必要ない理由づけ
何とも言えぬ苛立ち。
三橋の顔を見たら殴ってしまいそうな。そういう感覚である。ここまでイラついたのは本宮以来だろう。いや、それ以上かもしれない。本宮は、俺を敵視していたが、空は大切に扱っていたのだ。それだけは、褒められる。だけれど、三橋は俺の大事なもんを……侮辱している。
好きな人が、侮辱されているのに耐えられない。
その苛立ちが、隆たちにも伝わっているのだろうか、妙にゲーセンに行こうだの誘ってくる。
隆には感謝してもしきれない。あの時に、きちんと警告してくれたのだから。俺の友達は、みんな人がいい。
だけど、その友達も、侮辱しているのだ。許せるはずもない。
「あっ、小鳥遊くん! やっほー!」
と、笑顔で手を振ってくる三橋。
本当、嫌になる。目の前の少女が、空を貶めようとするなんて。断罪したい。けれど、空には止められている。
三橋が空の悪評を流していると空にいっても苦笑いを浮かべるだけだった。
俺は断罪しようかというと、空は止める。なんと「その三橋さんの好きにさせておこうよ。私は久太くんが信じてくれていればそれでいいから」と、あいつを擁護していた。
だから、今、断罪すると空の優しさを踏みにじる行為になってしまう。それも嫌だ。
俺としては辛いことはさせたくない。
「お、おう」
上手く手を振ることができたのかも曖昧で、近づいてくる美少女も、可愛いとは感じられない。以前とは真逆の印象しか思いつかない。
見た目が可愛くても性格はブス。よくわかるやつだ。
「次体育なの?」
「そ、そうだ。次体育でな。ちょっと急いでるんだ。じゃあな」
「うん。じゃあね!」
俺は急いでその場を離れる。ずっと話していると、俺の苛立ちが溜まっていくばかりだから。
体育館に向けて走っていると、誰かに首根っこ掴まれた。
「よう! きゅーた!」
「り、立花か。どうした?」
「きゅーたの姿みたから声かけただけだ!」
いや、声かけるじゃないよこれ。捕らえるのほうだよ?
「それで、何急いでんだよ。次の授業までは時間あるだろ?」
「……そうなんだけど」
「なにかから逃げてきたのか? 怖いのなら俺が受け止めてやるぜ?」
と、受け入れてくれるように腕を広げている。抱きつくわけないだろうが!
というか、彼女持ちにそんなことすんなよ!
「それか、そいつをぶっ飛ばすか?」
――立花にぶっ飛ばしてもらえばいいんじゃね?
そういう考えが浮かんだが、それでは立花に罪を擦り付けることになりそうだから嫌だ。
「いや、いい」
「ふうん。そうか。で、そういや西園寺っつったっけ? あいつ、大丈夫なのかよ」
「ん? 心配してんのか?」
「そりゃな。いくら恋敵とはいえあんな風に言われていたら心配するだろ」
そうだ。立花は昔からまっすぐなやつだ。
それが立花のいいところでもあるんだよな。
「それに、ああいう小賢しいことするやつ、俺大嫌いだから犯人見つけ次第ぶっ飛ばす!」
「……」
今、本当にぶっ飛ばしてきてもらいたいんだけどな。
「まあ、何か情報掴んだら教えてくれな」
「お、おう」
「じゃあきゅーたまたな! 俺は俺なりに犯人突き止めてぶん殴るからお前も頑張れ! 決して恐れるなよ!」
と、彼女は言い残していった。
恐れるな。その言葉が、妙にかっこよく感じる。
そうだ。俺は昔から立花に憧れていたんだ。
自分に恥じないように生きているあいつ。女だからって舐められないように努力していたあいつ。俺はあいつの努力を知っている。だからこそ、いつの間にか憧れていた。
それは昔の話だ。そう思っていたが、それは違う。今も憧れている。
だからこそ、「恐れるな」この一言だけで勇気づけられるのだろう。
そうだ。恐れる必要はない。
自分に恥じないように生きるには、俺がするべきことはするべきだ。たとえそれが空は望んでいなくとも。俺の自己満足のために動く。そういうことがあってもいいはずだ。
……いや、理由づける必要もないか。俺はいつだって自己満足のために動いているようなものだしな。今更動く理由を見つけても意味はないだろう。
すまないね、空。俺は、君が望まないことを今からさせてもらうよ。




