第十七話 学院へ~底辺少女の変貌~
翌朝、レティシアを昨日と同じように起こしたレグナは、学院への道を歩いていた。
テレポを使えばいい話なのだが、なぜかレティシアが歩いていきたいと言ったのだ。
「そういえば、学院って俺入れるのか?」
「レグナは私の相棒なんだから当たり前でしょ? 入れるに決まってるじゃない」
召喚士の学生は使い魔を近くに置いておくことが認められている。
これは、使い魔との絆を深めるためにも有効で、推奨されているのだ。
「……改めて見たが、やっぱりその服似合ってるぞ。相棒」
「な、なによ急に……ありがとう、って言っておけばいいのかしら?」
「ははは、レベルが上がったからか風格も出てきて、まるでどこかのお姫様みたいだぞ?」
「レグナこそ、その服似合ってるわよ。騎士様みたいね?」
「くっ、軽々と返してきたな……立ち振る舞いも堂々としてるし……朝はあんなに弱いのに……」
「朝が弱いのは関係ないでしょう!? 意味の分からないことを言わないでっ」
レグナの機転のおかげで、今朝のレティシアは早く起きれた。
だが、いつも学院に着て行っていた服ではなく、ガーネット・レインボウ衣料品店で購入した高級品を身に着けるのに少し手間がかかってしまったので、現在は早朝という時間帯ではない。
「それにしても……視線がすごいな」
「そうね。レグナが何か悪いことでもしたのかしら? セリカさんに手を出したの?」
「……まだそれ覚えてたのか? 勘弁してくれよ相棒。心当たりが全然ないし、昨日は相棒とずっと居ただろうに」
「冗談よ」
ふふっ、と笑いながら歩くレティシアと疲れた顔をするレグナ。
本人たちは気付いていないが、現在、彼らは道行く人々の注目の的となっていた。
彼の衣料品店で購入したものは、学生に手が届くような代物ではないので、道行く人々はその上等な服と貴族のような立ち振る舞いを見せる二人に視線が行くのは当然だろう。
男性も女性も、立ち止まって彼らを見るくらいには、レグナとレティシアは目立っていた。
―――――――――
召喚士の高等部一年生、貴族であるセイ家の次男で、炎の素質を持つ赤髪を有している少年、アレク・セイは困惑していた。
なぜかというと、いつもバカにしていた『灰色』の少女がとんでもなく高級な服を身に纏っており、しかも存在感と威圧感がハンパなくなっていたからだ。パない。
先日まで感じなかった魔力の色濃い気配が離れていても感じられ、本能的にアレクは彼らを【危険】だと認識していた。
意味が分からなかった。それに尽きる。
生徒アレクは彼女、『灰色』の不正を信じているものの一人である。
一昨日の騒ぎ――召喚の儀式での決闘――は、王女ルインが不正を行ったのではなく、レティシアが不正を行っていたと信じているのだ。
なので、魔術学院に姿を現したら化けの皮をはがすため、決闘を申し込もうと仲間たちと待っていたのだが、姿を現したレティシアは、すでに『底辺』らしさを失っており、どちらかというと強者だけが纏う『高貴』さを滲ませていたのだ。
これにビビった彼らはひとまず決闘を保留とし、自分たちの教室へと戻る。
「おいなんだよアレ! なんであんなにアイツが強そうなんだ!? しかもあの服の意匠って超高級店の【ガーネット・レインボウ】の服だろ!? 父上ですらあの店を利用したことがないってのに、なんであんな奴が……!?」
「落ち着けアレク。僕も意味が分からないが、どうせ『灰色』が違法な手段で金を集めたか、格安で贋作をつくってもらったかのどちらかだろう」
息を荒げるアレクを呆れたような目で見るのは彼の親友でもあるテレジオ・メイソンだ。
水の素質を現す青い髪に角ばったメガネが特徴である。
彼はメイソン家の長男ではあるが、アレクと違い、貴族ではない。
「でもありゃ本物だぞテレジオ! 魔法のかかった服なんて、そうそうお目にかかれるものじゃない!」
「だから落ち着け。あいつらが底辺だというのは事実なんだ。君までほかの有象無象のように、『灰色』が強いなんて思ってないだろう?」
「それは……そうだけど」
「なら話は簡単だ。奴らの実力なんて高が知れている。ゲゴラ師の授業でしごかれて、勝手にボロを出すさ」
そこまでテレジオが言うと、ようやくアレクは大人しくなった。
その数秒後、件の二人が教室に足を踏み入れた。
最初、テレジオはソレがだれか理解できなかった。
いや、理解できなかったのはテレジオだけではなかった。
その場に居たほかの一年生も、同級生であろうその姿を目にしたとたん静まり返ったのだ。
白を基調とした上品な意匠、流れる灰色の髪、愛らしくも強い意志が籠っている金色の瞳。そして威圧感のごとく感じるそのとんでもない魔力の気配。
そしてその隣に立つ男も常軌を逸している。腰に携えた剣からは神々しさすら感じ、その使い手である彼からも存在自体の『格』が数段も上――自分たちとは違う生物なのではないかとすら思わせる。
(な、なんだよアレ!? あんなのうちの教室にいていい存在じゃないぞ! 王族かそれ以上の実力者じゃないくぁ!!)
今度はテレジオがパニックに陥った。
―――――――――
教室に入ったとたんに静まり返ったので、レグナは顔をしかめる。
『底辺』だという認識が消えておらず、レティシアはずっとこの良く分からない空気の元、勉学に励んでいたのか――などと思っていた。
勘違いである。
「なぁ相棒、俺ってどこに座ればいいんだ?」
「知らないわよ……私の隣にでもいればいいんじゃないかしら? 授業を受ける必要はないから、別に外で時間を潰してきてもいいわよ?」
「言われてみればその通りだな……少しだけ座学の内容をみたら出てるぞ。何かあったら召喚してくれよ?」
「分かってるわ。……面倒ごとだけは起こすんじゃないわよ?」
「言われなくても分かってるって……本当に性格変わったよな、相棒」
ふふん、と得意げな笑みを浮かべるレティシア。
そこで教室の扉が開く。
現れたその姿をレティシアとレグナはちらりと見やる。
ルイン・フォン・アクリスその人であった。
立ち上がって礼をするものも居るが、ここは学院。
誰もが対等だという大前提があるので、礼をしなくとも不敬罪には問われない。
当然、二人は礼などしなかった。
しかし、ルインは教室に入ったとたん棒立ちとなり、湛えていた笑みを驚愕の表情に変え、まっすぐにレティシアとレグナの二人を見た。
そしてまっすぐにレティシアたちの座っている席まで歩いていく。
この時点ですでにレグナは面倒な予感しかしなかったが、レティシアはなんともない風にまっすぐ前を見ていたので、レグナもそれにならって、机に両足を乗っけた。
「おはようございます――レ、レティシアさんとレグナさん……ですよね?」
「おう、お姫様じゃないか。おはよう」
机に脚を乗せながら挨拶したレグナに、どこの不良だと突っ込みを入れたくなるも、ルインは我慢をした。
しかしそんな些細なことはすぐにどうでもよくなる。
最初は見間違いだと思ったが、目の前に居る『強者』は、先日まで『出来損ない』と呼ばれている少女の面影があったからだ。
髪の毛の色が同じでも、纏っている雰囲気は別人のようだったので、そう思うのも仕方ないだろう。
だが、ルインは目の前の人物がレティシアだと確信していた。
ルインがレティシアと出会った頃のような、そんな懐かしい瞳がそこにあったのだから。
「おはようございます。私は間違いなくレティシアよ。ルイン様」
「な、なにがあったのですか? この一日の休みで、見ない内に随分と実力をつけられたように見えますが……」
なにも間違っていない、という風に堂々と話すレティシアに、ルインは面食らったが、すかさず質問を返す。
そして同時に思う。一度折れてしまったあのレティシアは、再び立ち上がったのだと。
しかし、一度疎遠になってしまった以上、出会った頃のようにはいかない。
なにより、距離を置いても良いと思ってしまっていたルインは、レティシアに対し自分がいきなり友人の顔をすることは、他でもない自分が許さなかった。
「召喚の儀のあとに、レグナと一緒にエルダープラントを討伐して古代王都跡地のダンジョンに行ったのよ。それで実力がついたように見えるのかしらね?」
――瞬間、ルインは息を飲んだ。
ありえない。その言葉が出かかり、ひっこめた。
エルダープラントなど『灰色』のあなたが倒せるはずがない、などという言葉が頭をめぐる。
そのうえ、古代王都跡地というワードもルインの頭を混乱させる。
そこは危険指数が尋常ではない程高いダンジョンであり、こちらもレティシアがいける難易度ではない。
それこそイレギュラーな存在が居なければ不可能――そう思った時には、ルインはレグナに視線を向けてしまった。
当のレグナは足を組んで机の上に放ったまま、目を閉じて得意げな顔をしていた。
「まさか、本当に……?」
「本当もなにも、嘘を言う理由がないわ。それより、もう授業が始まるわよルイン様。せっかくだし、隣に座る?」
ルインはレティシアのその態度に、どこまでも気高く、誇り高いと感じてしまい、なぜか心臓の鼓動が早まり、頬が熱くなる。
そして隣の席に誘われていることを認識した。
「えっ……は、はい……そう、しますね」
どこまでも自然体で、レティシアはルインを隣に座らせることに成功した。
これはレティシアなりのルインへの友好表現だったのだが、それが正しく伝わってはいなかった。
なぜならその授業中、ルインの鼓動の速さが元に戻ることはなかったのだから。
すみませんストック尽きました。次回の更新は2020/2/15の土曜日とします。
ブクマとか評価ポイントくれたらもっと頑張れるんだけどなぁ……(チラチラ)
乞食しましたごめんなさい。




