13話 セシル、学校へ行く
「セシルちゃん、おはよう。もう病気は大丈夫?」
教室に入るとすぐに、クラスの女の子が話しかけてくる。
「うん、もう大丈夫!いつもの発作がおきちゃって。心配してくれて、ありがとう!」
ニッコリと微笑んで答えると、相手は見惚れた顔をして、お大事にね、と言い、席に戻っていった。
我の名前は、榊セシル。
小学4年生の10歳。日本人離れした顔は、自分で言うのもなんだが、美少女じゃ。
えっ?何でこんな口調なのかって?
それはのぅ。我は転生者と呼ばれる、異世界でも1人しかいない、珍しい存在だからじゃ。
この姿に転生する前は200年以上、ジジイをやっていたのでな。その口調がクセになっておる。
200年以上も生きていたのかって?
そう、我はこちらの世界の人間ではない。異世界、エレメンテの者なのじゃ。
我の生まれた世界、エレメンテには呪いと呼ばれる厄災があり、その1つであるグールを討伐するために、こちらの世界、アースに滞在している。
エレメンテは、なぜか異世界へと通じる道ができることがある。それは扉と呼ばれ、そこから様々な存在がエレメンテにやって来る。
意思の疎通ができる者の場合は、元いた世界へ帰してやれることもあるが、大抵は討伐される。悪気があろうと無かろうと、住んでる者に害を与えるならば、排除するしかないからだ。
グールも扉を通ってエレメンテにやってくる。が、その中でも特別な存在だ。グールは必ずヒトに害を為すのだ。グールは厄災そのものだ。
グールに実体は無い。見た目は、黒いモヤモヤした雲のようなものだ。グールは精神的に堕ちている者、死にたい、居なくなってしまいたい、と思っているヒトに取り憑く。そして、取り憑いた者の感情を喰い尽くすと、エレメンテへの扉を開け、怪異となって現れる。エレメンテの人々を害するために。
グールがどこで発生して、どうしてエレメンテの人々を襲うのか?どうしてなのかは、わからない。呪いだから、としか言いようがない。
はぁ、ウチに帰りたい。
こっそりため息をつく。
本来、我は怠惰だ。出来るなら、家のソファーでゴロゴロしていたい。
家のソファーを恋しく思っていると、イヤな気配が近づいてくるのを感じる。
ゴロゴロしている状況ではないのぅ。
気配の元を確かめようと教室の扉に注目していると、元気な男の子が入ってきた。
「おはよう!」
「おはよ!大輝くん!」
「大輝!新しいゲーム、発売されただろ?もう買った?」
「昨日のテレビ見た?面白かったよな。」
入ってくるなりすぐに、友達に囲まれる。
あれは確か、北条大輝。父親がこの街の大きな病院の院長で、金持ち。母親はPTAの会長じゃったな。本人も勉強や運動が得意で、クラスの人気者。
まぁ、何人かは、あの者の家のカネに群がってるだけのようじゃが。
しかし、なぜグールが纏わりついておる?あれは月子の周りのグールに似てはいるが…。違う、のか?
考えこんでいると、後ろから声をかけられた。
「セシルちゃん、おはよう。」
この小さな声は月子じゃな!パッと振り向いて、笑顔で言う。
「月子ちゃん、おはよう! 昨日はプリントありがとう!」
月子を見ると、今日もグールが纏わりついている。
「もう大丈夫?具合悪くなったら、言ってね。保健室、連れてくから。」
月子は大きな声が出せないだけで、人に対する思いやりがある優しい子じゃ。
「うん!悪くなったら、月子ちゃんに言うね!いつもありがとう!」
月子とそんなやり取りをしていると、
「おい、榊。今日は大丈夫なのか?」
大輝が近づいてきて、声をかけてくる。
「大輝くん、ありがとう。今日は調子いいの。」
「坂本と喋ってると、小声菌が感染るぞ。これ以上、病気になったら困るよなぁ。」
大輝が月子を見ながら、大きな声で言う。
「えっ、大丈夫だよ。私、月子ちゃん大好きだから。」
にっこり笑ってそう答えると、大輝はそうかよっ!と言い、離れていった。去っていく大輝の顔が少し赤い。
我の笑顔にヤラレタな!心の中で、シメシメと思う。チョロいもんじゃなぁ。小学生は。
「セシルちゃん、ありがとう。」
月子がいつもより、更に小さな声で礼を言う。
我は聞こえなかったフリをして、にっこり笑って、こう提案する。
「月子ちゃん、今日は途中まで一緒に帰ろうね。」
学校からの帰り道、昨日の公園に立ち寄った。
月子と2人で公園のベンチに並んで座る。すると月子が、お願いがあるの、と口を開く。
「セシルちゃん。わたし、昨日、セシルちゃんのマンションの管理人さんに荷物拾ってもらったのに、お礼が言えなくて。セシルちゃん前に、新しく来た管理人さんと仲が良いって言ってたから。お礼言っておいてほしいの。」
「田中さんのこと?わかった。ちゃんと伝えておくね。それより、昨日は大丈夫だった?トールから聞いたけど。
どんどんヒドくなってるよね?」
「…うん。
昨日は北条くんの様子が変で。いつもより、乱暴だったの。」
月子が泣きそうな顔で、下を向く。
「セシルちゃんはわたしに、大きな声出せって言わないのね。」
月子がポツリと言う。
「大きな声でも小さな声でも、月子ちゃんは月子ちゃんでしょ?それに…。」
月子の小声には、何か訳があるような気がするのじゃ。
皆から声を出せと強要されている時に、たまに胸の辺りをギュっと掴む仕草をする。たぶん、心因性の何かだ。
「そう!そう言えば、昨日、月子ちゃんのお姉さんに会ったってトールが言ってた!私、お姉さんいないから、羨ましいなぁ。」
話題を変えようと、月子の姉、陽子のことを口にする。
「あっ、うん。すごく優しいお姉ちゃんだよ。お母さんが忙しいから、お姉ちゃんがご飯作ってくれて、勉強も教えてくれるの!」
月子が嬉しそうに話す。
余程、陽子のことが好きなのじゃな。学校では見たこともない笑顔じゃ。
「良いお姉ちゃんなんだね。」
「うん!
ウチ、お父さんがいないから、お母さんが働いてるの。お母さん、本当のお母さんじゃないのに、わたしたちのこと、本当の子供みたいに育ててくれて。お母さんにだけは心配かけたくないから、出来ることは自分達でしようねってお姉ちゃんと約束してるの。だから、そろそろ帰ってお手伝いしなくちゃ!」
そう言って、立ちあがる月子。
「じゃあ、また明日。セシルちゃん、バイバイ。」
月子が元気そうに帰って行く。
なるほどのぅ。
月子の家庭環境は思ったより、複雑そうじゃの。陽子のグールの状態は、そこに原因がありそうじゃ。
グールが纏わり付いている月子の後ろ姿を、セシルは何ともいえない気持ちで、しばらく見ていた。
月子と一緒に帰りに公園に寄ることが日課になって、1週間くらい経った。今日もベンチに座って、たわいも無い話をしている。
月子に変化は見られないのぅ。
しかし、気になるのは北条大輝。大輝のあの状態。グールの濃度が濃い時は機嫌が悪く、暴力的だ。だが、グールが付いていない時もある。
どういうことじゃ?こんな事は初めてだな。陽子のグールも気になるが、大輝のグールも…。
「セシルちゃん?どうしたの?」
少し考え込んでいたセシルは、月子に「何でもないよ。」と答える。
「でね。セシルちゃん、お姉ちゃんがね…。」
月子が話を続けようとすると、向こうから、
「あ〜、もう、マジ坂本ウザイよね?」
という、声が聞こえた。
見ると、女子中学生4人が少し離れたベンチに座りながら、大きな声で話をしている。
「今日のさ、学校祭の出し物決めで。」
「サヤカ達がメイド喫茶やろ〜って言って。ハヤト達もいいじゃん、それって、盛り上がってたのに。」
「"飲食物を扱うものは禁止されてます。ちゃんと考えてください"だって!」
1人の女の子が口調を真似て、メガネをあげる仕草をする。
「メイド喫茶とかって、ノリじゃん!盛り上がってたのに〜。」
「もう、本当アイツ、空気読めないよね。」
坂本という女の子の事を話しているようだ。まさか、陽子のことか?
「そうそう。知ってた?アイツの父親、殺されたんだって。坂本って父親が死ぬとこ見てたらしいよ。」
「えっ?何それ?」
「昨日さ。ウチの病院に警察が来て、手配書っていうの、置いてったんだよね。」
そのグループの中でも、一際、クラスで目立ちそうな子が話し出す。
「2、3日前に、そこで交通事故あったの知ってる?その時逃げた男が殺人犯に似てるって話になって、ケガしてるから、この辺の病院に来るかもしれないって言ってさ。ウチにも来たの。」
「サヤカん家、この辺で一番大きい病院だもんね。」
この辺で一番大きい病院?もしかして、北条大輝の姉か?そう言えば、姉がいるって言ってたのぅ。
「でさ。手配書なんて見たの初めてだったから、どんな事件なのかなってネットで調べたの。そしたらさ。被害者の名前が坂本って出てきて、殺人現場には娘2人がいたって書いてあったの。娘の名前はわからなかったんだけど。
その事件が起きたのが5年前。その時の子供2人は当時、9歳と5歳。事件が起きたのは、◯◯県。
坂本って、前は◯◯県にいたって言ってたよね?」
「やっ、でも、たまたま苗字と年が一緒だっただけでしょ?そんな身近にいる訳ないって〜。」
「私もさ。まさかと思ったんだけど。ネットにさ。その事件を目撃したっていう、近所の大学生のブログがあってさ。
『姉の方は太陽みたいに明るい子で、妹の方は満月みたいなクリクリの目をした可愛い子だ。そんな子達を残して亡くなるのは、可哀想だ』って。」
周りの女の子達が、まさかっていう顔をする。
「坂本の下の名前って"陽子"だよね?」
「坂本の妹が、ウチの大輝と同じクラスでさ。妹の名前、"月子"って言ってた。」
「それって、まさか?」
「この大学生も性格悪いよね〜。これ、わかる人が見たら、誰のことか、絶対わかるよね?」
「えっ、じゃあ。坂本って、本当に父親が殺されるとこ、見たの?」
「父親と娘2人で買い物に行く途中に、前から来た全然知らない男に刺されたって書いてあった。で、その犯人、まだ捕まってないんだって!」
「通り魔ってこと?」
「えー、じゃあ、その犯人がこの近くにいるかもしれないの?怖いじゃん!」
「ってかさ。坂本が転校してきてから、変なことばかり起こってない?」
「こないだも、急に体育館の窓ガラス割れたよね。」
「あー、知ってる。先輩ケガしたって言ってた。」
「その先輩って、あんたが憧れてるバスケ部の先輩のこと?」
「坂本、そこにいたらしいよ。周りのみんなケガしてるのに、坂本だけ、全然ケガしてなかったんだって。」
「マジ坂本って、ヤバくない?」
「アイツ、ヤバイよね?疫病神じゃね?」
「疫病神が一緒にいたら、こっちがヤバイじゃん!」
「父親が死ぬところ見てるのに、坂本って普通に笑ったりしてるよね。私だったら、もう一生笑えないよ。やっぱり、アイツってどこかおかしいんじゃ?」
「そりゃ、疫病神だからでしょ?」
「そっかぁ。人間じゃないからね〜。」
「疫病神は、どっか行ってくれないかな〜。」
「ウチらで追い出しちゃう?あーでも、疫病神ならこの世から居なくなった方がよくない?」
「じゃあさ。疫病神が転校するとか、居なくなるまで頑張っちゃう?」
「確かに!ここから居なくなったら、平和になるじゃん!」
「ウチらっていい人?みんなの平和のタメだよね〜。」
「そうそう。いい事してるよね〜。」
「なにそれ〜。」
笑い声を残して、4人は公園を出て行った。