15話 セシル、読みを外す
その日の夜。陽子は、サヤカを夜の公園に呼び出していた。
住宅街の中にある静かな公園。
日中は、遊ぶ子供やジョギングする人、犬を散歩させている人が多くいるが、夜はほとんど人影がない。しかし街灯が多くあるから、不審者などはほとんど出ない比較的安全な公園だ。
そこにサヤカが現れる。光の影になって、よく見えない相手に向かって話かける。
「こんな時間になんの用?明日じゃダメって、何かあったの?」
呼び出した相手に近づいていくサヤカは、かなり至近距離になって、それが陽子だと気づく。
状況を理解できないサヤカが、陽子に向かって怒鳴る。
「なんで坂本がここにいるのよ?」
「あなたのお友達に呼び出してもらったの。」
困惑しているサヤカに、陽子が淡々と話す。
「あなたのお友達が、以前あなたの靴にイタズラするところ見ちゃってね。黙っていてあげるから、北条さんを呼び出してってお願いしたのよ。」
サヤカは、ハッとする。確かに以前、靴の中にゴミが入れられていた事があった。
「心当たりがあったようね。
私が見てたことに気づいてなかったようだけど、お願いしたら、あなたを呼び出してくれたわ。そんなことしたら、自白したも同然なのにね。」
陽子はクスクスと笑う。
いつもの陽子と様子が違う?
サヤカは少し不気味に思いながらも、強気の口調を崩さない。
「だから、何よ。あの子達は所詮、ウチの親に媚びてるだけよ。あの子達の親がウチの病院関係に勤めてるから。別に友達じゃないわ。」
「そう。じゃあ、私がウッカリあなたにバラしてしまったけど、全然問題ないわね。」
陽子が言い返す。
普段の陽子とは違う口調に、サヤカは少し怖くなり、早く終わらそうと、少し早口で言う。
「で、何か用があるんでしょ?早く用件を言いなさいよ!」
「そうね。早く用を済ましましょ。」
陽子がサヤカの方をジッと見つめ、一呼吸おいてから話し出す。
「北条さん。私の事を調べてるみたいだけど、やめてほしいの。」
「なに?なんのこと?」
サヤカは知らないフリをする。
「お父さんのこと調べているようだけど。」
「だから、なんのことよ!それに、なんでアンタの言うこと聞かなくちゃいけないのよ!」
「あなたが私に何をしようとどうでもいいわ。ただ、お父さんのことを思い出すと月子が悲しむの。月子が悲しむことは許せない。」
そう話す陽子の視線が何か変だ。
サヤカを見ていない?
どこか遠くを見ているような…。
「私は月子を守らなくちゃいけないの。だから、月子に影響があることをしようとしているなら、排除しなくてはいけないわ。」
「はっ、排除って何よ。」
「排除は排除よ。北条さん、あなた。私にいなくなってほしいのでしょ?私がいると一番が取れないから。あなたも私を排除したいのでしょ?それと一緒よ。」
陽子がまたもクスクスと笑いだす。その態度に馬鹿にされたと感じたサヤカがキレる。
「アンタなんか居なくなっても誰も困らないんだよ!早く消えろよ!」
「それならそうと、早く言えばいいのに。学校の中でネチネチされるのは気分が悪いわ。」
陽子の背後にある影が、まるで生き物のように揺らぐ。
「学校にいる時に、いくら意地悪されようが、あの時の痛みに比べたらどうでもいい事だわ。私には月子を守るっていう大事な約束があるの。それを邪魔するなら、アナタが消えて。」
陽子の影がますます大きくなる。
異様な陽子の迫力に気圧されたサヤカが怒鳴る。
「お前の母親だって、新しい恋人ができたんだろ!母親のためにもお前達が居なくなれよ!邪魔なんだよ!」
母親のことを聞いた陽子の表情が一変した。
「そんな事わかってるわよ!お母さんの負担になるくらいなら、どこかに行きたい!でも月子がいるから!お父さんに頼まれたから!」
陽子は泣きそうな顔で感情を叫び出す。
「私ばっかり!
月子の世話をして!家事をして!
学校じゃ、訳のわからない言いがかりをつけられて!
なんでアナタ達の意地悪に付き合わなくちゃいけないのよ!
もうこんなところに居たくない!」
陽子がサヤカをギッと睨む。
「私が一番、転校するか、死ぬか、したいわよ!」
そう陽子が叫んだ途端、サヤカを猛烈な突風が襲う。小石が当たったのか、頬から血が流れた。
「なっ何よ。アンタがやってるの?
体育館の窓もやっぱりアンタが?」
恐怖を感じたサヤカが陽子を見ると、陽子の周りに黒い影が集まってくるのが見えた。影は触手のようにウネウネと動いている。
『何なの?アレは!捕まる?』
後ずさるサヤカに向かって、触手が襲いかかる。逃げようとするが、触手の方が早かった。触手がサヤカを飲み込む。
そして、サヤカを取り込んだ影は、ますます大きくドス黒くなっていった。
その頃、マンションの最上階でセシル達は、夕食後のまったりとした時間を過ごしていた。
「明日も学校行くのは面倒じゃな〜。行きたくないな〜。」
ソファーでゴロゴロ転がりながら、ブツブツ言っていると、タクミの情けない声が聞こえた。
「セシルさま。少し静かにしてくださいよ〜。集中できないです。」
広いリビングの片隅で、タクミはトールから特訓を受けていた。
「タクミさん!集中です!ドラゴンの自分と今の自分は同一なものである、そのイメージが大切なのです。これが出来ないと、ドラゴンに変現した時にヒトの姿に戻れなくなりますよ。」
「ドラゴンの僕もヒトの僕も、同じ。ドラゴンは僕、僕はドラゴン…。」
そう呟きながら、集中しているとタクミの目が金色に輝きだす。
「そう、その感じです。タクミさん、周りの精霊の気配がわかりますか?変現には精霊の協力が必要ですから。ドラゴンになる時も、ヒトに戻る時も。今の自分の状態をよく覚えておいてください。ドラゴンに変現した後ヒトに戻るときに、その状態を覚えていれば、服まで再現されますから。
いい感じです。今なら、精霊の流れを感じることができると思います。」
おぉ、なかなか上手くなったのぅ。変現はコツが必要じゃからなぁ。集中で目が金色に輝くようになれば、一度エレメンテに連れていってもいい頃かのぅ。
周りの精霊が集まってきた。
と、突然、その存在が消える。
何じゃ?なにが起こった?
不思議に思っていると、月子から連絡がはいる。
「セシルちゃん。お姉ちゃんが帰ってこないの!お母さんはまだ帰ってこないし。どうしよう。私があの事、言っちゃったからだ…。」
「月子ちゃん、落ち着いて。どうしたの?あの事って?」
「公園でお父さんのこと、話してる人達がいたってお姉ちゃんに言ったの。そうしたら、出かけてくるって、怖い顔で出て行っちゃって。ちゃんとお留守番しててね、って言われたけど、心配で。
どうしよう、セシルちゃん!」
「わかった。月子ちゃんはお家でお母さんが帰るのを待ってて。管理人の田中さんに頼んで探してもらうから。月子ちゃんは子供なんだから、夜、出歩いちゃダメよ。約束して。」
「セシルちゃんだって子供だよ。」
「そうね。だから田中さんに頼むの。田中さん、いい人だし、月子ちゃんのお姉ちゃんに会ったことあるから、顔わかるでしょ?」
「…。うん、わかった。田中さんにお願いする。お姉ちゃんを探してください。」
「大丈夫!だから、ちゃんと家に居てね。」
そう月子に言いきかせて会話を終えたセシルは、内心焦っていた。
しまった!動きがあるのは、明日だと思っていたが!陽子にとって、父親のことは余程重大な事のようじゃな。
先ほど、精霊の気配が消えたが、それと関係が?
「セシルさま!何かあったのですか?まさか、陽子ちゃんと月子ちゃんに?」
タクミが真剣な表情で、聞いてくる。
考えておる場合ではないのぅ。
一刻も早く、陽子を探さないと。
そうじゃ!いまの状態なら!
「田中よ!屋上に行くぞ!お前のドラゴンの瞳なら、陽子の居場所が感じ取れるはずじゃ!」
「ドラゴンの瞳?」
タクミが怪訝そうな顔をする。
「ドラゴンの金色の瞳は、あらゆる物を見透せた、と伝えられています。僕は純血のドラゴンではありませんので、そこまで感度は良くありませんが、タクミさんの瞳ならば!」
トールが解説してくれる。
さすが、トールじゃな。理解が早い。
セシルはトールとタクミを連れて、屋上へ向かう。屋上には、すでにリオン、シオン、ノアが集まっていた。
「リオン、シオン!先程の気配は?」
「セシルさまも気付いた?何者かが精霊を一箇所に大量に召喚してる。」
「こんな現象は、僕達もはじめてだよ。」
2人が興奮気味に話し出す。
「マンション内の精霊も強制的に召喚されてる。陽子の仕業?この強引な精霊召喚のせいで、僕らじゃ、陽子とグールの正確な位置がつかめない。」
「エルは、精霊の強制召喚に対応するために、マンションの地下室に行ったよ。ここの結界を強化するつもりだと思う。」
さすが、エルじゃ。仕事が早いのぅ。
「セシルねえさま。この状況では、僕にも無理です。」
トールも変現して、気配を探ろうとしているが、難航しているようだ。
「田中よ。陽子の顔は覚えておるな?陽子の事を心で強く思うのだ!お前だけが頼りじゃ!」
「セシルさま、やってみます!」
タクミが集中し始める。目が金色に輝き、タクミの周りに精霊が集まってくる。
さすが先祖返り。純血のドラゴンのように、精霊に愛されておるのぅ。この状況でも集めることができるとは。 これならば!
「セシルさま!あちらの方から気持ち悪い気配がします!陽子ちゃんの気配も!」
さすがドラゴンの瞳!
先祖返りとはいえ、能力は本物じゃな!
「ノア!武器の使用を許可する!この気配では戦闘になる可能性が高い!」
「…了解。」
そう答えたノアの顔が一瞬、とても嬉しそうな表情になる。
それを見たタクミは、その狂気染みた笑顔に少しゾッとする。
『ノアくんのあんな顔、初めて見た。これから、何が起こるんだろう?嫌な予感がする。』
「エルを残して、全員で向かうぞ!陽子の保護が第一優先じゃが、不可能な場合は討伐を許可する!」
「まっ、待ってください!セシルさま。討伐って?」
タクミが納得できないという顔で見てくる。
「田中よ。いまここで討伐せねば、被害が広がるばかりじゃ。グールという存在はそれだけの脅威なのだ。言葉では理解できぬだろうから、その目で見て判断してほしい。」
今まで見たことないようなセシルの表情に何かを感じ取ったのか、タクミは無言で頷く。
「では、向かうぞ!皆、油断するな!良いな!」