203話 主人公、シグルトの事情を聞く
「アリシアのことは分かったけど、シグルトも何かあるんだね?」
僕はデュラハンに視線を移す。
「シグルトは武器、特にハルバードを持つと人が変わったようになる。ワシはそれが心配だ。このままでは、いつか命を落とすだろう。ワシら、パートナー精霊は怪異の攻撃を予測して防御結界を張るが、予測不能の攻撃を食らったら終わりだ。シグルトとアリシアはまだ若い。なんでも出来ると思い込んでおる。」
若い頃にありがちな万能感。それはただの無謀とも言う。
「人が変わったようになるって、具体的にどういうこと?笑いながら怪異を殴り倒してたけど、そういうこと?」
「そうだ。あのハルバードには不思議な能力がある。持ち主の能力を極限にまで高めてくれるのだ。シグルトと相性が良かったみたいで、今は使いこなしているように見えるが、いつか破滅がくる。そんな気がしてならないのだ。」
「この世界にはそんな武器があるの?」
「武器の中に術式を組み込むだよ。強力な武器ができるが、その武器との相性があるから、使いこなせる人はあまり居ないべ。サイゾウは天才と言われた武器職人だ。かなり変な術式が組み込まれているに違いないべ。」
「シグルトはその変な術式が組み込まれたハルバードに認められたってことか…。じゃあ、変になるのはハルバードのせいなんだね?」
ノアは武器を持つと豹変していたが、シグルトはハルバードの術式が原因か?
「タクミ!そうとも言い切れないよ。サイゾウの施す術式は、本人の才能を極限に引き出すもの。たぶん、シグルトの本能を引き出しているだけなんだよ。」
ミライが、解説してくれる。
「人が変わったようになるのは、シグルトの元々の性質だってこと?」
「アースにもいるでしょ?車を運転する時に性格が変わる人!」
なるほどね。そういう感じか…。
ノアやシグルトは武器を持つと豹変する。どこの世界にもそういう人が一定数いるのだな。
「じゃあシグルトは、ハルバード以外の武器でもそうなるってことかな?」
「ワシにもそれは分からぬ。しかしシグルトは、獣人種の中でも好戦的だった牙狼族の血が強い。闘いから離れることはできないのかもしれぬ。」
「牙狼族?」
「あい!牙が特徴的な狼族の獣人種だよ。鋭い牙と爪、高い身体能力でどんな敵とも戦ったんだって!」
「ちょっと待って。シグルトには、牙も爪も耳も尻尾もないよ?」
「シグルトは興奮すると牙が出てくるのだ。ホームにいる頃のシグルトは、同じ年頃の家族と遊ぶよりも一人で本を読んでいる静かな子供だった。」
「アリシアもそう言ってたね。」
「ファミリアでの戦闘訓練も最初は嬉しそうではなかったが、武器を持った時は何だかイキイキしておった。特に重量のある武器がお気に入りだった。だからワシはシグルトに、武器職人を勧めたのだ。シグルトの中にある好戦的な獣人の血は、必ずいつか目覚めると思った。だったら、最初からガンガルシアで過ごした方がいいだろうと。」
「デュラハンは、こんな形でシグルトの好戦的な獣人の血が目覚めて困ってるってことだね?」
「うむ。あのハルバードは、持ち主の能力を極限まで高めてくれる。しかし、シグルトはまだまだ未熟だ。今は何とか怪異を討伐できておるが…。」
「シグルトは、引き際を知らないというわけだべ?それは、マズイだよ。このままだとシグルトは死ぬべ。デュラハンの心配はもっともだ。」
「引き際?」
「強いものと戦う時は、撤退することも重要だべ。無闇に戦うことが最善ではない。それは戦いのなかで学ぶことだども、シグルトとアリシアはまだ退いたことがないだな?」
「そうなのである。アリシアは戦術の天才なのだ。アリシアの戦術とシグルトのハルバードのおかげで、まだ負け無しなのである。アリシアは、戦争の多い世界に生まれていたら、必ず有名になっていたはず。」
自分の研究のためなら生物実験することも平気なアリシア。そのアリシアが戦争の多い世界にいたとしたら?
考えたくもないが、勝つためなら人を犠牲にするような作戦を平気で考案するのだろう。
戦争は勝つことが正義だから…。
いや、違うか。戦争に勝った国が正義になるのだったな…。
「アリシアは、シグルトのために多くの怪異と戦っておるのだ。サイゾウの出した条件は、ランキングで10位以内。それを達成しようとすると、たくさんの経験が必要だ。だから、人が居ようとお構い無しに突っ込んで行く。ワシはシグルトのパートナー精霊だ。シグルトが良い状態であるなら、止められない。今のシグルトはとてもイキイキしておるから、ワシにはどうすることもできない。」
パートナー精霊は使用者の精神を安定させるために存在する。使用者が良いと思っているものを変えさせることはできない。たとえそれで、使用者が死ぬことになっても。
ドラゴンの家がある島で会ったナナシのチームも、防御結界を使わない人達が集まっていた。どうしてパートナー精霊は、使用者が危険な目に合うことを許可したのだろうと不思議だったのだが、使用者が望むことを叶えるのがパートナー精霊だ。彼らは、それで死んだとしても満足だったのだろう。
「それで、僕は何をしたらいいの?僕は討伐者じゃないから、鍛えるとかは無理だよ?」
「タクミには、アリシアとシグルトに真の恐怖を教えてほしいのである。」
「うむ。勝てない相手がいることを体験させてほしいと考えておる。」
ラトニーとデュラハンは、何だか意地悪そうな笑みを浮かべてそう言ったのだった。




