本宮の悪行
かくて、シェイクスピアは次のように記した。
『生か、死か。それが問題だ』と。
これはハムレットという戯曲の一部の和訳である。たしか、裏切られて、死ぬべきか生きるべきか悩んでいるところだったはず。
裏切られているわけではないけれど、今は本当にそれが問題だった。
手術が始まって、何時間経ったのかはわからない。俺は、朝ごはんを昼ごはんを会長に持って来たが、あまり口にはしなかった。
「……誰がこんなことをした…。許さん……!どこの誰だかを徹底的に調べて叩き潰してやる……!」
会長の貧乏ゆすりが激しくなった。
「くそ……。那智を傷つける輩は許さん。小鳥遊。お前は誰だか知らないか」
「心当たりはあるんですけど……」
「どこのどいつだ!?」
「こういうことするのって本宮以外いないと思うんです。会長に恨みある人とかいないと思いますし、俺への嫌がらせだと思ったらなんだかピンときたんですが……」
「だが、そいつは既にこの世を去っている…か」
本当に、生か死か。それが問題であった。
本宮は実際のところ生きてたりするのだろうか。
だけど、君清さんが言うには自殺したと。そう言う話だったはずだ。
……もし、それが嘘だとしたら?
あいつは本当に、死んだ、のか?
「本当に死んだ…んですかね」
「何の話だ」
「本宮は本当に死んだんでしょうか。俺は間接的に聞いた話なので誰かが嘘をついて死んだと聞かされていたら。その可能性が頭をよぎって」
「だが、ニュースにも取り上げられている。祥太郎が死んだのは事実なはずだ」
「そうです、よね。遺書もあるそうですし。だけど、なんだか自分は違和感を感じて」
どこに違和感を感じているのかわからない。だけど、何かが違う。
本宮のことはあまり知らないが、何かが違うのだ。
「違和感?」
「はい。何かが違うと。まあ、それはわからないんですが……」
「ふむ。その違和感を辿っていけば犯人に繋がるやもしれん。私も、その違和感を解決してみるとしよう。だが今は…那智の安否が先決だがな」
といって、会長は喋らなくなった。
俺も、手術室をずっと見ていることにした。那智ちゃんは助かるのか。それが一番気がかりだ。
「ふぅ。お父さん、こんなところでいい?」
「上出来だ。空」
「ったく、私だけには話してくれればよかったじゃん。それに、なんで久太くんに嫌がらせもしてるのさ。私嫌いになるよ?」
「……すまないな」
君清の目の前には大量に積まれた書類。
これは全て本宮家がしてきたことである。空は一つに目を通した。
「よくもまぁ、昔からやってるもんだね。よくこれで世界いけたよ」
「決算の偽造、詐欺まがいな押し売り。というか、詐欺。犯罪までも犯している。よくもまあ、これを長年隠し続けたものだ」
「よく長年隠し続けたものを手に入れられたね」
「まあ、本宮の会社にスパイを送っているからな」
なるほど、と納得した空であった。
「私もこの人たちと付き合いがあったんだよね…。ましてや祥太郎は幼馴染だし」
「そうだな」
「佳子とは結構楽しかったんだけど祥太郎と過ごすのは楽しい思い出がなかったなあ」
空は過去を振り返る。
小学校一年のとき、祥太郎が空に服のプレゼントを贈ったこと。受け取らなかったら癇癪を起こし、受け取った翌日、着てこなかったことでも癇癪を起こした。
それから、プレゼントされたものは翌日は身につけることにしていたのだった。
「佳子は祥太郎が生きてること知ってるの?」
「……伝え忘れた」
「……なにしてんの」
空の冷たい視線が、君清に刺さる。
君清は咳払いをした。
「だがまあ、佳子ちゃんも賢いから分かるだろう。そもそも佳子ちゃんは祥太郎とはあまり関わりもなかったから伝えなくても良いとだな…」
「そう。でも、佳子も危険かもしれないよ?佳子、久太くんとも仲良くなってきてるから…。もしかしたら狙われるかもしれないんだよ?」
「……そう、だな。今から伝えにいってきてくれ。多分家にいると思うから」
「はいはーい」
と、空は出ていった。
空は四之宮邸を訪れる。
インターホンを鳴らしても出やしなかった。鳴らし続ける彼女。何回押しても出ないので、少し不思議に思った。
「留守にしてるのかな?ということは、病院、かな」
空は那智が入院していることを知っている。
そして、佳子がお見舞いによく行くということも知っていた。
たぶん、お見舞いに行ってるんだろうと、そう思って空は病院まで行くことにした。
空は笑顔で那智ちゃんと話しているところを想像したのだが、病室には那智ちゃんの姿はない。
それで、不思議に思った。
だが、あることを思い出す。
「そっか、今日手術の日か」
そう思い出して、手術室まで行った。
すると、手術室の前で、イラつきを隠せない様子の佳子と、じっと手術室を見つめている久太の姿が見えたのだった。




