第七話 冒険者ギルドとは
クレセント・ワールドは自分が冒険者ギルドの一員となって、周辺の魔物を対象にした討伐依頼などを達成することで、お金を稼ぐことができるゲームだった。
当然、そういう仕様なので初期職でも魔物を倒せなければ、ゲームとして成り立たない。
(だけどここは現実。町の近くにいる魔物が最弱とかはありえないんだろうなぁ)
石造りの建物である冒険者ギルドに入ると、大きな掲示板に所狭しと紙が張ってあり、その前にはローブを着た魔導士や鎧を着て剣を携えている人たちの姿が目に付いた。
ゲーム画面で見るよりも、当たり前だが、そのリアルさにレグナは驚愕する。
なによりその冒険者達だ。誰もが屈強そうな人間という訳でもなく、ヒョロヒョロの男や、ナイスバデー(死語)な女の人もいる。どうやらパーティーを組んでいるようで、話をしていた。
「今日はどの依頼にしようか」
「『危険指数』の低い魔物を狩っていこう。昨日は大物だったし、みんな疲れてるだろう」
「賛成。少し稼いで戻ってきましょう。お金は貯めてあるとはいえ、いくらあっても足りないものね」
軽く感動を覚えるレグナだった。
夢にまで見た現実の『冒険者』たち。ゲームとは明らかに違う。
アクリス王国は、クレセント・ワールドで召喚士のジョブを選んだときの初期開始位置だ。
当然、その周辺にいる魔物はレベルでいうと1~5の魔物ばかりだったのだが、ここではどうなのだろう、とレグナが思案していると、掲示板前のパーティーが居なくなったので、レティシアと依頼を眺めた。
「たくさんあるな」
「これでも少ない方らしいですね。冒険者を生業としている方たちは朝早くから並んでいるらしいですし」
「割のいい依頼を受けるのも、冒険者として必要なことってわけだ」
「そう聞いてます」
レグナは冒険者ギルドの依頼欄を見て、この世界での『冒険者』がどれほど過酷なものなのかを知った。
なんと、貼られている依頼は全て、ゲームの時によく出現する低レベルの魔物ではなく、各地域の『主』と呼ばれている魔物――要するにボスモンスターだ――の討伐依頼だった。
しかも素材の買取の可否まで書いてある。どうやら魔物によって、素材を買い取ってくれないものもあるようだ。
(そりゃそうか。初期職で倒せる魔物は誰でも倒せる訳だし、素材の買取はそこそこ需要があって、売れるアテがなきゃ冒険者ギルドも利益が出ないってわけだ。んで、買取をしない魔物は単なる害獣だがら駆除してくれって常設依頼……世知辛いねぇ)
ここは現実なのだ、と改めて認識するレグナ。
冒険者ギルドと聞くと、なんでも素材を買い取ってくれる詳細不明の組織――という認識だったのだが、改める必要がありそうだ。
ゲームではない『ここ』では、ギルドは各国に存在はするが、国によって経営母体が違うようだ。だがどの国でもギルドのやることは共通している。『冒険者』への依頼の斡旋・受託・魔物素材の仕入などなど……多岐に渡っている。
しかもどうやら魔物素材の買取をしているのはギルドだけで、市場を独占しているとのこと。
なぜ他のところで素材の買取をしていないのかというと、現代日本でのフリーターのような『冒険者』。その生活をある程度まで保証できないから、という理由らしい。
当然、冒険者のランクなどは存在せず、依頼を受ける時の目安となるものは『危険指数』というものだ。
この危険指数が低ければ低いほど弱く、高ければ高いほど強い。
自分の力で倒せるギリギリの魔物を討伐して日銭を稼ぐ――冒険者というのはそういう仕事らしい。
「これなんてどうでしょうか? 『エルダープラント』の討伐。危険指数は『1000』! 討伐報酬はアクリス金貨五十枚です! それに素材も需要があるので全部買い取ってくれるみたいですよ!」
「エルダープラントって……レッサープラントを従えてる王様みたいな奴だったか。『危険指数』とやらが他と比べてこれだけすごく高いな。そんなに強い奴だったか?」
他の討伐依頼を見ると、レッドロードボアやオーガ・ソルジャーなどでも、危険度指数はせいぜい『400』くらいだった。
「えっ……てっきり『そんな奴倒せる訳がない』って言うかと……。レグナは戦ったことがあるんです?」
なぜかレティシアは恐る恐るといった様子でレグナを見る。
「あるぞ? 魔法があんまり通らない敵だった――あ、そういうことか」
そこでレグナはエルダープラントの危険指数が高い理由に思い当たる。
このアクリス国は魔法を重要視する国だ。
大して、このエルダープラントは属性魔法を纏っている攻撃を大幅に軽減する特性を持っていた。しかも遠距離武器である弓なども軽減されてしまう。
この世界に蘇生魔法があるかどうかは分からないが、死んだら蘇れないことも考えられる。
すると、エルダープラントのメイン攻撃である、蔓をぶん回す攻撃を掻い潜って近接ダメージを与えられる人間くらいのレベルだったら、魔法に頼って安全に戦おうとするはずだ。
わざわざ敵の目の前で自分の一番火力が出る技を出さない訳がない。
魔法を纏わないなど論外だろう。
レグナも初見で戦った時は魔法に頼り、大分苦戦した覚えがあったので良く分かる。
同レベル帯のほかの魔物よりも厄介だったのだが、魔法を使わずに戦ったら本当に楽に倒せたので、拍子抜けした覚えがある。
と、こんな理由から、今のレグナとは相性がすこぶるいい魔物だ。
なんせレグナは魔力ゼロ。『剣術』しか使えず、魔法を使いたくとも使えないのだから。
それを端折ってレティシアに伝えると、目を丸くした。
「すごいですね……レグナのあの力って『剣術』なんですか。あれ? でもおかしいです」
「何が?」
「だって、ルイン様のセラフィネスと戦った時、レグナは剣なんて持ってなかったじゃないですか」
「ああ、そのことか。それならほら、コレを剣に見立ててたのさ」
そう言って、レグナは手刀をつくりレティシアに見せる。
もちろんそれはクレセント・ワールドになかった仕様だ。
レグナがこの世界に召喚された時に、なぜか『そうすれば剣術を使える』と知識にあったのだ。
「素手じゃないですか……そんなこと有り得るんですか? 聞いたこともありませんよ」
「あー……やっぱりそうなのか」
「はい、少なくとも素手で戦う人は魔闘士の職業の人くらいでしょうね。……魔物相手ですし、流石に剣くらいは用意した方が……」
「剣を持っているように見えるか? 買う金もないし、『木の棒』でもあれば十分だろ」
言わずとも知れた『木の棒』。
レッサープラントが出現する『森』のフィールドに落ちている『剣』カテゴリの武器だ。
いや、ただの木の棒なので攻撃力はお察しなのだが。
「……? 木の棒でレッサープラントを倒すってことですか?」
「ん。その通り。それでエルダープラントもいけるだろ」
ただの木の棒と侮る無かれ。剣術がバグっているレグナにとっては違う。
木の棒は剣術の熟練度補正で威力が上がる仕様となっているのだ。
「いやいやいや、無理ですって、エルダープラントなんて! さっきは冗談のつもりで言っただけで、常設依頼のガルフとかライノボアにしておきましょうよ」
「うぅん……いけると思うんだけどなぁ。ま、相棒がそういうならそうしとくか」
ガルフもライノボアも街道や森に出現する危険指数『100』の魔物だ。
レティシア曰く、危険指数は五人以上のパーティーを想定したもので、二人である自分たちはその倍を見なければいけないとのことだ。なんにしても、闘ったことがないので良く分からない。
だがレグナはソレを聞いて気合を入れなおす。
ゲームとは違うこの世界。
魔物の挙動などもパターン化されていない可能性のほうが高い。
一度ゲームであったことは全て忘れて、戦いの経験を積んでいこうと決意するのであった。
危険指数の設定については後で変えるかもしれません。
「こんなくらいなのか~」くらいのふわっとした感覚でいいです。