7話 主人公、お金について考える
お金がない世界ってどういうこと?
なんかもう、いろいろ話を聞き過ぎて、頭がついていかない。
あぁ!もう!うわ〜って、叫びたい!
なんだかモヤモヤしたものを吹き飛ばそうと、自分では『うわ〜っ!』と叫んだだけのつもりだったが…。
すごい爆風がして、食堂の屋根が吹っ飛んでいた。
それを見下ろしている自分。
まさか!
またドラゴンになってる!王宮の一部を吹き飛ばしたのは、自分の仕業か!
や、や、や、ヤバイ…。みんなは無事だろうか?
パニックになって上昇すると、ある程度の高さで分厚い壁にぶち当たった。空中に何も無いのに、見えない壁が僕を遮っている。
何これ、どうなってるんだ?さらにパニックになる僕。
と、そこへ、
「タクミさん、落ち着いてください。」
すぐ横から、声がする。
『トールくん!』
トールが空を飛んでいる。変現した姿だ。
「ある一定の負荷がかかると変現してしまうようですね。話が多過ぎて、キャパシティを超えてしまった、というところですか。」
そんな冷静に分析してないで、助けてくださいよ〜。
「ふふっ、そんな泣きそうな目で見ないでくださいよ。タクミさんはもういい大人なんですから、少し落ち着いて。」
『でも、あの。王宮壊してしまいましたし、みなさん無事なんですか?』
「大丈夫ですよ。王には優秀な従者がついていますからね。」
トールに促されて、王宮の中庭らしき場所に降りる。そして、またトールに手伝ってもらって、ヒトの姿にもどった僕はやはり全裸だった。
もう、これ、なんとかならないのかな!
と、そこへガルシアが服を持って現れる。
「おぅ、やっぱりこれが必要だったようだな!」
「ガルシアさま!無事ですか?服、ありがとうございます!」
「朔夜とエルは優秀じゃからなぁ。アレくらいでは我らは傷一つ付かんよ。」
セシルがノンビリとした様子で現れる。
「田中!あなたは早く変現の仕方を覚えなさい!変現の度に王宮を壊されていては、後始末が大変です!」
エルが怒っている。
すっ、スミマセン!悪気はないんです。僕にも何がなんだか…。
「まぁまぁ、エル。王宮はすぐ直るからよ。別に大丈夫だぞ。俺の仲間もよく壊すし。」
ガルシアが慰めてくれる。
でも、よく壊すって…。
「ガルシア様。いまオトハに連絡したから、すぐ来ると思うで。」
朔夜がお茶の用意一式を持って現れる。
「食堂が直るまで、ここでお茶しようや。」
「田中が変現するキッカケが判明したから、今回のことは良かったとするかのぅ。」
セシルがまたまたノンビリとした発言をする。
「いや、良くないですって。ガルシア様、すみませんでした。王宮を壊してしまって。」
「おぅ、全然気にしてないぞ。この王宮では、よくあることだ!ガハハ!」
「この王宮ではな。ガルシア様の"お友達"がな。手合わせと称して、どこでも戦いを始めるから、よく王宮が壊れるんよ。気にしんとき。」
「王宮を覆うように、防御壁が張ってあるから周りへの被害も防げるしな。空に壁あっただろ?」
「あっ、はい。ぶつかりました。」
「タクミさん、やはりしばらくは、アースで暮らした方が良さそうですね。エレメンテでは精霊の力が強いので、すぐ変現してしまいますが、アースに行けば、大丈夫です。アースは精霊の力が弱いですから、そう簡単には変現できません。変現には、精霊の力が必要ですからね。」
「はい。日本に戻るのは、問題ないですけど、お給料がないとなると、別の仕事を探さないといけないですね。」
「そんな必要はないのぅ。我、日本にマンションを一棟、所有しておるからのぅ。そこの管理人という仕事はどうじゃ?」
セシルが提案してくれるが、10歳でマンション一棟を所有?
「お金ないって言ってましたよね?どうやってそのマンションを?まさか…。」
違法な手段で手に入れたとか?
エルさんって強そうだし。
「田中は何を勘違いしておる?エレメンテにはカネという仕組みがないだけで。アースでも使える黄金や金剛石などの鉱物は豊富に存在しておる。」
セシルが呆れたような顔をする。
「タクミさんは、お金が存在しない世界がわからない、想像できない、ということですよね。お金についてどのような認識なのですか?」
トールが聞いてくる。
「僕は経済学は詳しくないので、一般的な知識しかありません。えっと、お金があれば物が購入できて、物々交換では手に入れられないものでもお金を介して手に入れられる、と、このような感じですか?」
「だいたい、そんな感じであってますよ。
昔は欲しいものがあるときは、物と物を交換する、物々交換で手に入れていました。ですが、物々交換だと効率が悪いので、貨幣というものが誕生したのです。
例えば、日本の一万円札は只の紙ですよね。でも日本という国が、この紙は一万円の価値がありますよ、と保証しているので、一万円の物が買えるのです。
エレメンテでも500年くらい前までは、お金がありました。いまの日本みたいな感じで、お金を出せば、なんでも買えるくらいには発展していたのですよ。」
「500年前までは?」
「そうです。500年前に、セシルねえさまが紋章システムを開発しました。すると、どうなります?」
「えっと、欲しいものは紋章から出してもらえる訳で…。お金は必要無くなる!」
「そうです。そのために、お金は無価値なものになりました。」
「でも、無償で何でも出して貰えるって変ですよね?」
「そう、全くの無償という訳ではないのぅ。紋章を持つ者は、仕事をしなければならない、決まりなのじゃ!」
いやいや、仕事なら僕もしてましたよ。
「エレメンテの人々は、好きな仕事に就いて良い決まりになっておる。その代わりに、仕事の成果を一年に一回、報告する義務があるのじゃ。例えば、朔夜。」
セシルが朔夜に目配せする。
「自分の職業は、料理人や。年に一回、新しいレシピを報告してるで。」
「仕事はわかりましたけど、国民皆さんの食料とかは、どうやって賄っているのですか?」
「タクミよ。だからアイテムボックスなんだよ。」
ガルシアが答えてくれる。
「紋章システムの中の物は腐らない。エレメンテには巨大な生産場があってな。そこで生産された物は、紋章システムに保管され、いつでも欲しいときに出せるって訳だ。」
「それでも全国民を賄えるだけを蓄えておけるものなんですか?」
「タクミ、知ってるか?アースで年間作られる穀物の量は、実はアースの全員が食べられるだけあるんだぜ。でも、貧しい国だと食えなくて死んでしまう人々もいるだろ?どうして、そうなるかわかるか?」
「お金が無くて、穀物を輸入できないからですか?」
「そうだ。全世界の人が食べられるだけの穀物がありながら、飢えて死ぬ者が出る。貧しい国に、無償で提供していては、カネの価値は無くなってしまうからな。」
そうか、働かなくても物が貰えるなら、みんな働かなくなってしまうし、無償で貰えるなら、お金を払う人がいなくなる。
日本でも似たような話があるな。バイトで働くよりも生活保護の方がたくさん貰えるから、働けるのに不正に受給してる人がいるって、テレビでやってた。
「アースでは、労働の対価にお金をも貰う。エレメンテでは、労働の対価に衣食住を保障してもらえる、ということですね。」
「そうじゃ。」
「労働の対価にお金を貰う、でも悪くないと思うのですが、何か問題でも?」
「田中は物を買うとき、何を見て買う?品質か?生産国か?だいたいは値段を見て買うのではないか?」
「まぁ、そうですね。安い方を買いますね。」
「物の値段が安いということは、そこで働いている人の給料も安いということじゃ。同じ労働をしているのに、貰える給料は安い。」
確かに、世界の様々な企業は、より人件費の安い国に工場を作るらしいけど。
「カネがあるとな。もう一つ問題があるのじゃ。カネを稼ごうと、商品を過剰に生産するのじゃよ。」
「日本で、年間どれだけの食料が廃棄されてると思う?コンビニとかスーパーでは、食べられる食品が、期限がきたからっていう理由で捨てられてるらしいな。世界には、飢えて死ぬヤツがいるのにな。」
ガルシアは少し怒っているようだ。
「エレメンテでは、仕事、つまり年に一回の報告さえしていれば、飢えることもないのじゃ。過剰に生産する必要もないから、食料の生産は常に一定で大丈夫だしのぅ。」
「マスターは、世の中から飢えで亡くなる子供を無くそうとしたのですよ。」
エルがどこか遠くを見るような目をした。
「我、ドワーフ族に転生する前に、飢えで死んでおるのじゃ。確か一歳半じゃったかのぅ。500年前までは、戦争も多くてな。我が生まれた一族はまさに戦争真っ只中。カネも無くて、商人からも素通りされた地域だった。
まぁ、そんなこともあったんでな。紋章システムを作ったのじゃ。呪われし者を見つけるため、という目的もあったがのぅ。」
「おカネという仕組みがあった頃のエレメンテには、2つの大きな問題点がありました。
ひとつは、物が過剰に生産されること。つまり、お金のある国に資源が集まり、自国で消費する以上の物を生産し、無駄に捨てていました。今の日本みたいな感じです。
もうひとつは、同じ労働をしているのに、安い賃金で請け負う地域へ仕事が移行してしまうこと。仕事が無くなれば、お金も貰えないから、少し厳しくても安い賃金で請け負うしかない。でもそれでは、働いても働いても少ししか稼げない、ということです。だから弱い立場の人達は、いつまでもお金がないままだったのです。
その問題を紋章システムが解決してくれました。ただ、おカネという仕組みが無くなるまでには、さらに時間が必要でした。
僕は今のエレメンテ、おカネのない世界に生まれて、良かったと思っていますよ。」
トールが、しみじみと言う。
いやっ、トールくん、君はまだ8歳だよね!
「田中には少し難しい話じゃったかのぅ。」
わかったような、わからないような顔をしていた僕に、セシルが声をかけてくる。
「う〜ん、なんだかお金の仕組みがあまり良くないのはわかったんですけど、なぜ僕がいた世界では無くならないのですか?」
「そうじゃな。紋章システムのようなものが開発されれば、変わるかもしれないが、無理じゃろうな。」
「どうしてです?僕がいた世界は科学技術というのが、発展していますよ。」
「それはな、開発されないからじゃよ。新しい技術の開発には、お金がかかるからのぅ。自分たちが損になる開発にお金を出す金持ちがいる訳がないのぅ。」
???
どういうこと?
「カネの価値が無くなると困るのは、結局、金持ちなんだよ。だから、どんなに便利で良い物でも自分たちの利益にならないものは開発されないし、開発に金を出すことはない。」
ガルシアが厳しい顔で答える。
「アースで、カネの無い世界を作るのは、かなり難しいのぅ。我のように、新しい技術を開発できる豊富な知識と資金があって、さらに、カネ以外の目的を持っていること。そんな人物とか団体は無いじゃろうなぁ。
あったとしても、ものすごく胡散臭い団体じゃろうな。田中よ。そういう団体に近づいてはいかんぞ!」
「そういう怪しい団体とは、無縁ですから!入ろうとも思いませんし。」
「我が開発できたのは、転生を繰り返したことによって得た知識と資金があったからじゃ。」
セシルは昔を思い出したのか、厳しい表情で続ける。
「我が紋章システムを開発した当初、我の仲間達は、エレメンテ中から悪の組織扱いじゃったよ。なぜなら、我の紋章システムに最後まで抵抗したのは、金持ちじゃったからのぅ。正確には金をたくさん持っていた巨大国家が敵だったのじゃ。
まぁ、詳しい話はまた今度な。話すと長くなるからのぅ。」