第四話 帰る場所がない超越者
「な、なにが起こったというの?」
未だ混乱が続いているのか、ルインが震える声でレグナに問う。
当然だろう。試合開始と共に自分の使い魔がいきなり吹っ飛んだのだ。
レグナは上げた口角はそのままに、その疑問に答えた。
「……【剣圧】で吹っ飛ばしただけだ」
その言葉に静かだった訓練場がにわかに騒がしくなった。
「【剣圧】だって!? そんなもんでルイン王女の使い魔が吹っ飛ぶわけないだろ!」
「大体あの男、剣も何ももっていないじゃないの!」
「――まさかルイン王女はわざと負けたのか……?」
外野の声をすべて無視して、レグナはルインに問う。
「どうする? 仮にも総合力『840』のアンタの使い魔に勝ったんだぞ。これで俺の主――レティシアが魔法学院に通うにふさわしい力の持ち主だと認めろ」
手刀を突き付けられているルインは目線だけで教師ゲゴラを伺う。
だが、当のゲゴラは腰を抜かして目を丸くしているだけだ。
ならば――、とルインもレグナと同じように笑った。
「いいでしょう。私、ルイン・フォン・アクリスの名のもとに、レティシアさんとその使い魔は、この学院に通うだけの素質と力を兼ね備えていると認めます。――それと」
ルインはガヤガヤとより一層うるさくなった外野たちに向け、大きく息を吸って宣言する。
「今の戦いでは納得できないというもの、どうぞ彼らに戦闘を挑みなさい。私が手を抜いた訳ではないと知ることになるでしょうからね」
その言葉に焦ったのはレティシアだ。
彼女の心中は混乱でいっぱいだった。
総合力ゼロの自分の使い魔は、なにかほかのものとは【違う】ことを感じてはいたが、まさか本当にセラフィネスに勝ってしまうとは思っていなかったし、今の一戦を取ってみても、レグナの主である自分は何も理解できなかったのだ。
「ルイン様!? ひゃぁ!?」
そんなことはできません――という前にレティシアは何者かに抱きかかえられた。
それはいつの間にかこちらに戻ってきていた自分の使い魔、レグナの仕業だった。
「じゃあ、そういうことでな。ほら相棒、今日の儀式は終わりだろ? さっさと親睦を深めようぜ」
「へ!? レグナさん!? わ、私をどこへ連れて行く気ですか!? 降ろしてくださいぃぃぃ」
そのまま訓練場を出ようとするレグナとレティシアを止めようとするものは誰もいなかった。
――――――――――
「――正直、すまんかった」
第二魔法学院の女子寮、その前にあるベンチに座っている少女に謝っているのは、まぎれもなくレグナだった。
ちなみに女子寮まで抱えていったのが恥ずかしかったのか、レティシアは頬を膨らめてレグナに抗議の念を送っていたのだ。
だがレティシアはレグナが素直に謝ったことに驚きを隠せなかった。
「なんでレグナさんが謝るんですか……」
「いや、勢いとはいえ相棒の同級生全員に喧嘩を売っちまった訳だろ? 相棒がそういう荒事が苦手そうなのは何となくわかってるつもりだったんだが……」
これはレグナの本音だ。
在学が怪しくなったレティシアの為とは言え、まだそれほど言葉を交わしていない内から喧嘩っ早い真似をしてしまったのだ。
しかも主であるレティシアの静止を聞かずに。
「いえ、レグナさんのお陰で私は退学せずに済んだんですよ!? それに、あなたにも生活があったのに私が勝手に召喚してしまったせいで契約までしてしまって――」
ごめんなさい、とレティシアが頭を下げた。
(ヤバイ。この娘めっちゃいい子じゃん)
レグナはレティシアの誠実さに舌を巻いた。
勝手な偏見だったのだが、クラスで一番の落ちこぼれだと揶揄されいたのなら、もう少し性格がひん曲がっているものかと身構えていたのだ。
「いや、俺の心配はしなくてもいいよ。こっちには家族もいないし、自由な身の上さ」
レグナのその言葉を変な風に解釈したのか、レティシアは悲しげな顔になった。
「ご、ごめんなさい」
「ちょちょちょ、そういう意味じゃなくて、俺は自由だってことを言いたかっただけだ。いつでも呼び出してくれていいし、都合が悪かったら送還してくれても――ん?」
そこでレグナは初めて気づいた。
自分が送還されたら、どこに行くのだろう? と。
クレセント・ワールドのゲームでは使い魔が送還されている間、どこにいるかの説明はなかった。
(もしかして、日本に戻されるのか? でも、今の俺の体は【レグナ】だ。……うぅむ)
なんにせよ、物は試しだろう、とレグナは結論づけた。
「どうかしましたか?」
いきなり考え事を始めたレグナを不思議そうに見つめるレティシア。
「あぁ、いや、俺って送還されたらどこに行くのかなぁ、と」
そんな疑問を投げかけたら、レティシアはもっと不思議そうな顔をした。
「召喚される前にいた場所に戻るはずですよ? そういえばレグナさんは魔力がないのにあんなに強いんですか? あれほどの力……何をされたかは分かりませんが、さぞかし高名な方だと思うのですが……」
「あはは、そ、そんな大したもんじゃないさ。それよりほら、俺に一度【送還】をかけてみてくれないか? どんな感じなのか試したいんだ。もちろん、すぐにまた召喚してくれよ? 相棒!」
ちょっと無理やり話をそらした。
まさか自分は別の世界の人間です――なんて言えるわけがない。
いや、言ったら言ったで面倒なことになりそうだ。
「は、はい。じゃあ行きますよ――『送還』」
その瞬間レグナの体が浮遊し――
そのまま着地した。