33話 主人公、ホームを見学するー5
僕達はホームノワールの大きなダイニングテーブルに座って、お茶を飲むことにした。
とりあえず、セシルさまの料理を邪魔すると、トールくんが怒るからね。しばらく大人しくしていよう。
「ところで、イリス様はどうしてホームノワールに?妊婦専用の部屋があるって聞きましたけど。」
僕はイリスに、ホームノワールに来ている理由を聞いてみる。
「"ゆりかご"で偶然トールに会って、セシルもエレメンテに戻ってきてるって聞いたから、挨拶に来たのよぉ。」
「ゆりかご?」
「ここファミリアにある妊婦専用の部屋のことですよ。ホームみたいな造りになっていて、大きな部屋を中心に各個人の部屋が配置されています。はじめての妊娠で不安定になる人、つわりで苦しむ人もいるので、妊婦は助けあって生活しています。産んだ経験のある人から体験談を聞いて、参考にすることも出来ますし。」
ライルが教えてくれる。
そうだよね。何でも初めてのことって心配だよね。僕の異世界移住に関しても、誰か教えてくれないかなぁ?心得とか、特に注意した方がいいこと、とか!
「イリス様は経験も豊富でしょうから、そういう人の話が聞けたら、他の人も安心ですよね。」
「イリス様の話は参考にならないと思いますよ。色々と規格外ですから。」
僕の発言を、ライルが即座に否定する。
「あらぁ、失礼ねぇ。私は安産なだけよぉ。」
「イリス様は安産の域を超えていると思いますよ。確か、もう臨月ですよね?」
臨月って?もうすぐ産まれるってこと?えっ?でも、イリス様のお腹はそんなに大きくないよ?ゆったりした服だから、よく分からないけど。
そんな話をしていた僕達の周りに子供達が集まってきた。
「イリス母さん、久しぶりだね。また来たの?」
「イリスお母さん、今度は男の子?女の子?どっち?」
「その子、今度はノワールに来るといいなぁ。ねぇ、イリスママ!」
おぉ!イリス様、大人気!
「みんなぁ、元気だったぁ?今度の子供も仲良くしてあげてねぇ。」と言いながら、イリスが一人の子供を抱き上げた時だった。
「んんっ?あらぁ、もしかして産まれるかもぉ。」
「イリス様!急いで"ゆりかご"に戻りますよ!」
ライルが慌てている。
「まだ大丈夫よぉ。」と、イリスは答えるが、ライルはダメです、と応じる。
「イリス様、前もそう言ってて、すぐ産まれましたよね?早く戻りますよ!」
ライルの迅速な対応で、イリスは"ゆりかご"に強制送還された。間に合うといいけど。
はぁ、嵐のような人だったな。
イリスの居なくなったホームノワールでは、子供の遊ぶ声が聞こえている。
そこに「食事ができたぞ。皆、集まるのじゃ。」と、セシルの声がした。
「タクミと陽子と月子とシオンも食べてくださいね。ソコソコ食べられる味になったと思いますから。」と、トールも現れる。
ということで、セシルさまの手料理をはじめて食べることになったのだった。
子供達だけの食卓にしては、みんなお行儀が良かった。
ここは、本当に子供達だけで暮らしているんだな。上の子が下の子の面倒を見ることが普通のようだ。上手く機能している。
ところが、さぁ食べようとなったところで、一人の男の子が何かを言い出す。
「この食事の量じゃ、ワトワト足りない。もっと食べたい。セシルねえの料理の分け方が悪い。ワトワトの分だけ少ない。」
ライルにぶつかったあのコウモリ羽の男の子だ。それを聞いたリーナは、「ワトワト。あなたはもう6歳になったわね。それなら、明日からワトワトが食事係をしてね。今日は、私の分をあげるから。」と言う。分け方が悪いと言われたセシルは、黙ってそれを聞いている。
「じゃあ、みんな。今日の食事係のセシルに感謝して食べるよ。いただきます。」というリーナの言葉に、みんなが食べはじめる。
「リーナ、僕のを分けますね。」
食事がなくなったリーナに、トールが声をかける。
「あっ、じゃあ、僕の分も。」
リーナに申し出る。
「みなさん、ありがとうございます。今日のお客様は優しいのね。トールのお知り合い?」
「はい、そうです。この3人は王宮から来ました。こちらの2人はこのホームにしばらく滞在することになると思いますから、よろしくお願いしますね。」
トールに言われて、陽子と月子が挨拶する。
「ヨーコです。よろしくね。」
「ツキコです。お願いします。」
リーナは2人を見ると嬉しそうに答える。
「また家族が増えるのね。嬉しいわ。よろしくね。」
リーナと陽子、月子はすぐに打ち解けたようだ。
「やはり、子供は子供同士で話すのが一番ですね。」
「いやっ、トールくんもまだ子供でしょ!」
トールの言葉に、僕はすばやくツッコンだのだった。
「ふふっ、そうですね。でもタクミ。ここはエレメンテですよ。トールと呼んでくださいね。」
あっ、そうだった。
「セシルねえさまのことも、セシルと呼んでくださいね。このホームでは、ただの子供なので。」
「わかった。気をつけるね。でも食事、あの子にあげて良かったの?注意した方が良かったんじゃない?」
「大丈夫ですよ。ワトワトは明日から食事係です。食事の用意の大変さを経験したら、あんなことは言い出さないと思うので。」
「どういうこと?」
「ここホームでは、何事も最初に体験させてから、話をします。子供は経験も想像力も少ないので、言葉で言われても理解できないのです。食事が食べられることへの感謝、作ってくれた人への感謝を感じるようになるまで、体験させます。」
あっ!そういうことか!
体験させてから、言い聞かせるんだ。確かに経験がないうちに言っても、わかってもらえない事が多いよね。なるほど。
「ここでの生活はすべて、紋章システムという便利な道具を使うための勉強なのです。紋章システムは便利過ぎるために、使用者が堕落してしまう恐れがありました。そのため、ここの施設で子供の頃に紋章システムのない生活をするのです。そして、紋章システムのありがたみを感じさせ、感謝するように。」
なるほど、確かに便利な道具があると頼りきりになるし、それがある事が当たり前になると感謝もしなくなるよね。
「紋章システムという便利な道具は、諸刃の剣なのです。紋章に願えば、さっきのワトワトの願いはすぐに叶うでしょう。もっと食べたい、あれが欲しい、これが欲しいと。人の欲望は際限がないですから。でも、ここでの生活で、食事を作ることも、物を作ることも、生活するということは色々と大変だ、と理解した子供は、欲望を抑えることが出来るようになります。」
ここの施設はそういう目的があるんだ。子供だけで生活するって無理があると思ってたけど、大人に言われるより、同じ子供から注意された方が、言うこと聞くかも。
「では、陽子と月子は今日からホームノワールで生活してもらうよ。タクミは大人用の施設に行ってください。大人用の施設には指導者がいっぱいいますから、色々と教えてもらうといいですよ。シオン、タクミを頼むよ。」
「はいはーい。了解だよ。じゃあ、タクミ。行こうか。」
次は大人だけの施設か。どんな所なんだろう?僕は少しワクワクしながら、シオンの後をついて行った。




