旦那様!元気な女の子です」
「おお、そうか!妻は、グレイスの容体はどうだ?」
「初産とは思えぬほど落ち着いておられます。旦那様からもお労りくださいませ」
産婆からそう説明されてアーロンはほっと胸を撫でおろす。例え大貴族の領主であろうともお産に関しては素人である。
経験豊富な産婆への信頼感はやはり厚い。
「無論だ。そうさせてもらおう」
逸る気持ちを抑え切れずやや乱暴に扉を開く。
「グレイス!」
「貴方……とても可愛い女の子よ。ほら、抱いてあげて」
「おお、愛しい我が子よ……」
大きな体を縮こまらせて産まれたばかりの赤ん坊を抱く。
どれほど高級な宝石よりも大事に、どれほど繊細な細工よりも丁寧に。その腕の中に広がる温かみに、自然とアーロンの目頭も熱くなる。
「私がお前の父だぞ。よく無事に生まれてきてくれたなぁ」
「そういえば貴方、この子の名前は決まったのかしら?」
「ああ、今日この日に産まれたこの子にピッタリの名前だ」
アーロンは窓の外に目を向け、晴天の空から降る雨を見上げた。
「レイン。この子の名はレイン・ショーメイカーだ」
「レイン……いい名前ね、とても」
愛する妻に、産まれたばかりの愛しい我が子。
アーロンは、そして妻のグレイスも、まさに幸せの絶頂であった。
そんな二人を祝福するかのように晴天の雨は降り続け、彼らの愛の結晶は一際大きな声で泣いた。
「ばぶばぁーーーーーー(だから説明ぃぃぃ)!!」
こうして安久谷怜二改め、レイン・ショーメイカーはこの世界に生誕したのだった。