とある哲学者の言葉
「こんなに好きなのになあ」
彼女は秋空を仰いではにかんだ。
「…うん」
彼は俯き気味に彼女の隣を歩いていた。放課後の帰路は、辺り一面が夕陽に染め上げられている。
「やっぱり私じゃだめかな」
彼女の言葉に彼は押し黙る。すると彼女はまた、唇を小さく開ける。
「…後悔するよ、私を選んでおけば良かったのにって」
強気な台詞とは裏腹に、震わせた空気は僅かだった。彼女は視線を下げる。そして頬を伝いそうになった熱に気づき、顔を上げる。溢れ出る気持ちも全てこらえて、また視線を落とした。
二人の間に、風が吹いた。
「…やっぱり、ごめん」
彼が呟いた。彼女は顔を背けた。
「告白、嬉しかった。でもやっぱり…ごめん」
慎重に言葉を探していたが、口からこぼれたのは簡素なものだった。嬉しかった。傷つけたくなかった。…しかし、彼は彼女の想いに応えることはできなかった。
「…そっか」
二人の歩調はいつの間にかとても遅くなっていた。彼女が大きく一歩を踏み出せば、容易に彼の前に立つことができた。彼は不意のことに立ち止まり、顔を上げて目の前の女の子を視界に捉える。
彼女は彼の方へ振り返り、涙をうんと堪えた。
そして、精一杯の笑顔を見せた。
「ざまあみろっ」
そのとき、初めて二人の視線が重なった。
長い時が流れたようだった。
次の瞬間、彼女は背中を向けて走り出した。走って走って、太陽と一緒に夜から逃げた。
一方、彼はその場に立ち尽くしていた。
彼女の、涙と夕陽に彩られた笑顔に目を奪われた。彼は知らなかったのだ。最期になって、今やっと気づいたのだ。
夕焼けがこんなに眩しいなんてことに。
【とある哲学者の言葉 解説()】
*「恋において苦しむのは、振られた側ではなく振った側だ。何故なら振った側は、自分のことを愛してくれる人間を失うからだ。」
名前不明の哲学者のこの言葉に沿って、「ざまあみろ」という汚い言葉をできるだけ綺麗に書きたかったがために作った超短編。だがこの文章力でそれが叶っているかは定かではない。
*「太陽と一緒に夜から逃げた」
…彼に振られた悲しみから逃げる彼女の様子
夕日が落ちていく景色の様子
彼女が向かった先は恐らく西
*「夕焼けがこんなに眩しい」
…彼女の魅力に今更気づいた彼の様子
*本文では彼女が徐々に視線を下げていき、彼が元々視線が低かったところから最後に視線を上げる。それでお互いの内面の変化を表現したかったがそれが叶っているかは定かではない。
*「風が吹いた」
…本文にもある通り、季節は秋。秋風=飽き風とされ、古文でも使われるように男女の仲が冷めることを暗示する。