狂気を体現した男
俺はナイフを手にする。本宮は俺に殺せと命令してきたのだった。
だが、俺はもちろん殺す気はない。殺人を犯してまで憎いとは思う。だけれど、罪は、犯したくない。それが、俺をせき止めていた。
だが、本宮はそれを想定済みだと思う。きっと、殺さなきゃいけない理由を作ってくるはずだ。
「多分、僕を殺さないと、この病院内にいる人たち、死ぬよ?」
「な、なにを、言ってるの?」
「うーん。かしこい空たんは気づくと思ったのになあ。まあ、いっか。ネタ晴らししてあげる」
と、本宮は、ポケットから何かを取り出した。
小さいスイッチみたいなもの。それが何のスイッチかはわからない。
「僕は、この病院に爆弾を仕掛けたんだ」
といった。
「ば、爆弾!?」
「そう。コンセントから電力をもらって時間が来たら爆発する爆弾を各階二個ずつ仕掛けてきたよ。もちろん、そのコンセントから抜いたらその時点で爆発する最新型のね」
といった。
もし、これが本当なら……。俺らは早く逃げないといけないのだ。だけれど、そうはさせる気はない。わざわざこの時を狙ったのはおそらく離れられないということから。
止める方法は……あのスイッチか。
「お前が持ってるスイッチを強奪すれば爆弾は止まるのか?」
「ご名答。だけれど、奪わせる気はないよ」
といって、小さいスイッチを……本宮は、飲み込んだ。
なるほど。そう来たか。爆弾を止めるには、本宮を殺して、腹の中を掻っ捌いて、スイッチを押せ、そういうことだ。
殺したら被害はない。殺さなければこの病院の人は……死ぬ。
命運が、俺らにかかっている。
「ほら、殺しなよ。小鳥遊」
そういって、笑った。
殺したくない。だけれど、殺さざるを得ない。俺が悩んでいると、俺の手に持っていたナイフを強奪された。空が、ナイフを手にしたのだった。
「我慢の限界だよ祥太郎。私が殺す。じっとしてて」
「うーん。空たんに殺されるのも、悪くないかな」
笑顔を崩さない本宮。その本宮の執念を改めて知れた気がする。
っと、そんなこと考えてる場合じゃない!! 空を止めないと!!
「空! やめろ!」
「止めないで。もう頭きた。祥太郎が自殺しようが構わないけど、私たちに迷惑をかけないで!!」
といって、空はナイフを振りかぶる。
だが、あと少しのところで会長に止められた。会長は、空と目が合うと首を横に振る。
「だめだ。罪を犯すな。君は、自分の家を貶めたいのか」
「で、でも……」
「こうなったら仕方ない。まずは避難させるんだ」
会長が、一番怒っているはずなのに……。会長が一番冷静とは。
そう、だよ。空は家がある。空は日本の経済界にはいなくてはならない家の娘だ。その娘が、殺人を犯したら、西園寺家はどうなる?
そう考えると、空には殺人を犯させてはならない。だからこそ、犠牲になっていい人がいる。
「俺が殺す」
俺は、車いすを動かして、空からナイフを奪う。
犠牲になっていいひとは、俺のことだ。会長も、四之宮家という名家。でも俺は、空とは従兄妹関係とはいえ、庶民なのだ。俺一人、いなくても、影響はあまりない。
だからこそ、この罪科は俺が背負うべきなのだ。ただ、空との結婚は……。ダメになるが。
「……! 久太くん!」
「空は家がある。俺は庶民だから罪くらいは背負えるよ。あと、会長。空が俺との関係を断ち切れば、空には被害が及ばなくなる……よな」
「ああ。だが……」
「おっけー。じゃあ、空。別れよう」
俺は、別れの言葉を切り出した。




