2話 主人公、異世界に行く
ここはどこだろう?
僕は不思議な浮遊感の中にいた。頭がぼんやりする。でも身体は軽い。まるで自分の身体じゃないみたいだ。
バサァ、バサァ、何かが羽ばたいてる音がする。
んっ?僕、空を飛んでる?
んんっ?僕の手ってこんなんだった?
身体は硬い鱗に覆われ、手足には鋭い爪、そして背中には羽。
これってまさか…。
ドラゴン!
僕、ドラゴンになってる!
なんだよ、これ!?
それに、ここは、何処だろう?
見たこともない景色。だけど、なんだか懐かしいような景色。見渡す限り砂地が広がっているようだ。かなり遠くに山並みが見える。
遠くの山並みに気を取られていると、
ドカンっ!
僕の目の前で炎が弾けた。
飛んでる僕に、地上から攻撃してくる誰かがいる。ダメージはほとんど無いが、数が多い。
もう、やめろって!
僕はそう叫んだつもりだったが、口から炎が出た。
僕、口から炎吐けたんだ!すごい!
って、僕、いま、ドラゴンだった!
地上からの攻撃はますます過激になる。羽に爆炎が当たり、僕はそのまま地上に落ちていった。
「おい、これワイバーンじゃないぞ。まさかドラゴン?」
地上に落ちた僕に近づいてくる一人の男が不思議そうに僕を見ている。が、僕は地上に落ちた影響で、視界がボンヤリとして、相手がよく見えない。
「この大陸に出現する怪異は討伐していいってルールだろ!倒しゃいいんだよ!俺の討伐数にカウントしてやるぜ!」
血の気の多そうなもう一人の男がそう言いながら、攻撃を加えようとする。
「いや、マズイって。確認した方がいいって。」
「いま王宮にメッセージを送ったから、待てって。」
と、そこへ一際体格の良い男が現れた。
「その獲物を仕留めるは待ってくれ。」
「おい!横取りする気か?」
さっきの血の気の多い男が怒鳴りながら、男に近づく。
「あっ!ガルシア様!なんで王様がここに?」
「すまんなぁ、そのドラゴンは訳ありでな。討伐は中止にしてくれ。頼むよ。」
血の気の多い男は、周りの男たちを見やる。
「仕方ねえ。王様に頼まれたら断れねぇな。おいっ、お前らもいいよな。」
他の男たちも、仕方ないなぁという感じで応じる。
「ガルシア様。貸しですよ。今度、酒でも飲ませてくださいね。」
「おう!今度、秘蔵の酒をたらふく飲ませてやるよ。」
ガルシアと呼ばれた男は陽気に応じる。
男たちは、ガルシア様に頼まれたらイヤと言えないよなぁ、と妙に納得した表情でその場を離れていった。
「さて。おい、そこのドラゴン。意識はあるか?」
僕のこと?
「あの、僕は。」
話そうとすると、口から炎が出た。
「おいっ!危ねえな!口で話そうとするな。思っていることを心で伝えるつもりで集中してみろ。」
思っていることを心で伝える?
『あの、ここはどこなんでしょう?』
「おっ、やれば出来るじゃねぇか!しっかし、第一声がそれかよ。」
ガルシアと呼ばれていた男は豪快に笑う。
「ここはガンガルシア王国。この世界にある七つの国の一つで、闘いの国だ!そして、俺はこの国の王、ガルシアだ!」
なんだかドヤァ感がある顔で説明してくれている。
『あの、ガルシアさま。僕はどうして…』
「おっ。お前のことを説明してくれるヤツが着いたようだぞ。」
ガルシアが僕の後ろの方を見る。
「間に合ったようじゃな〜。」
なんだか呑気な声がする。
あの美少女だ!
美少女と無表情な美女、そして可愛らしい少年がゆっくりと近づいてくる。
「やはりドラゴンでしたか。ガルシアさま。保護していただき、ありがとうございます。」
「トールよ。説明してくれや。」
トールと呼ばれた子供が僕の方へ歩いてくる。
ジーッと見ている。
なに?なんだか恥ずかしいんだけど…。
「うん、間違いないです。彼はドラゴンの先祖返りだと推察されます。」
「マジか!先祖返りかよ!超がつくレア物じゃねぇか?まさかアースにいたとはなぁ。」
ガルシアがはしゃいでいる。
あの、僕のことですか?
僕にもわかるように説明してくださいよ〜。
僕はもう泣きそうになっていた。
「はじめまして、ドラゴンさん。僕はトールと言います。あなたの名前は何と言うのですか?」
『あっ。こちらこそ、はじめまして。僕の名前は田中拓海と言います。』
返事をした後、思わず名刺交換するような動作をしてしまった。サラリーマンの癖が抜けない。ドラゴンが名刺交換。シュールな光景だ。
「ふふっ。タクミさんですね。」
トールは微笑みながら、僕の目を覗き込んでくる。
「タクミさん。僕の目をみてください。」
あれっ、トールの目って金色?
綺麗だなぁ。
「タクミさん。ゆっくりと自分の姿を思い出してください。僕が手伝いますから、元の姿に戻りましょう。」
元の姿?えっと、僕の姿は…。
背が高くもなく、低くもなく、体重も重くもなく、軽くもなく、いわゆる中肉中背。でもって、30過ぎには見えないっていつも言われてたなぁ。再就職の採用に落ちまくったのは、もしかして、この童顔が影響してたのかも…。
考えていると、ふいに身体が変化した。
「あっ、僕の手だ!」
声も出た。
「はい、大丈夫ですよ。ちゃんと元に戻れましたよ。」
トールの優しい声が聞こえた。
「お〜、無事に戻ったか。田中よ。」
可愛い声なのに、なぜかおじいちゃんのような話し方。あの美少女だ。
「よぅ、セシル!お前、今回はまったく役に立たなかったな!ガハハ。」
「いいのじゃ!我は《怠惰》じゃからのぅ。できれば何もしたくないのじゃ!」
と、よくわからない言い訳をしている。
「田中よ。気分はどうじゃ?まだ消えてしまいたいか?」
そうだ。僕は会社をクビになって。
仕事ができない僕は社会から必要とされない存在で、無価値で。だから、消えてしまいたいって…。なんだかドロドロとした大きな影に包まれていたような気がするが…。
消えてしまいたい?
あれっ、なんでそんなこと考えてたのかわからないっていうくらい、清々しい気分になっている自分がいた。
「なんだか元気です。頭の奥であんなにモヤモヤしてたものが無くなったというか、なんというか…。」
「ふふっ、ドラゴンになって力が解放された影響でしょう。」
トールが説明してくれる。
「そうか、グールに覆われても意識があったのはドラゴンの血が発現していたからじゃったか。」
「グールはその人間の本性を呼び覚ましますからね。普通のアースの人間であれば、こちらに出現した際に、身体は消失して、グールの動力源とされてしまいますよ。」
トールは僕を優しい目で見ながら続ける。
「タクミさんの場合は、こちらに出現した時点でドラゴンの力が具現化。その膨大な力の爆発でグールが吹き飛んでしまった、というところでしょうか。」
「よぅ、ところでタクミ。いつまで裸でいる気だ?」
えっ?
ガルシアに言われて気づいた。
僕、まっ裸で女の子の前に!
「うわぁ〜‼︎」
「ほいっ、コレ着ろよ。」
ガルシアが服を手渡してくる。
あれっ、これどこから出したの?
ガルシアを見ると左手の甲が光っている。
「日本の男が着る服はこんな感じだろ?ほれ、靴。」
空中の何もないところから、靴が出現した。
なに?どうなってるの?まるで手品だ。
「深く考えるなよ。お前もゲームくらいやったことあるだろ?ドラ○エとか、ファイナルファン○ジーとか。そういう感じだと思っておけよ。」
目が点になりながら着替える僕に、ガルシアは軽い感じで答える。
「っていうか、ここ、日本じゃないですよね?ましてや、僕が住んでいた世界じゃないですよね!」
「お〜っ、タクミ。よく気づいたな。賢いぞ。」
いやいや、バカにしてますよね。ガルシア様!なんで、ド○クエとか知ってるんだろう?
「そうじゃ、田中よ。此処はの、お前のいたアースとは違う世界。いわゆる異世界というヤツじゃ。そして、タクミよ。お前はこの世界の人間だったという訳じゃ!」
美少女がドヤ顔で言う。
ガルシアさんといい、ここの世界の人はドヤ顔好きなのかなぁ。
「マスター、まずは田中に自己紹介を。」
無表情美女が美少女に自己紹介を促す。
「言ってなかったかのぅ。我の名前はセシルじゃ。よろしくな!」
にっこり笑って自己紹介をしてくれる。
可愛い!
「僕の方こそよろしくね。セシルちゃん!」
「セシルちゃん?
田中!マスターはこの世界にある天空の国、セシリアの王です。無礼な振る舞いは許しませんよ。」
美女が迫ってくる。
こっ怖い…。
「エル、待つのじゃ。田中はまだ目覚めたばかり。大きな心で接するのじゃ。」
「ふふっ。じゃあ、次は僕の番ですね。」
トールが近づいてくる。
「僕は学者の国、マルクトールの王でトールです。」
可愛い顔でびっくり発言!
「トールくんって王様なの?ごめん、トールさまって呼んだ方がいいよね?」
チラリと無表情美女を見る。
あれっ?怒ってこない?
「トールくんで大丈夫ですよ。彼女はエル。エルはセシルねえさまの忠実な従者なのです。セシルねえさまに対する態度にだけ厳しいのですよ。それに、僕は王様といってもまだ修行の身ですから。」
トールくんって、なんて良い子!
僕にはまだ子供がいないけど、こんな子が僕の息子だったらなぁ。
「ところで、田中よ。いまの自分の状況はわかるか?」
セシルが聞いてくる。
「あっ、えっと。僕は先祖返りというヤツで、ドラゴンなんですよね?」
「うむ。分かっているようじゃの。田中はこの世界にいた竜種の末裔じゃ。この世界のドラゴンはヒトに姿を変え、ヒトと恋をすることがあった。しかし、ドラゴンの能力は人間にはほとんど受け継がれない。劣性遺伝というヤツじゃな。じゃが、まれに何世代かたった子供にドラゴンの能力が発現する場合がある。トールがそうじゃ。」
えっ、トールくんって。
「はい、僕も、まだうまく変現できませんけど。」
そう言いながら、トールは集中し始める。ポァと淡い光がしたと思ったら、そこにはいままでの姿とは違う格好のトールが立っていた。
頭には角、背中には羽、鋭い爪、さらにお尻には尻尾が生えている。でも体格も顔もトールのままだ。
半ドラゴンといったところだろうか?
「これが僕の変現した姿です。タクミさんとは違うでしょ?タクミさんは先祖返りと言って、ドラゴンの姿、そのものになれます。僕はドラゴンの血が濃く出ただけで、基本はヒトですよ。」
「じゃあ、僕はもうヒトではないってこと?」
「うむ。お前はもう、こちらの世界、エレメンテでしか生きられないのぅ。田中は何歳なのじゃ?」
「僕は今年35歳ですけど…。童顔で、年齢通りに見られたことはないです。」
「それもそのはずじゃ。竜種の寿命は約2,000年。20歳くらいまでは普通に成長するが、そこからは容姿は変わらん。つまり、見た目には歳をとったようには見えなくなるということじゃな。」
「えっ、僕はずっとこのままなんですか?」
「向こうの世界で暮らすのは、困難じゃろうな。それに、何かの拍子にドラゴンに変現でもしたら、アースは大混乱じゃな!」
なんか少し嬉しそうに話すセシルさま。
面白がってますよね?
「おい、セシル、トール。タクミに説明することが山程あるだろ?こんな砂漠のど真ん中じゃ、説明聞いてる間に干からびるからよぉ。ひとまず王宮へ行こうぜ。」
ガルシアが声をかけた。
「おお、そうじゃな!久しぶりに王宮で朔夜の料理を馳走になるとしようか!」
セシルがはしゃいでいる。
が、そのおじいちゃん口調と美少女の姿のギャップがものすごく気になる。
「おーい、準備できたぞ。」
ガルシアの方を見ると、やはり左手の甲がほのかに発光している。僕たちがガルシアに近づくと、光が大きくなり、眩しいと感じた瞬間、5人の姿は砂漠から消えていた。