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16話 セシル、グールと対峙する

 


『ここは何処だろう?』

 陽子は不思議に思う。

 自分の周りに、何か気持ち悪いものが(うごめ)いている感触はあるのだが、自分のこととは思えない。まるでシャボン玉の中に入って、空中を彷徨(さまよ)っている感覚。フワフワ(ただよ)う風船の中から、外を眺めているような。

 陽子の周りにいる何かが、サヤカを飲み込んだことも、サヤカに母親のことを指摘されて激昂し、サヤカを傷付けたことも覚えている。だが、いま自分がどんな状況にあるかは理解できない。


 不思議な浮遊感のなか、

『このまま漂って、最後はシャボン玉のように、パチンと消えて無くなりたい。』

 陽子はずっとそんな事を考えていた。



 タクミが陽子の気配を察知してから程なく、セシル達は陽子のいる公園に到着していた。

「この公園に精霊が集まっているね。すごい濃度だ。」

 リオンが感心したように言う。

「グールは精霊を集めたりしない。これは陽子がやってるのかな?」

 シオンが疑問を口にする。

「こんな量の精霊を召喚できるのは、エレメンテにも存在しないよ。」

「ただのアース人の陽子にできる?」

「もしかしたら陽子は…。」


「リオン、シオン!考察は後じゃ!まずは公園に結界を張るぞ!手伝え!」

 セシルが双子に声をかける。

 リオンとシオンは、ハッと気付いたように、素直にセシルに従う。

「我の防御結界を広げる。リオンとシオンは範囲の固定を頼む。」


 セシルがそう言い終わるまえに、セシルの周りに球体の膜のようなものが現れる。

「陽子とグールを中心に全てを覆うぞ!グールのカケラを逃すな!良いな!」


 セシルは双子に指示をしながら、陽子の方を凝視する。

 本当にアレはグールなのか?目の前の異様な光景に、信じられない気持ちでいっぱいだ。


 通常のグールは、雲のようなモヤモヤした掴みどころのない存在だ。だが、目の前のアレは触手の様なものがいくつも生えていて、近くにいる生物を無差別に捕食しようとしている。陽子は透明な球体に包まれた形で、グールの中心に浮いている。


 陽子を中心にグールが具現化、あの触手はグールの手足といったところか?いや、あまりにも我が知っているグールとは違う。本当にグールなのか?でもグールの反応は出ている。しかし、今まで見たことの無い形状。本当にグール?


 思考が堂々巡りとなり、セシルはハッとする。そうじゃな。双子に言ったように、考察は後じゃな。


 セシルはグールの中心に浮いている陽子から、目を離さずに集中する。

 セシルを包んでいた球体が大きくなり、地面を境に半球体へと変形しつつ範囲が広がっていく。リオンとシオンはグールの触手に捕まらないように距離を取りながら、グールを囲むように地面に何かの器具を設置している。


「「セシルさま、準備できたよ!」」

 双子から、同時に声がかかる。


「良し!結界固定するぞ!固定後は結界の外からの干渉は一切受けないが、グールが消滅するまで、この結界の中からは出られないからな!良いな!」


「結界固定!」

 セシルが叫ぶと同時に、バチンっと何かが弾ける音がした。


「セシルさま。いま何を?精霊の気配が少なくなりましたよ?」

 タクミが怪訝(けげん)そうな顔で聞いてくる。

「ここの空間を閉じたのじゃ。いま彼奴(あやつ)ら【グールと陽子】は、どうやっているかは分からぬが、大量に精霊を召喚しておる。それを防ぐためじゃ。

 それに夜とはいえ、公園の中を誰が通るか分からんからな。これで、誰もこの空間には入ることはできない。我々も出ることはできなくなったがな。」


 さてと、では、ゆっくりグールを観察するとしようかのぅ。陽子を見つけると月子と約束したからな。陽子を助ける方法を見つけなくては。


「リオン、シオン。(われ)の防御結界を広げてしまったからな。我の近くで我を守るのじゃ。」

 双子に指示を出す。

「しょうがないなぁ。いまのセシルさま、ガラス並に(もろ)いもんね。」

「前のセシルさまなら、自分で攻撃するって言い張ってたよ。きっと。」

 リオンとシオンは、口では色々言うが、セシルを(かば)うように立っている。


 まったく、この双子は素直ではないのぅ。防御は2人に任せて大丈夫そうじゃな。


 セシルは2人を感慨深そうに見つめると、視線を陽子に移す。


 さてと、どうしたもんかのぅ。

 まずは反応を見るか。


「ノア!グールへの攻撃を許可する!ただし、陽子は傷付けるなよ!」


 セシルがそう言うと同時に、ノアがニヤリと笑う。


鬼哭剣(きこくけん)、来いー」

 ノアが静かな声で命じると、ノアの左手から大きな日本刀が出現する。


 剣を握った途端、ノアの表情が一変した。


「うひゃひゃひゃ!この感触!久しぶりだぜ!そこのニョロニョロ!ぶった切ってやるから、待ってろよ!」

 ノアは嬉々として、グールに向かって走り出す。


 それを見たタクミは唖然(あぜん)とする。

「なっ…。何ですか?あれ」


 そうじゃろう、そうじゃろう。

 アレを初めて見た者は、(みな)、そうなるわな。


「まぁ、何と言うか。ノアはのぅ。武器を持つとちょっぴりハジけるというか…。」


 我が言いよどんでいると、横から双子が口を出す。


「あいつは武器マニアの二重人格なんだよ。面白いよね〜。」

「元々、ノアは討伐者だったんだけど、武器持つとアレになるからさ〜。討伐者の間でも問題児で。」

「そうそう、ブラックノアくん!アイツ、まわりの被害とか考えずに突っ込んでいくからさ。一緒に戦ってるヤツまで巻き込んでケガさせて。」

「仕方なくセシルさまが引き取ったんだよね〜。」

「セシルさまの国はね。問題児引取所って呼ばれてんだよ〜。」

「僕らを含めてね。問題児しかいないんだよ〜。」

「やっぱり王様が変だから、変な子達しか集まらないんだよね〜。」


 双子が面白そうに話す。


「そっ、そうなんですか。じゃあ、僕も変な人達の仲間入りということですかね?」

 タクミが情けない声を出す。


「「なに言ってんの?タクミが一番の変な子に決まってんじゃん!」」


 双子がキレイにハモって言う。


 双子の言葉に落ち込んでいるタクミにセシルが声をかける。

「もう揶揄(からか)うのは、それくらいにしておけ。田中も間に受けるでないわ。」

 セシルが呆れたように言う。


「そうですよ。タクミさんは貴重なドラゴンの先祖返りですよ。変な子、ではなく、レアな変な子、ですよ。」

 トールが励ましているのか、よく分からない表現で双子に反論している。


 まったく、緊張感のない者ばかりじゃのぅ。


 そんな話をしている間にも、ノアはグールの触手と斬り合っている。


 やはり近づく者を捕らえようとしているようじゃな。それにしても切っても切っても復元してくる。物理的な攻撃は効果が無いようじゃのぅ。


 どれ、揺さぶりをかけてみるか。


「田中よ。陽子に向かって声をかけるのじゃ。月子が心配している、と。トールはグールの反応を分析して、陽子を救う方法を考えるのじゃ。」

 タクミとトールに指示を出す。


「あまり近づくと捕まるからのぅ。十分な距離を保ちつつ、声を掛け続けろ。」


「分かりました。やってみます。」

 タクミが真剣な面持ちで、陽子に近づいていく。


「セシルねえさま。僕は少し離れた所から観察します。」

 トールは逆に陽子から離れていく。


「チヨ。田中のサポートを頼む。」

 後ろに控えていた千代に命じる。


 千代はお買い物にでも行くような普段通りの足取りで、タクミの後を追う。

「タクミさん、気をつけてくださいね。私も戦闘は久しぶりだから、手加減できるか、わからないわねぇ。」

 タクミに話しかけながら、上品に笑っている千代の手には、大きな斧が握られていた。


「えっと…。千代さん。それは…?」

「タクミさんたら、バトルアックス改ですよ。知らないんですか?ゲームとかしないんですかねぇ?」


 最近の子なら、ゲームでよく知ってるだろうに。と言わんばかりの千代に、タクミは溜息をついた。


「そうではなくて!あの…、そのバカでかいので千代さんが戦うんですか?」


 タクミが驚くのも無理はない。千代が手に持っていたのは、千代と同じくらいの大きさの斧だった。それを片手で軽々と持っているのだ。


「ヒト一人分くらいの大きさですけど…。」


 戸惑っているタクミに双子が声をかける。


「千代が持ってる武器の中でも一番小さいヤツだよ、ソレ。」

「タクミもいい加減慣れなよ〜。王宮で働いてるヤツらは戦闘も出来ないとダメだからね。」

「千代ってさ。現役の時は《戦慄(せんりつ)の破壊者》って呼ばれてたよね〜。」


「シオン、リオン。そんな昔の話、恥ずかしいから、やめておくれ。」

 千代が恥ずかしそうにモジモジしている。


「《戦慄の破壊者》?」


 ノアの時と同様に唖然としているタクミにセシルからの指示が飛ぶ。


「ええ〜い、田中よ!もう些細(ささい)なことはいいから、早く陽子を!」


 ハッとしたタクミは、歩みを再開し、

「陽子ちゃん!

 公園で会った田中と言います!

 覚えてるかな?

 陽子ちゃん、聞こえている?」

 と、陽子に向かって大声で話しかける。


 触手の動きが一瞬止まる。

 が、すぐに動き出す。


 グールの本体【陽子】に近いノアへ、触手が群がってくる。


「こいつら、動きは単純だが、数が多い上にパワーもある。無限に増殖してるから、斬りたい放題で俺は嬉しいがな!

 セシルさまよ!どうする?」


 性格が豹変したブラックノアが叫ぶ。


 確かに、このままではラチがあかぬのぅ。しかし、田中の呼びかけに反応があった。

「田中!もっと陽子に話しかけろ!」


 タクミが頷き、再び陽子へ話しかける。


「陽子ちゃん!月子ちゃんが心配してるよ!いま月子ちゃん、一人で留守番してるんだよね?早く帰ってあげようよ!一人で心細くて、泣いてるかも!」


 そう叫ぶと、触手の動きがピタリと止まった。


 グールの中心にいる陽子がピクリと反応したのが見えた。


「田中よ!呼び掛けを続けるのじゃ!」


 セシルの指示に、タクミは再び大声で叫ぶ。

「陽子ちゃん!月子ちゃんが待ってる!早く帰ろう!お母さんも心配してるよ、きっと!」


 フワフワの球体の中で、

『誰かが私のこと、呼んでる…』

 陽子はぼんやりと思う。

『誰かが月子のことを話している…。

 月子。私の妹。私が守らなくていけない存在。』

 陽子はぼんやりと思い出す。

『お母さん。

 私達のお母さん。本当のお母さんじゃないのに、私達のことを大事に育ててくれてるヒト。』


 触手はタクミの声に反応するように、動かなくなる。


 やはり月子というワードに反応するか?このまま鎮静化してくれれば。


「陽子ちゃん!みんな心配してるよ。学校の友達だって、陽子ちゃんがいなくなったら心配だよ!」

 タクミは声を掛け続ける。


『学校の友達?

 私のことを理不尽にイジメてくる人達。

 私はあの人達に何もしていないのに、悪口言われたり、面倒な係を押しつけて文句ばかり言う人達。私のことを見て見ぬフリで助けてくれない人達。』


 このまま触手の動きが落ち着くのでは、と楽観視していたセシルの目の前で、それは突然起こった。


『学校の友達。

 あの人達がいるから、私がイジメられる。

 お母さん。

 お母さんがいるから、私が頑張らなくちゃいけない。

 月子。

 月子がいるから、全てに我慢しなくちゃいけない。』


『もうイヤだ!

 私だけが我慢するのは!

 もうみんな要らない!みんな居なくなればいいんだ!』


 今までため込んでいた陽子の感情が爆発する。

 それと同時に触手が倍に膨れ上がり、一斉にタクミに向かって襲いかかる。


『お母さんとか月子とか学校の友達とか!うるさいんだよ!そんなこと言うあなたも居なくなっちゃえ!』


 あまりに急な触手の攻撃に、とっさに斧を振るう千代だが、数が多過ぎた。仕留め損ねた触手の一本が、タクミを掴んで飲み込むのが見えた。


 しまった!

 陽子に学校の友達は逆効果!

 地雷じゃったか!


 飲み込まれたタクミを救おうとしているチヨを呼び戻す。

「セシルさま。ごめんよ。

 タクミさんが飲み込まれて…。」

 犬耳も垂れ下がっている。

「チヨ。気にするな。我のミスじゃ。まさか、あそこまで過剰に反応するとは…。」


「セシルねえさま!」

 トールが駆けつけて来る。

「トール、何かわかったか?」


 短時間の観察なので推測ですが、と前置きしたトールは、

「あのグールは陽子の感情で動くようですね。どういう仕組みはわかりませんが、あのグールは完全に陽子と同化している。この状況を打開する方法は一つしかありません。陽子を目覚めさせ、グールを制御させるのです。

 それができない場合は…。

 陽子とグールの討伐を進言します。」

 と言い放つ。


 討伐か…。

 双子も言っていたな。陽子とグールは共存関係にあると。分離は難しいか?


「セシルさま。タクミはどうするの?飲み込まれちゃったよ?」

「そうだよ。タクミごと討伐するの?」

 双子が不安そうに聞いてくる。


「タクミさんはドラゴンの先祖返りです。ドラゴンには高い身体防御能力があります。どんな攻撃を受けても生き残るはずです。」

 セシルの代わりにトールが説明する。


「生き残るはずって…。」

「そんなのやった事ないんだから、わからないじゃん!」


「何度も言いますが、タクミさんは貴重な先祖返りです。僕はタクミさんと出会ってから今まで、たくさんのデータを取りました。そこから導き出した結果です。間違いありません。タクミさんの防御能力ならば、たとえ核爆弾が落ちてきても生き残るでしょうね。」

 トールが自信ありげに答える。


「核爆弾って…。」

「そんな原始的なもので僕らが死ぬ訳ないじゃん。」


「では、僕のドラゴノイドスーパーノヴァでも無傷だったと言えばわかりますか?」

 トールの一言に双子がポカンとする。


「トール!まさか、あの超爆発をタクミにぶつけたの?」

「信じられない!アレは島一つ消滅させた事があるくらいの威力だろ?死んでたらどうするのさ!」

「これだから、王様になるヤツらは…。セシルさまもトールも。変なヒトしかいないんだから…。」

 2人はブツブツと呟いている。


「リオン、シオン。それについては、我も報告を受けておる。何かあった時のために、エルを同行させておいたのじゃが、不要じゃったよ。田中の防御能力は本物じゃ。」


「エルの治癒能力は最強だもんね。」

「だからと言って、普通そんな実験する?」

「やっぱり、ウチの国で一番変な子はセシルさまだよね〜。」

「さすが、ウチの国の王様!」

 双子が今までにない、尊敬の眼差しでセシルを見ている。


 あー、なんか尊敬してくれたのは嬉しいがのぅ。しかし、この状況。どうしたものか?ちと荒いが、試してみるか?


「ノア!陽子を包んでいる球体への攻撃を許可する!が、陽子を傷つけるなよ!チヨ、ノアのサポートを!」


 ノアは触手を避けながら、陽子の球体に近づき、剣を突き立てる。

 ガキンッ!

「チッ!何だこれ?見た目はシャボン玉のようだが、並外れた強度だぜ!」

「どれ、私もやってみようかね。」

 千代がおもむろにバトルアックス改を振り上げる。

 再び、ガキンッ!

「おや、傷ひとつ付かないとは。見た目は柔らかそうなのにねぇ。」


 外部からの物理攻撃は無理か。

 こちらの声は聞こえているようじゃが。

 物理攻撃には全く反応しない陽子を目覚めさせることはできるのか?飲み込まれタクミは無事なのか?


 決断が必要じゃな。


 選択肢は二つ。

 陽子を目覚めさせ、グールを制御させれば、全ては上手くおさまる。しかし、どうやって?方法が見つからない。しかも、グールに飲み込まれたタクミの状態も気になる。ドラゴンの防御能力でも、いつまで無事かはわからない。

 もう一つは、グールの討伐。この場合、タクミは助かる可能性が高いが、陽子はグールと共に消滅するだろう。


 陽子を見つけると、月子と約束したのだがなぁ。


 いまセシルは究極の選択を迫られていた。





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