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17話 セシル、役に立たず

 


 グールに飲み込まれたタクミは、夢を見ているような起きてるような、不思議な感覚の中にいた。


 あれ?誰かが泣いてる。どうしたんだろう?

「お父さん!お父さん!」

 あっ!泣いているのは陽子だ!


「お父さん!起きて!」

 お父さんと呼ばれた男性は腹部から大量の血を流して、横たわっている。


 出血がヒドイ。あれはもう…。助からないだろうな。直感的にそう思った。


 と、景色が変わる。


「お父さん!結婚するの?新しいお母さん!」

 月子が喜んでいる。

「お前達が良いと言ってくれるなら、そうしたいと思っているが、どうだ?」

 父親が聞く。

「いつも遊んでくれるお姉さんがお母さんになるの?嬉しい!大好きだよ!」

「陽子もいいかな?」

 父親が不安そうに聞いてくる。

「もちろんだよ!」

 陽子は嬉しそうに答える。


 本当の母親は月子を産んだ2年後に、交通事故で亡くなった。月子は小さかったから、覚えていないだろう。


 あれから、三年。

 職場の近くの食堂で働く女性と知り合ったのは、同僚の紹介だ。


 自分には子供が2人いて、下の子はまだ小さいから、と言って断ろうとした時だった。

「私、子供ができないんです。」

 彼女はそう言って、私をお母さんにしてください!と申し込んできた。彼女は明るく元気で、月子と陽子も、すぐに彼女と仲良くなった。


 彼女は病気で子供ができない身体だった。僕が子供の話をするのを、嬉しそうに見ている視線を感じていた。

貴方(あなた)のことはもちろん好きですけど、2人のお父さんである貴方が好きなんです。」

 こんな子持ちなんかと本当に結婚していいのか?と聞いた時、彼女はそう言って笑った。


 と、また景色が変わる。


「お母さんの誕生日だからね。陽子と月子とお父さんで、お母さんのために夕飯を作って喜ばせよう!」

 父親はそう言って、3人で買い物に行くことにした。家から歩いてすぐのスーパー。

「お母さんは、ハンバーグが好きなんだよ!」

 月子が嬉しそうに言う。

「違うよ!ハンバーグが好きなのは月子でしょ!お母さんは、お鍋が好きって言ってたよ。家族みんなで食べるお鍋が一番好きだって!」

 陽子が父親に嬉しそうに話す。

「そうだなぁ。何にしようかなぁ?」

 父親は、陽子と月子と手をつなぎ歩きながら、どうしようかなぁと繰り返す。

「絶対ハンバーグ!」

「ダメだよ。お鍋だよ!」

 そんな2人の可愛い娘のやり取りを聞きながら歩いていると、向こうからフラフラした足取りの男が来るのが見えた。


『酒にでも酔っているのか?』


 危ないなぁ、と避けようとした瞬間、男が叫びながら、こちらへ向かってきた。

「お前ら、うるさいんだよ!ここは道路だぞ!お前らの道じゃねぇんだよ!特にそこのガキ!お前の声がうるさいから、俺の頭が痛いんだよ!どうしてくれるんだ!俺はな!お前らみたいなガキが一番嫌いなんだよ!」

 男が月子の手を掴み、絡んでくる。


『酔っ払いか?何かクスリでもやってるのか?』


「すみません。うるさかったですか?もう行きますので、その手を離してください。月子、こっちに来なさい。」

 父親が月子を庇うように男の前に立ったそのときだった。

「俺の言うことに文句あるのか!」と、男は刃物を取り出し、父親の腹部に突き立てた。2人の子供をかばうように立っていた父親の腹部を、その男は何度も刺した。

 あっという間の出来事だった。周りが異変に気づいたときには、男は走って逃げた後だった。


「お父さん!お父さん!」

 血だまりの中に倒れている父親に向って、2人の子供は呼びかける。父親が息も絶え絶えに、何か言葉を発している。

「陽子、月子…、だ、いじょうぶか…。陽子、お姉ちゃんなんだから、月子を、守って、やって、くれよ…。」

 周りに人が集まってきて、救急車のサイレンが聞こえる。

「お父さん!お父さん!」

 悲痛な2人の声がいつまでも響いていた。


 タクミは、はっきりしない意識の中で思う。

『そうか、コレは陽子ちゃんの記憶だ。』


 そう認識したとたん、また景色が変化した。



「お母さん、月子ちゃんは失声症だと考えられます。大きなストレスによって、声を出そうとすると心に大きな負荷がかかり、話せなくなる。環境を変えることで、言葉が出るようになるかもしれませんが。」

 白衣の先生は、環境を変えれば月子は話せるようになるかも、と言った。


「陽子。お母さんね。昔、△△県に住んでたことがあるの。そこなら、知り合いもいるから、お仕事も見つけることができると思うの。月子のためにも、引っ越そうと思うのだけど。」


「でも、お母さん。私達、お母さんに頼ってばかりじゃダメだと思うの。本当のお母さんもお父さんも、両親が早くに亡くなって、頼れる親戚はいないって言ってた。

 お母さんのお友達が言ってたの聞いちゃったの。本当の子供じゃないんだから、お母さんが面倒見ることないじゃないって。これからもっとお金もかかるし、母親だけじゃ育てられないよって。

 だから、私達は施設に入ってもいいんだよ。」

 陽子は泣きながら、母親に訴える。


「馬鹿ね。陽子も月子もお母さんの子供でしょ。自分の子供を育てるのは当たり前のことよ。それに、陽子と月子まで居なくなったら、お母さん、どうしたらいいの?」

 母親も泣きながら、陽子と月子を抱きしめる。


 陽子は誓う。

 お母さん、私が一緒に頑張るから!

 月子とお母さんは、私が守る!

 お父さんと約束したから!


『そうか、陽子ちゃんは一生懸命、お父さんの代わりに、月子ちゃんやお母さんを守ろうとしていたんだ。』


 そこからは記憶の断片が映像となって現れる。


『中学校での陽子ちゃん。クラスの子達から無視されてる?』


『あのサヤカという子が主犯格?』


『中学校の友達も心配してるよって言葉は、陽子ちゃんにはツライものだったんだ。』


 現れては消える、陽子の記憶。

 と、そこに陽子のいない映像が現れる。


『アレは、陽子ちゃんをイジメてたサヤカ?』



「サヤカ!あなた、またクラスで2番だったのですって!あの母子家庭の娘に負けたのね!何をしてるの!ちゃんと勉強してるの?」

 激しくサヤカを怒鳴りつけているのは、サヤカの母親だろうか。

「あんたがちゃんとしないと、これだから連れ子は、って言われるでしょ!いい加減にしてちょうだい!家庭教師もつけたし、塾にも通わせてるのに負けるなんて、やっぱりあの男の子供ね。」

 お父さんのこと、悪く言わないで!

 サヤカは心の中で強く思う。

「何よ、その目は!あんたは段々あの男に似てくるわね。その目で私を見るんじゃないわよ!また(しつけ)が必要かしらね!」

「お母さん、ごめんなさい!次は頑張るから!絶対一番とるから!アレはやめて!」

 サヤカは泣きながら、懇願する。


 サヤカの本当の父親は、若い女と浮気をして出て行った。

 優しい父だった。勝気な母とはうまくいかなかったのだろう。母はバリバリの弁護士で、父は普通のサラリーマンだった。そんな格差も父には負担だったのかもしれない。

 父と離婚してからの母は、自分にできることはサヤカにもできると、様々なことを強要した。

 私の娘なんだから、と。

 サヤカが上手くできないことがあると、躾だと言って、狭い小屋に閉じ込められた。泣きながら謝っても、何時間も出してもらえなかった。ある時、母はサヤカを小屋に入れたまま仕事に行ってしまい、丸一日以上、狭い小屋で過ごした。寒い冬の日だった。サヤカはそれがトラウマとなり、狭くて暗いところは苦手だ。

 それがイヤで、それからは母の言う通りに生きてきた。急に言うことを聞くようになったサヤカに対して、母はこう言った。

「やっぱり、私の躾は間違ってなかったわね。」と。


 今の父親とは病院の弁護をキッカケに、再婚した。


 今の父親は病院の院長だ。子供ができなかった前妻とはその数年前に離婚していた。母親と再婚したのも、子供(大輝)ができたからに違いない。父親は、どうしても血の繋がった跡取りが欲しかったようだ。

 そんな父親も母親も、とにかく世間体を気にする人達だ。

 母親は、弁護士の娘さんなのにね、などという噂をされたくないから、サヤカに様々なことを強要してくるのだ。サヤカのためなのよ、と口では言っていても、実は母親自身の見栄のために強要されているとサヤカはわかっていた。自分のためだけに、私にクラス一番を強要してくる。

 父は何年も前から、滅多に家に帰って来ない。忙しいと言っているが、たぶん愛人のところだ。前の父の浮気は許せないのに、今の父親の浮気はいいのか?サヤカには理解できなかった。


 父親も母親も嫌いだ。弟の大輝も。友達面しているあの子達も、影では私の悪口を言っているのだろう。

 こんな家も学校も大嫌い。でもどうしようもない。中学生のサヤカは家を出たら生きていけないから。

 みんな大嫌いよ!

 父親も母親も大輝も、みんな居なくなっちゃえ!


 そんなサヤカの不満の捌け口が、陽子だった。陽子さえ居なければ、母に怒鳴られることもないし、サヤカ自身がこんなに惨めな思いをすることもない。

 サヤカは本気で陽子に居なくなってほしいと思っていた。陽子さえいなくなれば!まだマシになると。


『だからサヤカは中学校で、執拗(しつよう)に陽子ちゃんをイジメているのか!』


 サヤカの行為は間違いなくイジメだ。絶対許されない行為だ。しかし、サヤカは母親との関係に問題があって、イジメという極端な行動にでているのだ。


『これじゃ、誰が悪いのかわからないよ。サヤカの陽子に対するイジメは一番ダメなんだけど。サヤカだって、母親から…。』


 記憶の断片は続く。


「お前の母親だって、新しい恋人ができたんだろ!母親のためにもお前達が居なくなれよ!邪魔なんだよ!」

 サヤカは、そう言った。


 わかってる!お母さんには幸せになってほしい!でもお父さんを忘れて、別の人と結婚するのも許せない!


 今まで母親が頑張っている姿を見ているから、陽子も頑張ってこれた。学校でイジメられようが、耐えられたのだ。

 だが、そんな母親の噂。

 新しい恋人?

 母はそんな人じゃない!でも…。

 サヤカの言葉で、心の奥に溜まっていった不安がハジけた。


 もうどうなってもいい、と。

 自分だけが、我慢するのはやめよう、と。

 みんな居なくなっちゃえばいい!


『そうか!陽子とサヤカはその一点で意見が一致しているんだ!このグールが、近づく者を捕まえて飲み込むのは、2人の意思を反映してるんだ!』


 記憶の断片が段々、曖昧になってくる。あるのは、もう素直な感情の嵐。


「もう私ばかり頑張るのはイヤ!」

 陽子とサヤカは、そう叫ぶ。


「もうココにはいたくない!どこかに逃げたい!」

 陽子とサヤカは、そう訴える。


「もうみんな居なくなっちゃえばいい!それができないなら…。自分がこの世界から消えてしまいたい!」

 陽子とサヤカは、そう本気で思う。



『この2人は、心の奥底で同じことを願っている。セシルさまが言ってたな。グールは取り憑いた者の感情を爆発させ、その感情を食べて怪異(かいい)に変異すると。』

『もう時間はないのかもしれない。早く何とかしないと、この世界、アースで怪異が誕生してしまうかも!』

 セシルさま!僕に何かできることはあるのでしょうか?

 タクミは、セシルに強く助けを求めていた。



 一方その頃、セシルは究極の二択に苦しんでいた。

 王として、為すべきはどちらなのか。

 もう答えは出ているのかもしれない。




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