マイナスの人間②
ドムドムとボールが弾む音が響いている。
誰もいない夜空の下、空は庭でバスケのボールをドリブルしていた。
無我夢中にゴールにボールを投げる。空高く上がったボールはゴールに入ることはなかった。手元が狂ったのだ。
「空」
「……ちょうどいいところにきた。久太くん。相手してよ」
と、俺に向かってボールを投げてくる。
空は構えた。俺とワンオンワンやろうってことか。
俺は、ボールをつく。そして、空を抜いた。空は手を伸ばして俺のボールを取る。取られたボールをドリブルしてゴールに向かって打った。だけれど、入らない。
「さっきから全然入らないなあ」
空がそうこぼした。
「あの時はごめんね。私、なんか怒っちゃった。久太くんは何も悪くないのにね……。久太くんは優しいってことはわかってたんだけど……。嫉妬しちゃった……みたいな」
空は苦笑いを浮かべてそういった。
違う。空は悪くない。俺が悪いんだ。空を優先するべきだったのに。空は楽しみにしてくれた。俺も楽しみだった。けれど、空ではなく那智ちゃんを優先してしまった。
やっぱり空は自分が悪いと認めてしまう。マイナスの人間。その意味を、痛感できたような気がした。
「空は悪くない。俺がもっと空を想うべきだったんだ」
「久太君は本当に優しいね……。私のわがままもフォローしてくれるし、ほんとよくできた彼氏だよ。うん」
取り繕ったような笑顔。嘘の笑顔はスケスケだった。
俺は拳を握り締める。
ああ、空も、俺も、優しすぎる。
優しいというのは時に残酷で、こういうことになるんだ。俺の優しさが仇となった。今、俺は俺を嫌いになりそうだ。誰にでも優しくできそうな気がしている俺に嫌気が挿す。
空にも苛立ちを覚え始めてきた。なんで自分が悪いなんて言うんだ。悪くないのに悪いっていうな。
「俺は、ダメな彼氏だ」
「そんなことないよ。私にとっては理想だよ」
「理想…か」
理想というのは手が届かない。俺は空にとって手が届かない存在なのか? 違うだろ。
「俺は空の理想じゃない。手が届く範囲にいるからな」
「……そう、だね。手が届く理想だよ」
「手が届くなら理想じゃない」
理想に手が届いてしまったら、神に等しい。
理想に近づけはしても、絶対に手が届かない存在になる。
「……空。悪かった。俺は空を想うべきだった」
「ううん。久太くんは悪くないよ。だって、みんなに優しいんだもんね」
空は、そうやって笑顔をまた向けた。
その笑顔が、今は辛い。
だんだんイライラしてきた。俺と空の距離のもどかしさに。
「空。俺が悪いんだ。空は悪くないって。わかるだろ」
「わからないよ。だって私は……」
「だってじゃない!!」
俺は大きな声を張り上げた。
「だってとかなんとかいって自分を悪くするな! なんでもかんでも自分は悪いって思うな! 空が悪くない時だってあるのに、自分が悪いって認めるな! 自分から負けを認めるな!」
「きゅ、久太くん?」
「たしかに空だって間違いを犯すときもある。けど、今は違うだろ! 俺が悪いのに自分が悪いっていって自分を犠牲にしてまで俺を持ち上げるな! 俺だってプレッシャーを感じるんだ持ち上げられすぎると。空は完璧だから、俺もそれに見合うようにしなきゃって思うんだよ!」
成績優秀、運動神経抜群、品行方正。完璧な彼女に対し、成績も平凡、運動神経普通、いいこともしていなければ悪いこともしていない。見た目だけが取り柄の俺だ。 コンプレックスを感じてくるときもある。
「だから自分を下げて俺にプレッシャーを与えるな! 自信をもって誇ればいいじゃんか! そんぐらいは空も直してくれ。俺も、空が嫌だと思ってることは直す!」
大声で言い切った。息切れを起こし、少し過呼吸気味になる。
「……久太、くん」
「な、なに……」
「……うん。ごめん。私、ちょっとプレッシャー与えすぎてたね」
「……」
空は何か安心したように俺を見据えていった。
「なんか、久太くんさらにかっこよくなったね」
「そ、そうか?」
「うん。そうだったね。私、ちょっと自分を卑下しすぎてたかな」
空は俺の隣に立つ。
「久太くん。お願いがあるの」
「お、お願い? 直してほしいところか?」
「いや、そうじゃなくてね。私の背中、思いっきり叩いて。喝を入れてほしい」
「……叩くのか?」
「うん。容赦なくお願い。力強くやんなかったら別れよっか」
……力強くやるしかないか。
俺は、右腕を振り上げた。
「覚悟はいい?」
「できてる」
「じゃあ……」
俺は勢いよく振り下ろした。
容赦なく俺は振りおろす。
「いっ……!」
そうこぼした空は涙目だった。だけれど、笑っていた。
……手が、痛い。
ああ、よくあるような青春だなあ。作者もこういう青春を送りたい……。




