笑顔
俺は、喧騒な街中を走っていた。
人混みの中を裂いているというのに、我がままに走り抜けた。
皆、俺が悪いと口にするだろう。
当たり前だ。俺が始めに相手に対して、いちゃもん付けたのだから。
それに相手は何も悪くない。俺は、俺自身をなぐさめるためだけに強気になっただけ。本当に辛いのは相手だと言うことだと承知のうちで、ぶちまけてきた。口に運びかけたビールを相手にぶっかけて、用意してくれたご馳走の卓上机をひっくり返し飛び出してきた。相手が作ってくれた得意料理の、俺の大好物のオムライスのケチャップが、皮肉にも、おめかしした白いワイシャツに付いてしまった。
あぁ、めんどくさい。
相手呼ばわりなんて、なんて理不尽な。
俺はただ、俺はただ、アイツの声を聴いて、普通のご飯が喰いたかった。なのに、アイツは『就職祝いだから』って、ありもしないお金をはたいて、俺の為だけにご馳走を作りながら、鼻歌を歌っていやがった。
俺が帰ってきてたことに気が付くと、何も我慢していないかのように、笑顔で『おかえり』と呟いて、上着を受け取って、ハンガーに掛けた。それだけでムシャクシャする俺なのに、今度は自分のことのようにくしゃくしゃに笑いながら冷蔵庫からビールを出して注いでくれた。
俺は、生きてきた。
俺は、この数十年間生きてきた。色んな想いをしながら、就労支援を受けてようやく就職に足がついた。
アイツは後輩ながらに独りで抱え込み、悩み、発言し、皆から頼りにされ、もがきながら誰かの為に生きてきた。アイツは常に自分の発言をしながらでも、結局はみんなの為と動き、今を生きている。そんなアイツと同棲するまでに至っても、俺が甘えるだけで、アイツは…………
俺は、生きているんだ。
俺は、アイツがいるから生きていられる。
でも、アイツは笑えてない。自分のために笑えてない。誰かアイツを救ってくれ。誰かアイツを、守ってくれ。俺から切り離してくれ、俺を苔にしてくれ!
俺は街中を走っている。
アイツの祝いの言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
俺は走っている。こんなきらびやかな街中なんて、もう要らない。
アイツが生きた、あの山ん中へ移り住みたい。
アイツの生き方を、俺にも味わせてくれ。
俺に、その繋ぎ手を見せないでくれ。
俺に、ぶつからないでくれ。
街よ、俺の瞳に焼き付けないでくれ。
俺は、アイツが云う夜空を知りたい。
夜空の星の尊さを教えてくれ……。
流れた泪は収まらない、だけど走っているふりして立ち止まっている俺を見ないでくれ。
そんなアイツの優しさがどこの誰よりも、俺は……好きなんだ…。
『………帰ろう。まだ、オムライスの具…たくさんあるからさ。』
そう言った人影は、そっと動かぬ俺の身体と腕を引いて歩きだした。
俺が好きなのは、自分のことで笑えている姿なんだ……
『…俺を好きでいてくれて、ありがとな。』