大晦日の夜に…②
「どうか、もうしませんのでうちを見放さないでください!」
目の前の井上さんは地に頭をこする。
先程、赤ちゃんが生まれそうだとの連絡が入り、こちらは不正を行った井上さんの嘆願が来ていた。
不正というのは財務諸表偽造、生産地偽造など様々なことをやって、支援を断ち切り子会社としても縁を切ったはずの井上食品株式会社の社長だ。
不正を行われて、こっちは数件商談を断られたというのに……。都合が良すぎるぞ。
「あのですね。貴方の会社を支援していることにメリットなんてありません。聞くところによると貴方は着服していたそうじゃないですか。それが信用できますか?」
「あ、あれは……あれは、私たちの会社で出た利益を少しもらっていただけで」
「それでも話は変わらないですよ?」
どちらにせよ、着服していたことには変わらないのだ。事実は事実。それを認めて欲しい。
早く終わらせて、空の元に行きたいのに……。
「頼みます!どうか、どうか!うちには社員がいるんです!」
「あのですね…。社員さんを困らせるようなことをしたのは貴方でしょう?」
「頼みます!」
頼みますじゃないんだよなあ……。
「では、もう一度お聞きします。なんで不正を行ったんですか?」
「……それはうちの社員が」
「社員がいるっていって社員のせい、か……。やっぱダメです。この話はもうおしまいということで」
素直に自分の非を認めていたら、許していたんだけどなあ……。
「そんな……」
「悲観するくらいなら自分の非を素直に認めてください。では、私は帰るので」
「ぐっ……若輩者が調子に乗りやがって……。一発かましたるああああ!」
と、殴りかかってきた。
こいつ……開き直りやがった。もう、社員がどうのこうのは言えなくなった。自ら退路を遮断するとはバカだ……。
「はあー……」
「俺の未来は滅茶苦茶だよ!あんたが支援してくれねえからだ!」
「逆恨みにも程がある。自業自得って言葉を知らないのか……」
こいつの頭には自分のせいだということはないらしい。
久しく見たクズ。俺ってたまにこういうのに会うよな……。
「おらっ!」
井上さんの腹に一発決めた。
お腹を抑えてうずくまる彼。俺は秘書に警察に通報しておいてくれと頼んだあと、タクシーで急いで家にまで戻った。
「ああああああ!」
ママの叫びがこだまする。
私は、部屋の外でパパの帰りを待っていた。なんか、辛そうなママの顔を見たくなくて。
私も将来体験するのかなあ。
なんて、能天気なことを考えつつずっと、待っていた。
ストーブがない廊下は冬だからかとても寒い。
フローリングが冷たくて私の足の熱を奪っていく。足の指が冷たくなっていた。
「……ママ、頑張れ」
私は、ずっと玄関の方を見つめている。
パパが、早くパパが帰ってきて欲しいと。そう願って。
私が出来るのはそれくらいで……。何もできない。
出産って痛いんだろうな。生理だって痛いんだから……。ママは私を産むときもこんな辛さを味わってきたんだと思うと…。
……よし。
今は11時50分。もうそろそろ年明けだ。
私は自分の部屋に行き、上着を羽織って耳当てとマフラーを巻いて財布をポケットに入れる。
そして、愛用しているブーツを履いて、冬の夜に走った。
道路にも雪が積もっており除雪車が走っている。
近くの神社は人がたくさんいた。新年だからな。初詣に来てる人もそらいるだろうに。
この大雪の中、ご苦労様。
なんて心で笑いながら私は並んだ。
あと、五分で新年だ。新年が明けたら、この列は無くなっていく。それまで、ここで待つというのが辛いのだが……。
少し吹雪いて来てる。寒い。
けど、パパは仕事して、ママは出産で頑張ってるのに私だけ何もしないのは嫌だ。
我慢だ……。パパ譲りの忍耐力で耐えるんだ。
下も履いてくればよかった。パジャマだと流石に寒い。
「うー、さびー」
「あれ?いおりん。ここでなにしてんのー」
「お、おおう。ゆかりんか。いや、初詣に」
「おお、下パジャマできたんだ」
「急遽行こうって決めたからね…。さぶさぶ」
手袋を忘れるという凡ミス。
「って、奇遇だな。お前らも初詣来たのか」
「紫吹くんも来たんだ。以外」
「意外って何だよ」
「紫吹くんって家でずっと鍛錬してそうだからさ。その、筋肉を」
「……そうしたかったが、今年妹が受験だからな。その為だ」
するんだ……。妹が受験じゃなかったらするんだね。
「俺の方こそ西園寺が来てるのは意外だな。お前なら神頼みしなくても十分なほど裕福だろ」
「まあ、ね。でも今は神頼みしたいんだ」
「何かあったのか?」
「今家でママが出産してる」
「なっ……!」
「本当に!?」
本当なんです。
「大雪で救急車が来れなくなったから今叔母さんが立ち会ってる。私は心配だから神頼みしてようかなって。なにもしないよりは遥かにマシだし」
「そうだな……。俺は男だから生理とか出産の痛みはわからないけど大変だってことがわかる」
「今からでも神頼みしておきなよ!フライングでも神様は許してくれるって!」
してるよ。さっきから。
神様にはたくさんお願いしてる。
「俺がお守り買って来てやるから、お前は早く行けよ。あと1分だからな」
「う、うん」
こうしてるうちに、そろそろ新年の幕開けになりそうだ。
今年も、あと1分。
まだママは戦ってるのだろう。私も、戦う。
「さん」
紫吹くんの声が響く。
「にぃ」
ゆかりんも、心配そうにこちらを見ていた。
「いち」
あと、1秒。
「「あけまして、おめでとう」」
そして、新年になった。




