10話 主人公、グールと遭遇する
グールを見た僕は、思わず、その女の子のところに駆け寄ろうとした。が、少し離れたところで隠れて見ていたトールに止められる。
「トールくん、離して!早く助けてあげなくちゃ!なんで黙って見てるんだよ!」
「タクミさん、待ってください。あのグールは本体ではありません。本体から流れ出る力の一部です。ですが、あんなにハッキリとしたものは見たことがありません。正体を見極めるために観察しているのです。」
「観察って…。中の物が出ているのは、あの子のランドセルだろ?イジメじゃないのか?黙って見てるなんて、できないよ!」
と、そこへ、中学の制服を着た女の子が現れる。
「私の妹のランドセルに何してるの!」
すると、女の子を囲んでいた子達がこう答える。
「いつものように、ふざけていただけだよ。この子も嫌がってないでしょ。」
「嫌じゃないよなぁ?」
意味有りげな視線を月子に送る。
答えない月子を見ていたその中の一人が、「みんな、もう帰ろう。」と言う。すると、次々に「じゃあ、また明日ね。」と言いながら、月子を残し、全員帰っていく。
悪びれた様子もなく、去っていく子供達。
なんなんだ、あの子達は!
僕は駆け寄って、散乱している教科書やノートを拾い上げる。
「大丈夫だった?ごめんね。もう少し早く気付いてたら…。」
「すみません。手伝ってもらって。」
囲まれていた女の子の姉らしい子が、その子を抱きしめながら、僕に謝ってくる。
「坂本月子さん、ですよね。」
姉に抱きしめられている子に向かって、トールが話しかける。
「僕の姉がお世話になっています。榊セシルの弟のトールです。」
「セシルちゃんの弟?トールくん?」
月子がか細い声で聞く。
「はい、そうです。月子さん、はじめまして。月子さんのお姉さんですか?お姉さんもはじめまして。」
「トールくん、知ってる子なの?」
急に出てきて、挨拶をはじめるトールに、僕は疑問を投げかける。
「はい、セシルお姉ちゃんと同じクラスの坂本月子さんです。」
トールがにっこり笑う。
かっ可愛い!
いや、騙されないぞ!さっきは黙って見ているだけなんて、トールくんは結構冷たい子なんだ。
「はじめまして、トールくん。私は坂本陽子。月子の姉です。」
陽子もトールの笑顔に、見入っている。警戒心は全くないようだ。
顔が可愛い子って、ズルイな。
「月子さんのお家はこの辺りではないですよね?どうして、ここに?」
「わたし、セシルちゃんにプリントを届けに来たの。セシルちゃん、今日、お休みだったから…。」
月子は小さな声で話す。
「そうですか。それはありがとうございます。では、僕が持って帰ります。セシルお姉ちゃんはまだ寝込んでいますから。」
「セシルちゃん、大丈夫?」
「はい、いつものことなので、大丈夫です。明日は学校に行けると思いますよ。」
「トールくんは、礼儀正しいのね。2年生とは思えない。」
陽子が感心したように言う。
「あっ、プリントってこれかな?」
僕は拾い集めたものを月子に渡そうと近寄ると、月子が不安そうな顔をする。
「僕の住んでるマンションの管理人さんの田中さんです。」
トールが僕を月子と陽子に紹介してくれる。
「ありがとうございます。田中さん。」
月子に代わって、陽子がお礼を言って、受け取る。
「ごめんなさい。この子、大人の男の人が苦手で。」
月子を見ると、さっきまで纏わり付いていたグールの気配が無くなっている。
あれっ?いなくなってる?
どうなってるんだ?
そうだ、それより。
「月子ちゃん、いつもあんな事されているの?先生に言った方がいいんじゃないかな?」
「……。」
月子は俯いたままだ。
「田中さん、月子さんの担任は男の先生なのです。話すのが怖いのですよね?」
トールが月子に話しかける。
「じゃあ、お父さんやお母さんから先生に言ってもらったら?」
「うち、お父さん、いないんです。お母さんも仕事が忙しいから、私が母親代わりで。」
陽子が申し訳なさそうに言う。
「陽子ちゃんはいくつなの?」
「14歳です。中学2年生。」
「私の声が小さいからなの。私が悪いの。大きな声で話せないから。」
月子が泣きそうな顔をしている。
それを見ている陽子の表情が、一瞬、暗く沈み、背後の影が大きくなる。
まるで、僕がいじめているようだ。
「ごめん。よく事情もわからないのに、無責任なこと言って。」
月子に謝る。
「ううん、私が悪いの。」
もう一度そう言って、陽子の後ろに隠れてしまう。
「田中さん、トールくん。ありがとうございました。私が月子に付いてますから、大丈夫です。」
陽子が無理に明るく振る舞う。
「トールくん、セシルちゃんにお大事にって伝えて。月子はいつもセシルちゃんの話をしてるのよ。とっても可愛い子だって。」
「はい、セシルお姉ちゃんに伝えておきます。では、月子さん、また学校で。」
そう言って、2人と別れた。
2人を見送る僕はトールに話しかける。
「トールくん、もしかして、グールの本体って…。」
「タクミさんも気づきましたか?」
トールの目が金色に輝く。
「どうやらグールの本体は、陽子さんに憑いているようです。 」