第二話 初めまして。俺、バグキャラです。 1
教師ゲゴラは混乱していた。
落ちこぼれのレティシアの不可解な詠唱に始まり、地獄の蓋が開いたかのような悍ましい気配がしたかと思えば、訓練場に描いてあった魔法陣が消え去っており、中心部にレティシアと一般男性が向かい合って立っていたのだ。
意味が分からない――そう思ったのは教師ゲゴラだけではなく、相模源十郎改め、レグナも同じように混乱していた。
「え……ここ、どこだ?」
レグナは周りを見渡す。
変な爺さん(ゲゴラ)が腰を抜かしており、周囲にいる子供たちは何故か遠巻きに自分を眺めている。
そして――目の前には目もくらむほどの美少女が。
髪の毛と同じ灰色のローブを着た、まつ毛の長く鼻筋の通っているエキゾチックな美しさを誇る少女だ。日本人のような醤油顔ではない。欧米の人種と日本人のハーフのような顔である。
しかもその肌は白磁を思わせる色で若くみずみずしい。そして極めつけは――その灰色のローブを押し上げる二つのふくらみ。
巨乳だった。
レグナは巨乳……とりわけロリ巨乳が大好きだ。
三度の飯より目の前の巨乳が大好きになるのは必然だった。
そんな彼女をじっと見つめる。
いや、彼女の豊かな胸を見つめた。
体の線はローブのせいでよくわからないが、ボンキュッボン(死語)のナイスバデー(死語)であろうことは容易に想像できた。
彼女は恥ずかしそうにそっと胸を隠すと、緊張した様子でレグナに言葉をかける。
「あ、あなたがレグナ・クレセントさん……ですか?」
「――? なんで君みたいなとんでもない美少女が俺の作ったキャラ名を……?」
そこでレグナ(源十郎)は自分の恰好を見る。
そして頬を引っ張る。痛かった。
(……あぁなるほどね。完全に理解した。(震え声))
レグナは理解したのだ。自分はなんかよくわからんがゲームの世界に『召喚』されたのだと。
そして、自分の体はゲームで作ったバグキャラ『レグナ・クレセント』をもとに構成されていると。
ステータスを見たいと思えば、視界の端っこに自分のステータスが表示される。
光り輝く『魔力 0 』 の表記。
そしてバグったような『剣術』スキルの熟練度。
その証拠に、日本で生きてきて剣なんぞ触ったこともなかったのに、その使い方や『斬り方』はたまたスキルの使い方まで、確かな『知識』としてレグナの頭の中に存在している。
そこまで見て、レグナの現実は確定した。このような形で夢だった転生が現実となったことに狂喜乱舞しそうだったが、少女の言葉に意識を戻された。
「あ、あの……レグナ、さん?」
目の前にいる自分好みの美少女。
日本とか現実とか全部どうでもよくなるくらい、レグナにとってドストライクの美少女だった。
ならば――やることは一つであった。
レグナからしてみればここは『召喚士』キャラが最初に通る道、『召喚の儀』の学院イベントである。
おそらくではあるが、自分は目の前の超絶美少女に召喚されたのだろうと推測した。
「あぁごめんね。確かに俺の名は『レグナ・クレセント』だ。よろしくな。相棒」
キザったらしい言葉を頑張って言い切り、右手で握手を求めると、少女は何故か赤面した。
何か間違ったか? とか思いもしたが、レグナの記憶では召喚士は使い魔との名の交換で、その主従契約を結ぶはずだ。
――そう、レグナは秒で彼女の使い魔になる決断を下したのである。
「は、はい……わ、私はレティシア・サロワールですっ。よろしくです……」
固く握手を交わすレグナとレティシア。
その証拠に、レグナの右手に『使い魔』であることを示す紋章が刻まれ、レティシアにも同じものが刻まれた。
そして、その横では教師ゲゴラが手元の『ステータスボード』を見ていた。
そこに表示されていた数値は――
「総合力『0』。ハッ、能無しにふさわしい使い魔だな」
先ほどまで驚愕していたゲゴラだったが、今や目の前の青年を完全に格下と認識している。
それも当然のこと。
魔法がすべてのこの学院で、そのステータスボードに表示されるのはもちろん魔力やそれにかかわる強さの値である。
なので――もちろんその通りなのだが――レグナの魔力はゼロということになるのだ。
そこで、周囲の生徒たちから笑いが起こった。
「『灰色』が出来損ないの人間を呼び出したぞ! 傑作だぜこりゃww」
「総合力ゼロとかマジかよww ただのゴミカスじゃんwww」
「じゃあ出来損ないさんは結局、無価値な人間を呼び出したってこと? なにそれウケるんだけどっ!」
その後も生徒たちから嘲笑の言葉が聞こえてくる。
「あの魔力なしだったら俺でも勝てるわw」とか、「あれが使い魔とか認められるの?」とかだ。
教師ゲゴラは周囲の生徒たちと笑い声を聞きながら一計を案じた。
すぐさま顔を憤怒の形相に染まらせて、ゲゴラはレティシアに詰め寄る。
無能を理由にレティシアを退学にする絶好の機会だと思ったのだ。
「レティシア! 魔力ゼロの『無能』を呼び出すなど、この国始まって以来の大事件だぞ! これで我が魔術学院の評判が下がったら、どうするつもりかね!? さっさとこの学院を出ていくんだ!」
大声で怒鳴る教師ゲゴラを見て、レグナは眉をひそめた。
いきなり人を無能呼ばわりなど許せんな、とか思いながら、おい、と握手していた手を放し――。
しかし、レグナが胸倉をつかむ前にレティシアが叫ぶ。
「で、でも、ゲゴラ先生! 召喚自体はできましたし、レグナさんは――レグナさんは、無能なんかじゃありません! わ、私のことはバカにしてもいいですけど、使い魔のレグナさんをバカにするのは……許しません!」
思ったより熱い言葉にレグナは心を打たれたと同時に、またもや理解した。
レティシアという超絶美少女は出来損ないと呼ばれている、この学院で底辺の存在なのだと。
「何を言っている? 出来損ないの分際で……」
レグナはレティシアを見下ろすゲゴラと呼ばれた教師を見た。
彼はこちらと目を合わせようともしない。完全に唯の空気扱いだ。
「なぁ相棒」
ならば。とレグナは笑みを浮かべながらレティシアの肩をつかむ。
「へ? な、なんですレグナさん?」
いきなりの使い魔の行動にレティシアもびっくりしたようだったが、かまわずレグナは彼女に問う。
「俺にはよくわからんが、俺や君の価値を知らんクズどもと一緒に居て利益があるのか? ないなら俺が全員ぶっ殺してもいいんだけど?」
レグナは無意識のうちに【剣術】スキル――【威圧】を発動していた。
【威圧】は、剣術の熟練度に応じて対象に与える【恐怖】感情の強度を大きくできるスキルだ。
「――!?」
言わずもがな、レグナの剣術スキルは人間にできる上限を突破している。
瞬間、周囲の生徒たちは静まり返り、全員がガタガタと震えだした。
使い魔であるからレティシアにはスキルの影響が及ばない――訳がなかった。
彼女にも軽微ではあるが威圧の影響が及んでいたようで、驚いたように目を丸くしていた。
「お、落ち着いてくださいレグナさん! 私は学院を卒業しなきゃいけないんですっ……! だから――」
あたふたする少女を見て、レグナのスキルが収まる。
「ふーん、ならいいけど。おら、そこのクソ教師。次相棒をバカにしやがったらただじゃおかねぇからな」
腰を抜かしているゲゴラの胸倉をつかみ、笑顔でそう言ってのけるレグナ。
「『灰色』の使い魔風情が何を言っておるか! 何をしたのか知らんが、貴様らにこの学院に通う資格はない!」
だがゲゴラも教師としての威厳がある。
目の前の『灰色』の使い魔に臆することなどあってはならないのだ。
実力行使もやむなし――そうレグナが判断したとき、王女であるルインが前に出た。
「落ち着いてゲゴラ先生。ほら、あなたたちもその掴んだ手を放しなさい」
「ルイン王女――しかしこやつらは『灰色』と魔力ゼロの男ですぞ!? この学院には伝統があり、強力な魔法使いを――」
「黙りなさい。この私に異議を唱えるということがどういうことか分かっているのですか?」
「っ!?」
ゲゴラは驚愕した。
情に厚いと噂の王女でありながらも、【実力主義】の王族である。
その代表的な存在である彼女が、魔法が使えない人間の肩を持つことが信じられなかったのだ。
驚くゲゴラとは違い、レティシアは救いがあったかのような顔でルインを見た。
だが、そんなレティシアにルインは告げる。
「この学院は実力を重視します。数値上はあなた方の魔法は使い物になりません――なので、私と戦い、その力を周囲に示しなさい。学院に残れるだけの実力を持っていると証明するのです」