第十二話 ダンジョン探索
「エルダープラントが倒されただと!?」
薄暗い洞窟の中、悲痛な叫びがこだまする。
男の他にはだれもいないが、男の目の前には小さなウィンドウが表示されていた。
通信用魔法である。
『向こう側』にいるであろう人物から、衝撃の事実が告げられた。
それは、彼が手塩にかけて『育成』してきた最強のモンスター。
『嘘だと思うのならスタッカート大森林に行ってくるといい。倒した人物は不明。戦闘があった場所は森ごと消滅していたから分からないが……死骸は確認できたぞ』
「バカな! アレの位階は250だぞ!? あの王国の兵士たちを壊滅させられるほどの力をもっていたはずだ! ……わかったぞ、貴様デタラメを言って、私を扱き下ろすつもりなのだろう!?」
男の声からは企みを見抜き、得意げな様子が聞いて取れる。
向こう側の人物からの返答は、あきれたようなため息だった。
『付き合ってられん。私は事実を報告したまでだ。……処分されるまえに次の一手を考えておくことだな』
「うるさい! どうせお前らの誰かがやったのだろう!? 王国の貴族連中を殺せる絶好の機会をフイにするとは、そちらに裏切りものがいるにきまってるだろうがっ!! ――クズがぁああ!」
ブツリ、と通信用魔法が切れても、男の叫びは収まらなかった。
「――っ、ま、まぁいい。ほかにも手はある。ダンジョンには『アイツ』がまだいるはずだからな……王都の連中をまとめて消し飛ばせば、あの方もお喜びになるだろう……」
――――――――――
スタッカート大森林の奥。開けた場所に『古代王都跡地』である地下への入り口があった。
ゲームだったころと比較して大きく変わっていたことがあり、かなり打ち捨てられたような雰囲気が漂っていたが、些細なことだろうとレグナは思いなおす。
「ここが王国の精鋭でも小隊単位でたまにしか訓練にこないといわれている『古代王都跡地』……。まさか、私がこんなに早く来ることになるなんて……」
なんだか不穏な言葉をレティシアが呟いていた。
それもそうかと納得する。
ここの魔物のレベルは200近いものばかりだ。聞く限り、この世界ではダンジョンのモンスターがあふれるといったことがないようなので、必要がなければ入らないだろう。
自分から死地に入ろうとするものなんて一獲千金を夢見た、世間知らずの冒険者しかしない。
なんせギルドに入っている依頼は人里の近くにいる魔物の駆除などだ。
素材の買い取りなどについても、このダンジョンは敵が強すぎて戦えないのだろう。
「よし、いくぞー」
「ええ」
気軽に声をかけると、レティシアは神妙に頷いてレグナの後を着いていく。
薄暗い階段を降り、広い空間が姿を現す。
ダンジョンの外観は長い間放置されていたようなものに変わっていたが、中はゲームの通りだ。
地下だというのに目の前に広がるのは広大な大地と、そびえたつ城。
このダンジョンは城を攻略するというのがコンセプトとなっている。
フィールドに出現する魔物を倒しつつ城門まで攻め上がり、城門を守っている魔物を倒し、城の内部ダンジョンへと続く。
要するに先も説明した通り、リアル城攻めである。
レグナたちの位置からでも、城門を守るボス――ロード・スケルトンナイト・アルマゲドン。鎧をまとった指揮官風の巨大骸骨だ――が良く見えた。
「す、すごい量の魔物ね……」
「ビビったか? 相棒」
「そ、そんなわけ……」
言ってるそばから少し体が震えている。
そりゃそうだろうと思う。
奴らのレベルは軒並み200を超えている。しかも、城門までの道のりにも大量に敵はいるのだ。
フィールドにひしめき合っているといっても過言ではないその光景に、レグナもすこしびっくりしていた。
ゲームではもっと敵がすくなかったのだが、ダンジョンだから敵が湧き続けたのだろうか。
敵が無限湧きするダンジョンをリアルにするとこんなヤバイのか――とレグナは思う。
そう、レグナがこのダンジョンを選択した理由の一つに、あの城門前にいるボスを倒さない限り、城門までの敵が補充され続けるという鬼仕様だった。
その鬼仕様はここでも通用されているようで、階段のすぐ下から、敵であるロード・スケルトンソルジャーや、ロード・スケルトンメイジなどがいる。
不思議な原理が働いているのか、奴らはこちらを視認してはいるものの、攻撃を仕掛けてくる様子も、こちらに向かってくる素振りも見せない。
「なぁ相棒、アレに向かってここから『レイ』撃てるか?」
「え、えぇ……やるわよ?」
階段で構えたレティシアにレグナが頷いて見せると、すぐさま『レイ』が発動し――スケルトンソルジャーに届く前に、正確には階段の終端地点で魔法が掻き消えた。
なるほど、と納得した。
ここはゲームと同じ仕様らしい、とレグナはあたりをつける。
クレセントワールドでも、階段からの攻撃はできなかったし、相手も階段までは追ってこなかった。
攻撃して階段を上って回避すると敵のHPが全回復するので、姑息な手は使えなかったのを覚えている。
「ちょっと数減らしてくるから相棒は少しまっててくれ」
「……ごめん」
「おいおい、レベルが上がったら手伝ってもらうって言ったの忘れたのか? そこは感謝しとくもんだぞ相棒」
レグナの指摘にハッとしたレティシアは感謝の言葉を述べる。
「じゃあ、行ってくるが――命令してくれ、相棒。俺は君の使い魔だからな。君が望めば、こいつらを一掃しよう」
「――わかったわ。レグナ。やってちょうだい」
レグナは悠然と階段を降り、自然な動作でエルダープラントの木剣を構える。
「了解――。行くぜ」
【アアアアアアアア!】
レグナが階段を降り切ったその瞬間、スケルトンたちの悍ましい声が響き渡り、ロード・スケルトンメイジたちはいっせいに詠唱をはじめ、ロード・スケルトンソルジャーたちは剣や槍に風や炎の魔法をまとわせながら襲ってきた。
「――っ!」
レグナが息をするように剣を振ると、周囲のスケルトンたちが真っ二つになった。
使ったのは、瞬時に百の斬撃を繰り出す純粋な『技術』。スキルに頼っているわけではない。
しかし、すべてを倒しきれている訳ではない。
遠くからスケルトンメイジの魔法がレグナに飛来する。
「『レイ』!!」
対応したのはレティシアだ。
覚えたての魔法で、スケルトンメイジの魔法を相殺することに成功した。
すでにレティシアには大量の経験値が手に入っており、魔法を相殺するのに十分な火力が備わっていたのだ。
「やるな相棒! 助かったっ」
「まだ来るわよ!」
その言葉通り、スケルトンたちが大量にこちらへ迫ってくる。
途切れないソレは、まるで万の軍勢のようだ。
「魔法は任せたぞ、相棒!」
「ええ、分かったわ!」
レグナにとってレティシアが魔法を相殺してくれるのは本当にありがたかった。
なぜなら、遠距離への対応で手近にいる敵への攻撃の手が緩むことが無くなるからだ。
そして、しばらく戦ったレグナは、スケルトンを屠りながらレティシアのレベルを確認する。
かなり上がって、今やレベルは『203』。上級者の仲間入りくらいのレベルである。
相当なパワーレベリングだが、体に不調はないようだ。
「相棒! 『ジャッジメント』使えるか!?」
聖属性広範囲殲滅魔法――それがジャッジメント。
溜め時間が長いため、そのあいだレティシアが無防備になるが、それはレグナが守り切れば良いだけのこと。
瞬時に理解したレティシアは、ためらいなくソレを唱える。
この世界ではスキル名さえ唱えれば発動できる。
それは『レイ』の時で実証済みだった。
「やってみる! ――『ジャッジメント』!!」
『レイ』の数倍、魔力を持っていかれる感覚にレティシアは襲われる。
だが、確かにそれは発動していたようで。
白い光が天へと上り、数瞬の後、フィールド全体へ光の柱が降り注ぐ。
直撃した場所から爆発が巻き起こり、多数のスケルトンたちが吹き飛んだ。
――結果、レグナたちは大多数のスケルトンを倒すことに成功したのだった。




