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12話 主人公、イジメについて考える

 


 僕が余程、変な顔をしていたからだろうか。長くなるがのぅ、と言いながら、セシルは月子について語り出す。


「月子は一年くらい前、三年生の時に転校してきてのぅ。おとなしく、小声話す姿は、まるで、怯えた子リスのようじゃった。転校ということで、まだ慣れていないからだと周囲も思っていたが、いつまで経っても小声なのじゃよ。

 四年生になって、担任になったのは大学を卒業したばかりの、熱意ある青年でな。クラス目標なるものを、"元気良く挨拶しよう"に決めた。真面目なだけでは無く、面白いところもあるからのぅ。あっという間に、子供たちの心を掴んだのじゃ。クラスのほとんどは、担任の思う通り、元気に挨拶し、ハキハキとするようになり、生徒だけでなく、保護者の評判も良い。

 しかし、クラスの中で、月子だけが、いつまでも大きな声が出せないし、オドオドした態度でな。心配した担任が、クラスの皆に言ったのじゃ。月子が大きな声が出せるようにみんなで頑張ろう、とな。」


「頑張るって、どういう意味です?」


「そう、そこじゃ。"頑張る"の意味が、子供たちには、わからなかったのじゃ。我にもわからぬ、がのぅ。担任は何気なく言ったのじゃろうよ。

 それを聞いた子らがな。特に、クラスの中でも、発言力の強い子がおるじゃろう?」


「あぁ、運動とか勉強が出来る、クラスの中心にいるような子ですか?」


「そうじゃ。そ奴らがな。ビックリさせれば、大きな声が出るんじゃないか?と言い出してのぅ。そこから、月子への行為が始まったのじゃ。後ろからワッと驚かす、おもちゃのゴキブリを投げる、とかな。最初はそんな可愛いものだったがのぅ。月子はそれでも大きな声を出すことはなかった。終いには誰が月子に大きな声を出させることが出来るか、競争のようになってな。

 それで、行為が度を越すようになっていったのじゃ。月子も泣くわけでもないからのぅ。誰もヤメようと、言わないのじゃよ。」


 そんな理由があったなんて…。


「ノア、イジメの定義はわかるかの?」

 不意にセシルが、ノアに声をかける。ノアは声を出さずに、パソコンを操作し、画面を見せてくる。


 文部科学省、いじめの定義?


 "本調査において個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。"


 "「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。

 なお、起こった場所は学校の内外を問わない。"


 何だコレ?


 "精神的な苦痛を感じているもの"って誰が判断するの?同じ事されても、平気な子もいるし、イヤだと思う子もいると思うんだけど。


 月子は泣いていなかった。それは、周りから見たら、ただの遊びの一環、からかいの範囲で、イジメとは思われないってこと?


「この定義に合わせると、月子がされておる行為はイジメかどうか微妙じゃな。月子本人が許容している部分もあるからのぅ。」


 でも、自分の気持ちを上手く表現できない子もいるんじゃないかな?


 そんな僕達の会話を聞いていたトールが、

「"いじめの定義"ですか?日本の役人はくだらないですね。」

 と、興味なさそうに言う。


「そんなの、学校に限らず、どこでも起こるものでしょう?タクミさんが、辞めた会社で受けた恫喝はイジメではないのですか?」


 まぁ、僕は大人だからね。ミスしたから、怒鳴られたのだし。でも執拗な恫喝によって、正常な判断が出来ないくらいになっていたのは、確かだ。


「あれは、パワハラってやつかな。」

 僕がポツリと言うと、

「では、パワハラとイジメの違いは何ですか?」

 と、聞いてくる。


 改めて聞かれると、答えられない。


「イジメとか、パワハラとかをやめましょうっていうのは、建前なんですよ。成熟した人間社会として、やってはいけないですよね、と言いながら、本音は、そんなこと良くあることだよね、って思っていますよ。この国の"賢い"と言われる大人達は。」


 トールくん、厳しいなぁ。でも、それが事実なのかも。


「そうだね。まぁ、本当にイヤなら転校するなり、環境を変えればいいんじゃないかな?次のところでは上手くいくかも。僕が会社を辞めたように。」


 僕が明るく言うと、セシルから溜息が聞こえた。


「月子は転校してきて、まだ、一年じゃぞ。それなのに、もう転校したいと言うのか?それに、月子のところは父親がいないのじゃ。母親にやっといい仕事が見つかって、こっちへ引っ越してきたと言っておったぞ。」


 トールも厳しい顔で言う。


「学校でのイジメが怖いのは、そこですね。逃げ場がない。学校に行かないということは、何も学べない。高校、大学に行くことが困難になるということです。いまの日本では、学歴のない人が良い仕事に就くことは稀ですからね。中卒で経済的に成功しているのは、ほんの一握りの人間です。負のスパイラルの始まりですよ。」


 もう、トールくんって本当に8歳なの?的確過ぎて、怖いよ…。


「会社を辞めるという選択も、現実には、かなり厳しいものじゃ。田中は、たまたま次の仕事、このマンションの管理人が決まっていたから、何とかなったがのぅ。普通は、"給料=カネ"を質に取られているから、そう簡単には辞められないのが、現実じゃろう。」


「やっぱり、おカネのある世界って生きづらいですね。僕はアース、特に日本の文化や風習が大好きですが、このおカネに関しては好きになれません。貧富の差が大きいですから。」


 お金と言えば。

 僕がこのマンションに入った日に、幾らかのお金を受け取った。何か必要なものがあったら、買うようにと。


「あの、そう言えば。ここでの生活費はどうしてるのですか?」


 そうだよ。このマンションの中で、紋章から物を出しているのを見たことがない。エレメンテで採れる鉱物、金とか金剛石があるって言ってたけど。


「なんじゃ、今頃。いまは、生活費はノアが全て稼いでおる。株とか、FXとかでな。中々、才能があるようじゃぞ。まぁ、その他にもいくつか会社を持っておるしな。」

 セシルがノアを見ながら、自慢気に言う。


「…、セシル様、上手…。」

 ノアがボソッと言う。


 どういうこと?


 ノアくんは、非常に言葉が短いので、意味がわからないことも多い。


「マスターの教えが上手だったので、儲けることができている、と言っています。」

 エルが解説してくれる。


「セシルさまが教えた?」


「そうですよ。マスターは紋章システムを開発する前は、エレメンテで一、二を争う商人でしたから。お金の稼ぎ方を良くご存じなのです。」


「えっ?セシルさまってお金の仕組みを失くした人なんだよね?一、二を争う商人ってことは、かなりの大金持ちだよね。なのに、お金の価値がなくなるシステムを開発するなんて!」


「大金持ちだったから、じゃよ。カネで身を滅ぼす者たちを大勢見た。あんな醜いものは、もう二度と見たくないのぅ。」


 そう語るセシルの表情は10歳の女の子に見えない。多くのことを経験し、耐えてきた重厚感を感じる。


 その顔を見て、セシルが経験してきたことを教えて欲しいと強く思った。何度も転生していると言っていた。色々なことを経験しているんだろうな。殺されたこともあったと。

 それでも、紋章システムを開発して、皆が飢えることのない世界を作ったんだ。


 僕はセシルをジッと見る。


 セシルはそんな僕の視線には気付かず、『明日、行きたくないのぅ』とトールにワガママを言っている。


 いつか、セシルさまのことを教えてくださいね。僕は心の中でお願いしたのだった。





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