第二十話 勧誘という名の……
レグナがヴァレリア・ディアレントを倒したことは誰も知らぬまま、午前中の授業は教師不在と生徒たちの気絶により潰れ、午後は自習となったのだが――結果的にレティシアとレグナ、ヴァレリアが三人そろって第二魔術学院の校長室に揃っていた。
レグナたちの前にはちんまりとした少女――耳が尖っているため、エルフなのだろうとレグナは推測した――がいる。
そのエルフ少女は尊大な態度で校長室の椅子に座っているので、この少女が第二魔術学院の校長なのだろう。
「さて、まずはヴァレリア君。余が君をなぜここに呼んだのかわかるかのう?」
「は、はい。メロウ校長……」
ヴァレリアが青ざめた顔でエルフ少女の問いに返事をした。
「なら、自分のしでかしたことを言ってみるのじゃ」
メロウ校長がヴァレリアを睨みつける。
小柄なその体とは裏腹に、メロウ校長はすさまじい圧を放っている。相当な実力者だろう。
そんな実力者を前にしたヴァレリアは、震えながら自分のしたことを説明する。
「……授業中に生徒と戦いました」
それでヴァレリアは黙りこくる。
メロウ校長の圧が段々と大きくなっていることにレグナは気付いたが、何も言えなかった。
レティシアも同じ様子で、なぜか冷や汗を流していた。
「それだけかの?」
ぐん、と威圧が大きくなる。
ヴァレリアの顔が蒼を超えて白になり――ついに口を開いた。
「ひ、ひとりの生徒と戦って、戦闘の余波で他の生徒が気絶しました」
蚊の鳴くようなヴァレリアの声。
それでようやくレグナは自分たちが呼び出されている理由に思い当たった。
やはり授業中のあの戦闘が原因のようだった。
「そうじゃ。ヴァレリア。そなたは戦闘を行っただけでなく、教室に居る全員を気絶させたのじゃ」
「ち、ちが――」
「言い訳無用。レティシア君に来てもらったのは証言を取るためじゃぞ。ヴァレリア。そなたに言い訳できる余地があると思うのかの?」
さらにレグナは理解した。レティシアが気まずそうにしている理由をだ。
おそらく――というより確定事項だが、この校長はヴァレリアが生徒を気絶させたと思い込んでいる。
だが不思議に思うこともあった。
レティシアは侮られている『灰色』の少女とはいえ、エルフの校長は実力者だろう。
レグナやレティシアの実力を測れていないとは思えない。
だとするならば、メロウ校長は何を思っているのか――そう思案していた時、不意にレティシアが口を開いた。
「違います」
その瞬間、メロウ校長の口角が僅かに上がったのをレグナは見逃さなかった。
「違うとはどういうことじゃ? レティシア君」
「みんなが気絶したのは私の力が強すぎたせいです。ディアレント先生は私に召喚士の戦闘がなんたるかを教えてくださろうとしていたので、彼女に責任はありません」
ここでメロウ校長は大きく目を見開いた。
そして、ものすごく興味深そうにレティシアを見て、次にレグナの方に目を向けた。
「いまのは本当のことかの、レグナ君?」
「俺の剣で全員が気絶したのは間違いないな」
「だめだ、そんなことを言ったら君たちがっ」
焦った様子でヴァレリアが言うが、メロウ校長がなんらかの魔法を使って、ヴァレリアの口をふさいだ。
授業中に生徒全員が気絶し、その日の予定がすべてなくなった――それだけ聞くと、最悪の場合は退学もありえるのか、とレグナは今更ながらに思う。
だが、今更口に出したものは変えられない。
レティシアも覚悟を決めているようだ。だが夢をあきらめたわけではなさそうで、拳をギュっと握りしめている。
そして、メロウ校長はゆっくりと口を開き――
「そなたらに処分を言い渡す。ヴァレリアは教師の役目を放棄し、あまつさえ特定の生徒に勝負を挑み、その他大勢の弱者を危険にさらした。レティシアとその使い魔は教師と戦闘し、同じく大勢の弱者を危険にさらした。――なので、三人の処分は」
処分は。
その言葉で一度区切られ、大きくメロウ校長は息を吸い込んだ。
そして。
「余が新設する余の騎士団――『地獄の獅子』へ無償で入団してもらう」
その言葉を告げられた瞬間、ヴァレリアが力なく座り込み、レティシアとレグナは訳も分からず首を傾げていた。
「……えっと……私たち、学院は退学……ってことでしょうか」
「いんや。違う」
レティシアが尋ねると、メロウ校長は首を横に振る。
「言ったじゃろう? 『地獄の獅子』へ入団してもらう、と」
「それは一体……どういった組織なのですか?」
「うむ。レティシア君。君は騎士団というものがどういったものか知っているかの?」
藪から棒にそんなことを訪ねてきたメロウ校長に、レティシアが戸惑いつつも答える。
「えっと、王に忠誠を違い、その剣となり、盾となる『騎士』が集まったもの……という認識ですが」
「うむ。概ね当たっておる。では――余が言いたいことはわかるかの?」
そこでレグナは気付いた。
校長は『余が新設する騎士団』といった。普通の騎士団であれば、それは王に忠誠を誓う。
だが校長が新設するということは、校長に忠誠を誓う騎士団ということだ。
「あなたの命に従い、何かを為せ――そういうことでしょうか?」
「そうじゃ。賢い人間は好きじゃぞ」
「お断りは――」
「やらぬなら、退学させるしかないの。当然、魔導決闘にも出られなくなるということじゃ」
メロウ校長の笑みが深くなる。
レグナは直感する。この校長、ロクな人間じゃない。いや、ロクなエルフじゃない。
そこでヴァレリアの魔法が解けたのか、大きな声を上げた。
「この腹グロリ校長! 私はともかく、彼女たちにいったい何をさせる気だ!」
「落ち着くのじゃ、リア。主が負けるほどの腕の持ち主じゃろう? それだけでもう余はいても経っても居られなくてのぉ……是非余の手足となって国に蔓延る邪悪を駆逐してもらいたいと思って居るだけじゃ……。それか何か? 腕の立つ召喚士サマであるリアが、今起きている問題のすべてを片付けてくれるというのなら話は別じゃが」
「ぐっ……! このっ――」
たじたじになるヴァレリア。メロウ校長に対する態度がなんだかいい加減になっているあたり、彼女たちは親密なのだろうか、とレグナは思う。
「――どうじゃ、レティシア君、レグナ君。別に汚れ仕事を頼む訳ではない。この国を脅かす勢力との抗争に少し力を貸してほしいだけなのじゃが」
レティシアは覚悟を決めた。
なんだか良く分からないが、騎士団に入れば退学にはならないという、ただそれだけで。
「――いいわよね、相棒?」
「相棒が決めたのなら、俺はそれに着いていくだけさ。間違いそうになったら教えてやるよ」
「ということなので、その『地獄の獅子』とやらに入団します」
よろしくお願いします。とレティシアが言うと、校長の顔が明るくなった。
「ふぉっふぉっふぉ! ありがとうよ、レティシア君、レグナ君。まぁ、すぐにやる仕事はないのでな。呼び出したらここに来てくれれば良い。リアもな」
「……私は承諾するとは言っていないのだが。それに今所属している国の騎士団はどうするつもりなんだ」
「ほう? では二人に話すとしようか。ヴァレリアは昔な――」
「まてまてまて! 分かった! 入る! 入ればいいのだろう!? クソ!」
「ふぉふぉふぉ! 国の方にはどうとでもなるじゃろう。リアは実力者なのじゃろうし」
そんなやり取りを目の前にして、レティシアとレグナは苦笑いを浮かべることしかできなかった。




