第九話 底辺少女の変革
モクモクと土煙を上げながら姿を現したのは、この森の主、【ボスモンスター】でもあるエルダープラントだ。
レグナの十倍はあろうかという太い幹に、その幹の途中にある洞の中で光る顔のような模様。
そして無数の触手のような蔦を携えていた。
【ォォオオオオオオ!!】
多くの仲間を殺されたからか、最初からエルダープラントは怒っているようだ。
間近で聞くその怨嗟の声に、レティシアが竦み上がる。
さすがはレベル『250』といったところで、先ほどのガルフとは感じる圧が桁違いだった。
しかしレグナは疑問にも思う。
さっきのガルフは明らかにレベルは低かった。なぜ、こんなところにラスボスに近いレベルの魔物がいるのか――そんなことを考える暇もなく、エルダープラントは一瞬で眼前まで迫っていた。
「ひぃぃっ!!」
「相棒、俺の後ろに居れば大丈夫だっ!」
レティシアをかばいながら、迫り来る蔦を木の棒で切断する。
無数の蔦が襲い掛かってくるも、眼にも留まらぬ速さでレグナは蔦を防ぎ続ける。
レベル250といえども、レグナの熟練度は上限を超えている。
この程度なら難なく防ぐことが可能だった。
「ほら、相棒! なんともないだろ?」
「あ、あ……すごい……」
エルダープラントの猛攻をなんともないように相殺――否。防ぎつつ振るわれる蔦を確実に切り落とし、相手の攻撃手段を削っていくその様は、まさに剣神の如く。
【ォォォオオ!!】
手ごわい敵だとエルダープラントは認識したのか、なんと、エルダープラントは仲間であるレッサープラントを呼んだ。
周囲から無数のレッサープラントが集まり、レグナとレティシアをあっという間に包囲する。
「レグナっ、レッサープラントに囲まれてますぅっ!」
「安心しろ相棒!!」
「ひゃあっ!?」
レグナはレティシアを片腕で抱きかかえ、回転切りの要領でその場で一回転する。
【!!??】
レッサープラント達は驚愕したような声を出して、あっけなく両断された。
だが、その程度でひるむような魔物たちではなかった。
【オォンォォ!!】
エルダープラントが何事が叫ぶと、またもや大量のレッサープラントが現れ、すぐさまソレらは全方向から『ウィンドエッジ』の魔法をレグナたちに放つ。
『ウィンドエッジ』は風属性の攻撃魔法だ。中級魔法に位置し、殺傷能力が非常に高い。
普通の人間――いうなれば、レベル50までの人間なら即死であろう攻撃。
「うらぁ!」
その攻撃を完璧に見切り、レグナはレティシアを担ぎながら最小限の動きで魔法を『切断』した。
分かたれた魔法が地面に当たってその部分が抉られる。
それをレティシアは目の当たりにしたが、この数のレッサープラントに囲まれて、未だレグナと共に無傷で生きていることの方が信じらず、恐怖感が薄れていく。
「なんて強いの……」
独り言のように呟かれたソレを、レグナは聞き逃さなかった。
「そうだ! 君の使い魔は強いんだぞ!? こんな大群も一人で蹴散らせるくらい――なっ!!」
手近に居たレッサープラントを木の棒で縦に真っ二つにする。
またもや切れないはずの魔核が切れているのをレティシアは眼にした。
レティシアは自分が物語の中に入ってしまったのかと錯覚する。
この前まで『出来損ない』と呼ばれていたレティシア。
その汚名を返上しようと足掻き、失敗してきた――どんなに努力しても魔物一匹倒せず、魔力がない為魔法もろくに扱えもしない。
そんな、挫折にまみれた日々に耐えきれず、自分はついに膝を折った。
でも、目の前には、まるで鬱積したそれら全てを怒りに変えて、吐き出すように敵を切り捨てていくレグナの姿がある。
魔力のないといわれていた人間のその現実離れした姿は、今、確かにレティシアの中にあった『何か』を変えようとしていた。
「いいか相棒! お前は無能なんかじゃない! 俺を見てみろ! 魔力がなくても、こんな奴ら相手すんのは楽勝だ! だから――信じろ。一度放り投げた自分の価値を思い出せ!! 君は、俺を召喚したんだからな!!」
その言葉に頭をガツンと殴られかのような衝撃を受けた。
レティシアは思う。
自分は、あきらめていたと。
周りから能無しだ、クズだと馬鹿にされて来た日々。
最初こそ悔しくて、悔しくて、努力した。
でも、結果に結びつかなかった。
同じ年の人間は軽々と魔法を扱い、魔物を倒していくのに、レティシアだけはダメだった。
それでいつしか、やはり才能が全てだ、と思ってしまった。
いや、そう思い込むことで納得してしまっていた。
自分の弱さに向き合えば、変わらない現実がもっと辛くなるだけだったから。
だが実際は――違った。
出来損ないの自分でも、召喚ができた。
しかも召喚されたのは、魔力ゼロだが凄まじい強さを持つ、最高の相棒だ。
なら――自分のやることは決まっている。
最初の一歩はもう踏み出せていたのだ。
出来損ないから這い上がるための、大きな一歩は。
だから、もう一歩踏み出すことくらい難しくもなんともない。
そこまで思い至り、レティシアの瞳に久しく宿っていなかった『熱』が灯った。
「俺は君の使い魔だ! 俺は君を選んだし、君は俺を選んだ――だからさ、そんなところで燻ってないで、早く言えよ! 相棒!」
レグナの言葉が心に沁みる。
知っていたのだ。彼は。
自分があきらめていることを。自分が、どうしようもなく『底辺』だと認めてしまっている事を。
だが、レティシアの眼に既に『恐怖』はなかった。
自分の手元には最強の相棒がある。
その剣を振るうのは自分。自分の責任で、レグナという最強の力を振るうのだ。
であれば、言葉は決まっていた。
「派手に蹴散らして――相棒!」
そのレティシアの言葉に、レグナはニィ、と笑みを浮かべた。
「その言葉を待っていたぞっ!! 行くぜ相棒!」
無数のレッサープラントを相手にしていたレグナはレティシアを抱えながら、空中へと跳躍する。
そして――剣を振るう。
「『絶技・断界剣』!!」
その瞬間、世界が揺らぐ。
剣の切っ先は次元を無視してレッサープラントやエルダープラントの体に届く。
そしていつしか巨大な斬撃となったそれは、森の一角を正しく消し飛ばした。
巻き起こる轟音。
エルダープラントの断末魔。
そして――最後に立っていたのは、レティシアとレグナだった。
「俺の力、理解したか? 相棒」
「――ええ、完璧に、ね。私も負けてられないわね……!」
あの自分自身を卑下していた『底辺』の少女の面影はそこにはない。
口調すら変わっているのは、これが彼女の元の姿なのだからだろう。
どんな時でも『挑戦し続ける』ことを信条にしていた、気高き少女。それが、レティシア・サロワールという人物の本当の姿だった。
彼女は、喪っていた『自分』を取り戻したのだ――。




