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19話 セシル、納得する

 


 その状況にいち早く反応したのはトールだった。


「陽子さん!こちらへ降りてきてください。貴女(あなた)が望めば、その黒い触手も無くなります。元に戻れ!そう強く願ってください!」


 トールの声を聞いた陽子は、目を閉じる。月子がギュッと手を握ってくれている。この触手がサヤカとタクミを飲み込んだことを思い出し、元に戻れ!と強く願う。

 私はもう大丈夫。月子もいる。

 そして、この周りにいる何か。

 私をずっと励ましてくれていた。

 私をずっと守ってくれていた。

 今ならわかる。これが精霊なのだと。


 陽子を中心に光が集まる。光はグール全体を包んだかと思ったら、すぐに消えてなくなった。後に残ったのは、月子と陽子。そして、ドラゴンに変現したタクミ。その背には眠っているサヤカの姿があった。




「タクミさん。もう人の姿に戻っても大丈夫ですよ。」

 トールにそう言われて、タクミはドラゴンから人の姿に戻る。サヤカは、ノアが抱きかかえている。


「陽子ちゃん、月子ちゃん、大丈夫?」

 人の姿に戻ったタクミは真っ先に2人に駆け寄る。

「ありがとうございます。タクミさん。」

 ドラゴンから人に戻るところを見ていたはずなのに、少しも驚く様子のない陽子がお礼を言う。

「あの中で、私とタクミさんは意識が繋がっていました。タクミさんのこともセシルさまのことも、事情は理解しています。」


 そう話す陽子の姿をジッと見ていた双子は、泣きそうになっていた。


 あれは、あの姿は。


「「セシルさま。あの子達、陽子と月子は、モイラ姉さまの…。」」


 モイラ!

 50年ほど前にアースに移住した、シルフの娘。トールの国、マルクトールの王宮に仕えていた希少な精霊種。

 こちらの世界に来た時に、アースの若者と恋に落ち、そのままアースに残ってしまった娘。

 精霊種の力は、簡単には遺伝しない。ましてや、ここはアースだ。精霊の力の弱いアースで、その子供に精霊種の力が発現することなど、万が一にもあり得ないことだった。だから、アースに残ることを許可したのだ。


 しかし、あの姿はまさにモイラ!

 リオンとシオンは、モイラのことを姉のように慕っていた。モイラはあのときすでに、500歳を超えていた。精霊種の力が強いほど、子供ができることは(まれ)だ。

 500年も子供が出来なかった私がアースで子を成せたのは、運命だと思うのです、と嬉しそうに語っていたモイラ。

 そうか。モイラは無事子供を産んで、陽子と月子はその末裔(まつえい)なのじゃな。


「シルフはドラゴンの次に精霊に愛されている存在です。ここに大量の精霊が集まっていたのは、陽子を護るためかと。」

 トールが、そう解説する。


「誰かがずっと、私を守ってくれていました。それはこの子たち。精霊達だったの。」

 陽子が手をあげると、周りの精霊がフワッと反応するのがわかった。


「ほぅ。シルフは精霊の扱いが上手かった。モイラを見ているようじゃのぅ。」

 セシルが感慨深そうに呟く。

「セシルちゃん、その話し方は…。」

 月子が驚いているようだ。

 陽子が後で教えてあげる、と月子に囁く。


「陽子さん、元の姿に戻りましょう。シルフはドラゴンと違い、精霊の扱いが上手いので、願えばすぐに戻ると思いますよ。」

 トールが提案するが、陽子はまだすることがある、とサヤカの所へ向かう。

「できるかな?」

 不安そうに呟くと、月子が陽子の手を握る。

「お姉ちゃん、私も手伝うよ。」

 陽子と月子は、横たわるサヤカを挟んで向かいあわせになり、両手を握り合う。

 2人が目を閉じて集中すると、周りから精霊が集まってくる。


 結界の中じゃというのに、やはりシルフはスゴイのぅ。セシルは素直に感心する。


 2人とサヤカを中心にして、光りだす。ポワッと暖かい感じがしたと思ったら、光は消えていた。


「何をされているのです?」

 トールが聞く。

「今日の夜の出来事を無かったことに。北条さんはこの公園には来なかった。そう思うようにしてみたのだけど。上手くできたかしら?」


 記憶と感情の操作!

 純血のシルフのみが行使することができたという究極の術!


「陽子!どういうことじゃ?なぜお主がそれを…。」

「私にも良くわからないんですけど、周りのこの子たちが、できるよって。」

「誰かがね。お姉ちゃんと私ならできるって、教えてくれてるの。」

 陽子は困惑しながら。

 月子は純粋に嬉しそうに答える。


「北条さんは、疲れて自分の部屋で寝てしまった。目覚めたとき、そう思うようになっているハズ。かすかに覚えていても、変な夢を見たな、くらいに感じると思いますよ。だから、誰か、北条さんをお家まで連れていってほしいのですけど。」


「わかった。では、ノア。サヤカを頼む。コッソリとな。」

 セシルがノアに命じる。

「了解。」

 ノアが、静かに応じる。その手にはもう、鬼哭剣は無い。


 武器を手にしていないノアは、本当に静かじゃのぅ。


「では、陽子と月子は元の姿に戻るのじゃ。結界を解くからのぅ。その後は、我に付き合ってもらうぞ。今後について、話し合いが必要じゃ。」




 陽子と月子は元の姿に戻った後、一度家に帰って行った。母親が帰ってくるから、と。

 母親に顔を見せたら、コッソリ抜け出してくると言ったが、たぶん記憶操作するつもりじゃろう。

 そう簡単に使って良い術ではないのじゃが。陽子は聡い子じゃから、乱用することはないと思うがのぅ。



 マンションの最上階、セシルの家のリビングでは、タクミがグールに飲み込まれた時に見た記憶を説明していた。


「そうか。サヤカは母親から多大なプレッシャーを受けていたのじゃな。それがイジメの原因か。」


「はい。グールの中で、陽子とサヤカはこの現状が変えられないなら、居なくなってしまいたいって考えるようになっていました。そこまで極端な考えになったのは、もちろんグールの影響ですけど、元々2人とも、今の状況から逃げたいって心の奥で思っていたのも事実で。」


「グールは、その者の最も強い感情を増幅させますからね。心の奥に押し込めていたものを、グールが引き出したのでしょう。」

 トールが補足説明してくれる。


「陽子がグールと同化していたのは、どうしてじゃ?」

 何かわかるか?とセシルが聞く。


「たぶん、ですけど。お父さんの事件の時の犯人が、グールに憑かれていたようでした。

 犯人の本当の狙いは、陽子と月子だったのです。あの男は子供に異様な感情を抱いているようでした。違法な薬かアルコールかはわかりませんが、その影響で本気で子供を刺そうとしていました。

 2人をかばって父親が刺された時、2人は大きなショックを受けた。それに反応した精霊が2人を護ろうと集まってきた。

 大きな精神的ショックと精霊、グール、全てが絡みあって、陽子の中のシルフの血が目覚めた。そして、月子を守ろうと、グールまで身の内に取り込んでしまった。

 僕のドラゴンの瞳で見たことは、以上です。」


「ふむ。そうか。ドラゴンの瞳は、普段見えない精霊やグールの動きも感知できるからのぅ。事実は、ほぼそれで合っておるのじゃろう。」


「でも、陽子が取り込んだそのグールはどうなったの?」

「具現化したグールは、陽子が消していたけど。」

 双子が素朴な疑問を口にする。

 と、同時にリビングの扉が開いた。


「私の中で眠っていますよ。」

 扉から入ってきた陽子が答える。


「陽子、月子。よく来てくれたのぅ。」

 セシルが歓迎する。

 まぁ、座るが良い。チヨ、お茶でも出してやってくれ。と指示している。


「眠っているってどういうこと?」

「どんな状態になってるの?」

 陽子と月子が座るのも待たずに、双子が口々に疑問を投げかける。


 グールの研究者としては聞きたいことだらけなんじゃろうが。少しは落ち着きを持って欲しいのぅ。


「周りの精霊達が教えてくれてるの。私の中のグールは、私の心の傷だって。月子が大きな声で話せなくなったように、私にはグールが根付いてしまったって。心の傷が癒えたら、グールは消滅するかもしれないけど、私はこのままグールと共に生きていこうと思います。お父さんのことは一生、忘れないと思うから。」


「で、これからはどうするつもりじゃ?シルフの血が目覚た以上、この世界アースで生きていくのは、難しいぞ。」


「セシルさま達が許してくれるなら、エレメンテに移住したいと。ただ、少しだけ待って欲しい。」


「母親のことじゃな。」


「はい。お母さんは私たちを本当の子供のように育ててくれています。でも、今の日本では、母親1人で育てるのは経済的にも大きな負担でしょ。現にお母さんは夜遅くまで働いているの。私たちは、お母さんには幸せになってほしい。」


「うん。お母さんのことを好きになってくれる男の人がいて、その人がとってもいい人なら、その人と結婚してほしいの。きっと、お父さんもそう思ってる。それに、セシルちゃんって王様なんだよね!私、セシルちゃんの国に行ってみたい!」

 月子が嬉しそうに話す。もう、あのか細い声ではない。月子の心の傷は、少しは癒えたということか。


「月子には、私が見たタクミさんの記憶を教えました。シルフの姿なら、私と月子は記憶の共有ができるみたい。」

 そんなことまで!やはり、この2人はいろいろ規格外のようじゃな。ますますアースには残しておけない。

 そして、まずは教育が必要じゃ。田中と一緒に、我の国へ連れて行くかのぅ。


「でも、あともう一つ。やらなくてはいけないことが。」

「サヤカの記憶で見た、お父さんの事件の犯人のことだね?この辺りに本当にいるなら、危ないし。」

 タクミが即座に応じる。

 そんなタクミの言葉に、「いえ、違います。」と、陽子は首を振る。

 陽子に否定され、えっ違うの?と驚いてるタクミに、陽子が爆弾発言をする。

「タクミさん。お父さんを刺した犯人はもう死んでるの。」


 !!!


「なっ?」

 驚愕で言葉にならない。

「なぜ、それがわかるのじゃ?」


 セシルの疑問に、陽子はキョトンとした顔で答える。

「私にもよく理解できてないんですけど。この子達が。精霊達が、あの男はもうこの世界には居ないから、安心してって教えてくれているんです。」

 精霊との情報共有能力!

 本当にモイラの能力を受け継いでおるのじゃな。いや、もしかしたらモイラ以上の能力!


「なに?その能力!精霊が何でも教えてくれるの?」

「無敵じゃん!僕もその能力欲しい!」

 双子が騒ぎ出す。

「いや、その能力は万能ではない。自分と特に繋がりの深い相手のことしか、わからぬハズじゃ。」


「その通りです。精霊達は私の願いに反応して、教えてくれているだけ。

 あの犯人は、薬物中毒だったみたい。お父さんを刺した後、薬物絡みの悪い人達ともめて、そのまま行方不明に。いまは、山の中か海の中か…。」

 陽子の説明にトールが納得した、という顔をする。

「そうですか。犯人が捕まらないなんて、おかしいと思っていたのです。日本の警察は優秀ですからね。犯人を見たと証言した目撃者の中に、虚偽の証言をした人達がいたのでしょう。その犯人が捕まると困る、誰かがいたということですね。」

 トールの言葉に、陽子が答える。

「精霊達は具体的には教えてくれません。私がわかるのは、あの犯人は薬物中毒だったこと。悪い人達ともめていたこと。そして、もうこの世界には居ないこと。それだけです。」


「そうじゃな。もしかしたら、グールに喰われて怪異(かいい)となり、エレメンテで討伐されておるかもしれんしのぅ。」


「じゃあ、陽子ちゃんがやらなくてちゃいけないことって?」

 タクミに聞かれた陽子は、目を伏せる。

「北条さんのことです。」

「サヤカのことじゃと?まさか大輝にグールが(まと)わり付いていたことと関係が?」

 陽子は意を決して、セシルの顔を見る。

「大輝くんにグールが憑いているのは、私の所為(せい)なんです。月子のランドセルに乱暴していた大輝くんに、グールが纏わり付いていた。あの時はまだ自覚がなかったから、良く分からなかったけど、今ならわかる。あれはグールだと。そして、そのグールの大元(おおもと)が私で、北条さんにも同じものが憑いているって。

 学校での執拗な意地悪で、私は北条さんが嫌いだった。そして、北条さんも私が嫌い。お互いが嫌っていることで、変な繋がりができてしまって。私の中のグールの一部が、北条さんに纏わり付いた。でも、通常ならそれだけなんです。」


「そうか。グールは、心がスゴく落ち込んでいる人とか、死んでしまいたいって思い悩んでる人に取り憑くんだよね。サヤカはそこまで思い悩んではいないから、普通なら時間が経てば霧散するはず。」


「実は、私の中のグールは普通のグールではありません。私の中で変質してしまっていた。」

「変質?」

「そうです。このグールは普段は出てこないから、グールに憑かれていることは、わからない。感情の高ぶりがあると漏れ出てきて、周りに影響を及ぼすんです。大輝くんにグールが纏わり付いていたのは、そのせいでしょう。」

「普段は出てこないグール?しかも憑かれていることが、周りからはわからない?」

「はい。このグールは私の中で、心の傷に根付くグールに変化してしまった。だから、心に傷が無い人には何ともないはずなんです。でも…。

 あの公園で、私は北条さんとも繋がっていたから、わかるんです。北条さんは、お父さんが出て行ったことで、自分は捨てられたと思っている。そして、母親の(しつけ)と称した監禁で、母親は自分の味方ではないと感じてしまった。

 それが北条さんの中で傷となっている。その傷にグールが根付いてしまったんです。

 北条さんの心の中には、泣いてる小さな子供がいました。あれは北条さん自身。

 北条さんは、誰かを攻撃すること、つまり自分より弱い者をイジメることで、やっと自分を保っている。

 そうしないと、自分がイジメられる立場になるって怯えているの。」


「まぁ、確かにのぅ。特に女子のイジメは、立場がすぐに逆転する。イジメている側が、イジメられる側になることは良くあることじゃ。」

 セシルが妙に納得した顔で語る。


「セシルさま。詳しいね!」

「さすが経験豊富!」

 双子が茶化してくる。


「確かに、憑かれているのが分からず、周りに影響を及ぼすグールが、これ以上増えたら困りますね。」

 トールが、どうしたらいいですかね、と思案している。

 このままの状態のサヤカを放置することはできない。今のサヤカは、言わば、グール拡散装置になっているのだから。


「北条さんの中のグールはまだ完全には根付いていない。今なら引き剥がすことができると思うのですけど、その方法が分からなくて。」

 陽子が困った顔をしている。


「そうじゃな。グールを無効化する方法は一つ。心の負担を軽くしてやることじゃ。だが、今の日本の仕組みでは、大人になるにつれて、益々ストレスが溜まっていくじゃろう。」


「では、どうしたらいいのです?セシルさまは前に、エレメンテではもう、グールに憑かれる者はほとんど居ないって言ってましたよね?どうやったら、そんなことが?」

 タクミがセシルに回答を求める。


 田中め。覚えておったか。しかし、あの方法を、このアースで実行するのは、かなりの難易度。


 セシルは少しだけ思案する。

 そうじゃ!ここにはシルフである陽子と月子がいる。試してみる価値はあるかのぅ。


「エレメンテの方法はアースでは使えない。だから似たような効果のある方法を試すしかないのじゃが。田中、陽子、月子、アースのことはお前達の方が詳しいからのぅ。我がその方法を具体的に説明するから、気になった所があれば、指摘してほしい。」


 これが通用すれば良いのじゃが。

「では、説明するぞ。」

 セシルは望みを込めて、話始めた。




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