表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/247

8話 主人公、仕事について考える

 


「ガルシア様。呼んだ?」


 難しい話をしていた僕たちのところに、1人の少女が走って近づいてくる。


 テケテケって擬音が聞こえそうな走り方。


 微笑(ほほえ)ましい。


「オトハ〜!」

 朔夜がダッシュで迎えに行って、ヒョイっと抱きかかえている。

「今日も可愛いなぁ!」

 抱きかかえたまま、ブンブン振り回す。


 なに?アレ?朔夜さんって、あんなキャラだったんだ…。


「おぅ、音都羽(おとは)悪いな。また王宮、壊れちまってな。」

 ガルシアが女の子にむかって、謝る仕草をする。

「朔にぃ、離して。仕事するから。」

「音都羽〜。仕事終わったら、にぃちゃんとお茶しよな。約束やで。」


 コクンと頷く女の子は、背中に綺麗な羽根をもった中学生くらいの可愛い子だった。


「音都羽。これが、王宮破壊事件の首謀者!先祖返りのドラゴン、タクミだ!」

 ガルシアが僕のことを紹介している。が、紹介文が物騒だ!

「すっ、すみません!悪気はなかったんです。気付いたらドラゴンになってて、王宮の屋根をぶち抜いていて…。」


「大丈夫。よくあること。ガルシア様の友達もよく壊す。すぐ直るから、気にしなくていい。」

 喋り方は、ぶっきらぼうだけど、優しい。感激して、ジッと見つめていると、朔夜から鋭い叱責が飛んだ。

「タクミ!音都羽を変な目で見んなや!手ぇ出したら、許さへんで!」

「朔にぃ、うるさい。少し黙って。」

 朔夜がシュンとなっている。シュンとなると、猫耳が垂れ下がるんだ!萌え!


 そんな朔夜をそのままに、音都羽はガルシアに近づく。

「ガルシア様。食堂の屋根だね。すぐ直すから、待ってて。」

「おぅ、音都羽。頼んだぞ!」

 ガルシアが音都羽の頭を撫でている音都羽はとても嬉しそうだ。が、後ろの朔夜の視線が怖い…。


「音都羽はな。王宮建築士なんだよ。王宮専門の大工さん。すごいだろ!」

 ガルシアが自分のことのように、嬉しそうに話す。


「音都羽よ。久しぶりじゃのぅ。上空の防御壁の強度があがっているようじゃが。」

「セシル様。紋様の彫り方を変えてみた。少し強度があがったけど、まだまだ。」

「そうか、今年の報告が楽しみじゃな。」

 セシルと音都羽で、何やら話が盛り上がっている。


 その様子を見ていたトールが話しかけてくる。

「タクミさんも、エレメンテで暮らすためには、仕事を見つけないといけないですね。」

「えっ?トールくん。僕はセシルさまのマンションの管理人に雇われたのでは…。」

「それは、アースの話です。」

「あっ、でも、王宮で働いてもらうって言われましたよ。」

「セシルねえさまが言っていたのは、王宮に所属してもらう、ということで、どんな仕事をするかは自分で決めなくてはいけないのですよ。エレメンテでは、仕事を見つけないと紋章が貰えませんから。」


 !!!


 そうか!セシルさまが言ってた!

『紋章を持つ者は、仕事をしなければならない、決まりなのじゃ!』って。


「この世界では、仕事をしない人はどうなるの?」

「紋章剥奪です。自給自足の生活をするしかないですね。」

 剥奪!自給自足!それは大変だ!


「仕事は自由に選べます。何でも好きな事を仕事にすればいいのですよ。」


 そんなことを言われても、向こうの世界では、僕はただの営業担当のサラリーマンだったし、特に趣味もない。


 うわ〜、いざ、自分の好きな仕事をしていいですよって言われると、すぐには決められないものなんだなぁ。


「ただし、仕事を選ぶときに、一つだけ注意があります。それは、創造的な仕事でなければならない、という決まりです。」


「創造的な仕事?」


「そうです。何かを製作する、何かを発見する、さらには、何かを育成するなどの、何かを新しく生み出す仕事でなければなりません。

 ですから、エレメンテにはプロスポーツ選手という仕事はありません。スポーツは決められたルールの中でしか、戦えませんから。

 また、宗教家という仕事もありません。信仰は自由ですが、宗教家、つまり、信仰を広めることは仕事ではないのです。

 ただし、例外がいくつかあります。例えばこの国、ガンガルシアの《討伐者》です。」


「討伐者?」


「タクミがこの国に来たときに、最初に会ったヤツらだよ。」


 ガルシアが嬉しそうに言う。


「エレメンテの人々は、ほとんどが獣人種とヒト種との混血です。獣人は元々戦闘を好む種族のため、獣人の血が強く出た場合など、好戦的な者もいるのです。その者達の仕事として、怪異(かいい)などの討伐をすることが仕事として認められています。」

「怪異?」

「はい。怪異はグールに取り憑かれた者の成れの果て。その者の本性が出るので姿形は様々ですが、怪異は必ずヒトを襲います。そのため、発見次第、すぐに討伐することになっています。」


「まぁ、今すぐ決めろと言っても無理じゃろ。じっくり、ゆっくり、考えるが良い。」


 仕事か。アースにいる時は、ゆっくり考えたことも無かったな。

 大学時代の就活は景気がそんなに悪くない頃で、最初に受けたソコソコ大手の会社に運良く採用されたから、大変だった覚えはないし。

 再就職のときは、どんな会社でも文句は言えないと思ってたから、仕事の内容で選んだことは無かったな。


 僕は、どんなことをしたいんだろう?


「おい、タクミ。あんまり深く考えるなよ。そのうち、これがしたいってものが見つかるさ。」

 ガルシアが僕の気持ちを軽くしようと、言ってくれているのがわかる。


「まぁ、そうじゃのぅ。仕事と言っても、仕事の成果の報告は年に一回でいいからのぅ。エレメンテの住人は、自分の好きなように生きておる。自らの研究に没頭する者、自らの技を極めようとする者、など、様々じゃ。怒鳴りつける上司も居らんしのぅ。だから、エレメンテでグールに取り憑かれる者は、今ではほとんど居ない。グールは精神状態が堕ちた者を標的にするからのぅ。」


 そうか。仕事といっても、エレメンテでは会社がある訳じゃないんだ。上司もいないし、部下もいないのか。

 どんな仕事があるのかもよくわからないし、エレメンテのルールもまだよくわからない。

 僕の常識は非常識って言われたし、この世界をもっと知る必要があるな。


 セシルの言ったとおり、ゆっくり探すとしよう。


「タクミよ。あのとき、我が言った言葉の意味が今ならわかるか?」

「あのとき?」

 最初に会ったときのこと?

「そんな精神状態になってまで、仕事をすることはないぞ、と言ったつもりじゃったが…。」

「マスター、記憶が改竄されてますよ。」

 エルが呆れ顔で、セシルを見ている。


「セシルねえさま…。」

 トールもため息をついている。


「マスターは、

『仕事をクビになっただけじゃろ!そんなことで消えてしまいたいなんて!』

 と言っていました。」


「ガハハハッ!全然違うじゃねぇか!」

 ガルシアが大爆笑している。


 あの時の僕は、自分には価値がないっていう考えに囚われていた。毎日、罵声ばかり聞いていたので、怒鳴られている自分は本当にダメなヤツなんだな、と思うようになっていた。

 いま考えると普通の精神状態ではなかったようだ。あの時は、仕事だから我慢しなきゃと思っていたけど。


「エレメンテでは、嫌いな仕事をすることは、絶対にない。向いてないと思ったら、他の仕事をすりゃいいんだよ。朔夜なんて、前の仕事は冒険者だぜ。」

「えっ?朔夜さんが冒険者?」

「そうじゃよ。だから朔夜は戦闘も可能じゃ。ドラゴンの攻撃を防ぐことぐらい、余裕じゃ!」


 僕が変現して、屋根をぶち抜いたときでも大丈夫だったのは、そういう理由なんだ!まぁ、朔夜さんの助けがなくても、ガルシアさまは強そうだし、自分の身は自分で守れるよね。


「タクミ。誤解してそうやから言うけどな。ガルシア様は国内にいるとき以外は、本当に何もできないんやで。ドラゴンの一撃で、確実に死亡するで。回避もできんやろなぁ。」


 そうなんだ!意外だ!


「だから、言ったろ。俺は普通のヒトと変わらないって!」

 ガルシアがまたドヤ顔してる。

 自慢することじゃないですよ…。


「ところで朔夜さん、冒険者とはどんな仕事なんですか?」

 僕は思考を切り替えて、朔夜に聞く。

「そうやなぁ。わかりやすく言うと、旅人や。各国を渡り歩いて、未知のものを探し出す仕事なんよ。自分は未知の食材探しをメインにしてたけどな。人が立ち入らない場所にも行くからな、武力も当然必要や。未開の地には、ヒトを襲う獣も多いから。」

「冒険者から、なぜ料理人になったんです?」

「旅の途中でガルシア様に会ってな。王宮の料理人にならないかって、誘われたんや。俺の作るメシが、めっちゃ気に入ったって言うから、仕方なくジョブチェンジしたんよ。」


 誘われて仕事を決める場合もあるんだ。参考になったような、ならないような…。


 と、そこへ。音都羽が戻ってきた。

「ガルシア様。修復完了したよ。」

「おぅ、ありがとな。音都羽の仕事はいつも早いな!」

 ガルシアが褒める。

「音都羽〜、お茶しよか!」

 朔夜が嬉しそうに、お茶を持ってくる。


「音都羽ちゃんは、なぜ王宮建築士になったの?」

 仕事について考えていた僕は、そう声をかけた。


「王宮のような特殊な建物が好きだったから。特に、ここガンガルシアの建物は日本の建築物、日本の木組みの建物は興味深い。」


 そうか、やっぱり自分の興味がある仕事が一番だよね。


「あと、名前は音都羽って呼んで。私もタクミって呼ぶから。」


 いきなり女の子に呼び捨ては、難易度高いよ。恥ずかしいな。それとも音都羽ちゃんって僕のこと…?


 そんな僕の痛い勘違いが伝わったのか、セシルから声がかかる。

「田中よ。変な勘違いしてそうじゃから、言っておくが。エレメンテには、敬称というものが無い。日本では自分より年上の人に"さん"を、年下には"ちゃん"や"くん"を付けて呼ぶのが、普通なのだろう?しかし、エレメンテでは、見た目と年齢が比例しない者たちが多いのでな。もはや、敬称などというものは無くなったのじゃ。唯一あるのは、王への敬称のみ。わかったかのぅ。」


 そうなんだ!勘違いした自分が恥ずかしい…。


「せやな。じゃあ、自分のことも朔夜って呼んでや。いやぁ、タクミは童顔やから、さん付けで呼ばれることに違和感なかったわ。タクミの方が年上やろ?アースにいるときは、バイトで"朔夜さん"って呼ばれてたからなぁ。慣れって怖いなぁ。」


 また一つ、エレメンテのルールを覚えた僕であった。って、僕はこの世界に馴染めるようになるのだろうか?不安…。


「まぁ、タクミの処遇も決まったし、我らは日本に帰るとしようかのぅ。」

 セシルが僕とトールに視線を向ける。


 と、トールが微妙な表情で話しかけてくる。

「タクミさん、言いにくいのですが。戻ったアースでは、2日くらい経過しているでしょう。アースからエレメンテ、エレメンテからアースへと移動する際に、時間が少しズレてしまうのです。向こうはたぶん、夜ですね。」


 僕がグールに取り憑かれたときは深夜だった。でも、エレメンテでは真昼だった。時間がズレてるって?

「ということは、僕は2日も無断欠勤!どうしよう!」


「それなら大丈夫じゃ!『2日ほど身辺整理に時間をください、田中。』と書いた紙を田中の上司の机に置いておくように、アースにいる仲間に指示しておいたのじゃ!」

 いつの間にそんな指示を!

「いや、我ではなく、エルの差し金じゃ。エルは出来る従者じゃからのぅ。」


 エル!ありがとう!僕のこと、てっきり嫌いなのかと…!


 エルに感謝の言葉を言おうと、エルの方を向くと、僕が口を開くより早く、

「私はドラゴンが好きではありません!が、マスターはドラゴンを放ってはおけない方なので。マスターに感謝するように。」

 と、冷淡な顔で言う。


「はい、ありがとうございます…。セシルさま。」


 やっぱりエルは怖い…。


「では、田中よ。戻ったら、まず我のマンションの一室に引っ越してもらうぞ。家具や家電は揃っておるからのぅ。ウィークリーマンションというヤツじゃ!そこで管理人業務をしながら、エレメンテのルールを覚えてもらう。そして、何の仕事をしたいのか、じっくり考えるのじゃ!」


「変現の仕方もゆっくり覚えていきましょうね。僕が手伝いますから。」


 そうだな。向こうの世界ではお金を稼ぐために働いていたけど、エレメンテではそれではダメみたいだし。仕事について、良く考えてみよう。


「ガルシア、朔夜、音都羽、世話になったな。迷惑をかけた礼に、近いうちに、日本に呼ぶとしようかのぅ。」


「マジか!俺は、新しいゲームするぞ!」

「じゃあ、自分は、今度はお好み焼き屋でバイトするかな。」

「私は、神社仏閣巡り。」


 3人とも、喜んでいるようだ。どこかに旅行でもする感覚なのかな?僕もまた3人に会いたいな。


 ガルシア達には、本当にお世話になったから、お礼を言っておこう。


 セシルも、待ってくれているようだ。


「皆さん、お世話になりました。

 ガルシア様がいなかったから、僕は討伐されていたかもしれません。命の恩人です。このご恩はいつか必ずお返しします。

 朔夜、美味しいご飯ありがとう。

 音都羽、次に会うときは、自分の意思で変現できるようにするからね。僕が壊した王宮を直してくれてありがとね。」


 僕が3人に感謝の言葉を言い終わると、景色が一変した。



 見慣れたコンビニの看板。


 アースに戻ってきたのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ