第一話 『灰色』召喚士、レティシア・サロワール
アクリス王国――そこは、魔法の力こそがすべてという風潮に包まれた、実力主義の国家である。
当然、魔法を使う職業の人間の育成に力を入れている。
第一と第二に分けられた大きな魔術学院を擁しており、アクリス王国の大都市、セントラルにそれらは存在しているのだ。
第一には前衛の魔法剣士や聖騎士といった職業の生徒が在籍し、第二にはソーサラーやヒーラー、召喚士といった後衛を得意とする者たちがいる。
その第二王立魔術学院にこの春入学した少女、レティシア・サロワール。
この少女から、物語は始まっていく。
――――――――――
第二王立魔術学院、召喚士科の大訓練場。
そこでは毎日のように、若き召喚士の卵たちが自らのパートナーたちと共に、自己研鑽を積んでいる。
いつもであればウィンドウルフやファイアスピリット、アースオークなどの使い魔が戦いを繰り広げている場所なのだが、今はその様相とは打って変わって、厳粛な空気の中、『召喚の儀』が執り行われていた。
この『召喚の儀』とは、召喚士が初めて使い魔を授かることができる儀式だ。
大訓練場の中心には大きな魔法陣が描かれており、その周囲を百人近い生徒たちが取り囲んでいる。
皆、この春入学してきた召喚士の卵である。
誰もが緊張の面持ちで自分の召喚をする順番を待っていた。
直前の召喚が終わり、長い髪を後ろで一つに束ねている壮齢の男性教師――ゲゴラ・ヴァイソン――が、生徒の名前を呼んだ。
「ルイン・フォン・アクリス! こちらへ」
その瞬間、周囲の生徒たちがざわついた。
それは名前に『アクリス』がついているということが原因ではあるのだが、その上、彼女は煌めくような銀髪を有していたことが大きな原因だろう。
『召喚士の素養は髪の毛に現れる』という言葉があり、風の系統であれば緑、水であれば青、といったようにその言葉の通り、召喚士が召喚する使い魔の属性は、その人間の髪の毛の色でわかるのだ。
しかもその色の濃さが濃ければ濃いほど召喚士としての素養は高いレベルにあると信じられている。
なので――この場の誰よりも濃い『銀』を有するルインは、『光』属性の才能が飛び出ているというわけだ。
ルインは教師ゲゴラに呼ばれ、魔法陣の中心へと歩いていく。
そして中心に立った後、詠唱を始めた。
『詠唱』の言葉は魔法陣によって与えられるものではなく、召喚士が『天啓』として与えられる持って生まれた言葉であり、魔法陣はその『天啓』として与えられた詠唱をもとに、使い魔の召喚を手助けする力を持っている。
「祝福の鐘、火の天使、怨嗟蠢く地上を其方の血と我が力にて聖別せん。さぁ我が手足たるものよ我の呼び声に応え出でよ――! ……『セラフィネス』!!」
瞬間、尋常ではない魔力が魔法陣を渦巻いた。
ビリビリと肌の焼けつくような熱気を振りまきながら、『セラフィネス』と呼ばれた使い魔が現れる。
六枚の翼をもち、ルインと同じ銀髪をした美しい女性――それはまさに、この世界で『天使』と呼ばれている存在だった。
感情のないような瞳でまっすぐにルインを見つめ、その後、セラフィネスはルインの前に跪いた。
そして、ルインから差し出された手をとり、誓う。
『あなたこそ我が主。セラフィネスは主の手足となりましょう』
「ふふっ、『セラフィネス』。私はルイン・フォン・アクリス。これからよろしくお願いしますね」
緊張の糸が切れたように微笑んだルイン。
それと同時に生徒たちから歓声が上がる
「すっごーい! やっぱり王女様ね、天使を召喚するなんて!」
「なんて神々しい炎なんだ……」
「総合力はいくつなんだろう……すごく高そう」
口々に彼女を称える声があがり、教師ゲゴラですら驚きのあまりに声が震えていた。
その理由は明白。
教師ゲゴラの手元にある薄い板――それは、使い魔の総合力を表している。
0~1000の数値で表される『ステータスボード』には、『840』の文字。
この場で召喚した生徒たちの使い魔の平均は『400』だ。
その数値の倍をいく、まさにこのクラスで最高の使い魔だ。
「『840』ですか……さすがですな。間違いなく最上級の使い魔ですぞ。お見事ですルイン王女」
ルインは教師ゲゴラにお礼を言い、セラフィネスを帰還させる。
召喚士は一度その使い魔と契約を果たせば、いつでも使い魔を呼び出したり帰還させることができるのだ。
さて、とゲゴラは今の衝撃が抜けきらない内に生徒のリストに目をやる。
彼の教師歴は長いのだが、天使を召喚できたのはルインが初めてだ。
しかも天使を召喚できた人間は歴史上、『英雄』と呼ばれる存在となった人間なので、ゲゴラはそんな人物を自分が教えるということに非常に興奮していた。
しかし、その興奮も次の生徒の名前を見ただけで萎んでしまう。
記載されている名は――レティシア・サロワール。
試験の結果と彼女のその魔力を保有量の少なさから、他の召喚士の教師たちから『稀代の出来損ない』とまで評された召喚士である。
第二王立魔術学院の小等部から在籍している数少ない生徒なのだが、そのころからの同級生からも蔑まれている少女だ。
教師ゲゴラからしてみれば、田舎から出てきたレティシアは唯の出来損ないでしかない。
このクラスの召喚士たちの中で、一番能力が低く、学部内での対抗戦などでも足を引っ張るであろうレティシアは、目の上のたんこぶでしかなかった。
彼女に学院を早く辞めてほしいので、彼女だけ退学にして授業を進める予定でもいた。
なので、教師ゲゴラは投げやりに彼女の名前を呼ぶ。
さっさと召喚の儀を終え、ルイン王女の他にも芽のある生徒たちを教えたいという思いでいっぱいなのだ。
「次はレティシア・サロワール、お前だ『灰色』! さっさとしろ!」
「ひゃ、ひゃい!」
周りの生徒たちをかき分けて出てきたのは――髪色が灰色の少女。
『灰色』は召喚士の素養で言えば、ゼロに等しいとされている。
属性がないのだ。
無属性の魔物など存在しないので、教師ゲゴラはレティシアが召喚できるのはそこらへんにどこにでもいる鳥やイノシシなどの獣クラスに弱い生き物しかないと踏んでいた。
見てくれは悪くないのだが、この国では魔法の強さがその人間の価値である。
だから、レティシアには何の価値もない。
ゲゴラの無慈悲なそんな思いにも気づかず、レティシアは魔法陣の中心に立ち、頭に流れてくる召喚の詠唱を紡ぎ始めた。
『其は理。天に居る神を縛るもの。
その体は剣の概念でできており、唯の一度も膝を着かぬ強者也。
彼がそう欲せば大地は割れ、海は消えゆく。
何人たりとも彼の前で立つこと叶わぬと知れ――』
その詠唱を聞いていたもの全員が、頭に疑問符を浮かべていた。
レティシアの詠唱はこの大陸の言葉でも、ほかの国の言葉でも、はたまた古代言語でもなかったのだ。
それ故に、彼らは気づかない。
『数多の神を超越せし【世界】を統べる王者よ。
その力をどうか、我に貸し与え給え。
出でよ。超越神【レグナ・クレセント】!』
彼女が召喚に使った言語が【日本語】だということ。
そして――現れた冒険者風の恰好をした一般男性が『超越した存在』だということも。
「え……ここ、どこだ?」
斯くして、彼、相模源十郎(29歳)はレグナ・クレセントという『バグキャラ』でこの地に降臨してしまったのだった。