本宮が残していったもの
君清さんは深刻そうな顔をしてこちらを見ている。
何があったかはわからないが、大事なことなのだろうと思い、俺は黙って聞くことにした。
「本宮 祥太郎が自殺した」
来た瞬間にそう述べた。
本宮が自殺した。確かにそう言っていた。
「それまたなんで……」
「きっと空が自分のものにならなくて嫌になったんだろう。そして、何より君への嫌がらせも兼ねているな」
と言ってくる。
俺への嫌がらせ。そう聞いた途端に嫌な気持ちになった。自分を殺してまで俺に嫌がらせをするとは。本当に性格が悪い。
「遺書には小鳥遊 久太という男に婚約者を盗られたと書かれていたそうだ」
俺が、殺したとでも言わんばかりの遺書だ。
俺は何もしていないのに。彼女を取り返しただけだ。なのに、なぜ、俺が殺したみたいにするんだ。本当にあいつは嫌いだ。俺に対する嫌がらせはやめる気はなかったらしい。
というか、俺に嫌がらせをするために自殺するとか狂気の沙汰にもほどがある。
「ニュースでも発表されるだろう。たちまち、君の評判は悪くなる一方だ」
そりゃそうだろう。テレビで公にされたのなら、俺の立場も危うい。人を殺した男として汚名を背負わなければならないし、空の会社に入るにしたって俺が入ると空の会社の評判が悪くなるだけだ。
むかつく。俺がそんなに憎いかよ。俺のものを取り返しただけだっていうのに。逆恨みはそっちのほうなのに。ああ、腹立たしい。
「私としては後継者として育てたかったんだがな。今としては君を後継者にするとうちの会社の評判が悪くなる」
「それは……そうですね。それで俺はどうしろと。空と別れろ……っていうんですか」
「そ、それはやだよ! 私は別れたくない!」
空は抗議した。だけれど、君清さんの耳には聞こえているかどうかもわからない。
俺だって別れたくない。お互いの気持ちを打ち合けて、そして、好きだけれどいまいち距離感がつかめない位置にいて、それが楽しくて。
その毎日を送っているのに、俺は、別れたくないということになるのは嫌だ。
嫌なところを的確についてくる本宮は、死んでよかったとは言えないだろう。
「だから、君たちには別れたふりをしてもらう。あくまでふりだ」
「別れた……ふり?」
「ああ。ちょいとばかしデートだとかはさせられないが、付き合うことはできる」
別れたふり……。なるほど。俺が君清さんの会社を断ち切るためにか。
まあ、ふりならいいんだけど、デートできないとかそれはちょっと辛い。
「君たちには何の関係もない、元カレ元カノの仲だと世間に誤認させる」
「なるほど……」
「きっと君のところにマスコミが来るだろう。君のその怪我だ。逃げることもできない。だからこそ、受け答えはしてもらう」
と言われたので、俺は頷いた。
案の定、翌日マスコミがきた。
「祥太郎君の婚約者を奪ったそうですが本当ですか?」
「君が祥太郎君の婚約者と交際しているという話を聞きましたが」
病院だというのに、騒がしい。
そりゃそうだ。日本では知らない人のいないグループの御曹司が自殺した。それに俺が関与しているということだ。騒がしくならないわけがない。
「俺が付き合っているというのは本当でした。しかし、もう、とっくの昔に別れていますよ」
「本当ですか?」
「はい。馬が合わなかったとか、そういうことです。俺はとっくの昔に別れているんでその祥太郎という人については何も知りませんよ」
「ですがなぜ遺書に君の名前が書いてあったのですか?」
「それは付き合ってたとその婚約者さんが言ったのでしょうね。その婚約者さんが別れたという事実を告げずにいたのでしょう」
もちろん嘘だ。事実ではない。
ばれないようにするためには俺の演技だ。なるべく視線は泳がせない。落ち着いて冷静になる。これが鉄則だ。
「その婚約者さんを今連れてきているのですが事実確認をこの場でしてもよろしいでしょうか」
「構いませんよ」
と、マスコミの中から空が出てくる。
「西園寺 空さん。先ほど彼が証言していたことは本当でしょうか」
「はい。本当です。私が彼への未練を残していて……それで、別れたとは告げずにいたんです。それを彼が信じてしまいまして」
もちろん空もグルである。
こんなことになるなんて本当にめんどくさいことをしてくれる奴だよ。もう、早く帰ってくんないかな。マスコミたち。




