俺が恋に落ちた瞬間
また久太とは違う人の視点です。
理想郷。俺は常々行きたいと思っている。
アーサー王が治癒のために訪れたアヴァロン。沖縄の南のほうにあるだろうニライカナイ。豊かで強大であったが地震により一夜で海に沈んだアトランティス。
数々の理想郷がある。
だが、理想郷は理想でしかなく、誰かが夢見ている話なのかもしれない。
行きたいと思ってるけれど、あったらいいなとも思っている。
「可愛い女子いねえかなあ」
桜はまだ咲いていない四月。
俺は、高校生になった。
入学式が行われる。
今年入った生徒は約120名。例年よりはちょっと少ない程度だが、俺がいた田舎の学校よりはよほど多い。俺がいた田舎では全校生徒が約50名だった。
「ねえ、知ってる? 卒業式で盛大にやらかした先輩方が今職員室にいるらしいよ」
「なんかヒーローショーやったんだって。すごいよね」
ふーん。そんな先輩方がいるのか。
俺は女子が話している噂を盗み聞きしているとそういう言葉が聞こえる。卒業式にヒーローショーなんて頭おかしいんじゃないか? 普通そういうことしないだろ。卒業式をめちゃめちゃになんてさ。
「ねえねえ、その話詳しく聞かせて!!」
と、俺の幼馴染である光島 天音がその女子のところに向かう。女子と天音は話し始めた。というか、もうあだ名で呼んでるよ。コミュ力が高いな。
俺は天音を待っていると、天音が嬉々とした顔でこちらに近づいてくる。
「ねえ、悠。見に行こうよその先輩方!」
「はあ。お前何言いだすんだよ。卒業式にヒーローショーをやる先輩なんかろくな奴じゃねえって」
碌なやつじゃなさそうだ。
だって、ヒーローショーをやって卒業式をぶち壊して停学を食らうような先輩だ。常識も知らないと思うね。どこの学校にも汚点というものは存在するらしいが、俺らは悪い時に入学したらしい。
「いいからっ!」
「ちょ、おま離せ」
引っ張られて俺は無理やり連れていかれた。
相談室、という場所の前にいる。
中から話声が聞こえる。ドアからソーっと覗いてみるも、中にある棚が邪魔で姿が見えない。ただ、先生の怒鳴り声が聞こえるので、相当怒られているということがわかる。
「おお、こっぴどくやられてるね」
「どうせヤンキーみたいに柄が悪いだろ」
「もしかしたらイケメンかもよ?」
「そりゃマンガの世界だよ。たとえイケメンでも不良だね。そいつ。不良を好きになる気持ちはわからんよ」
「むうう。なんでそんなこと言うかなあ。ほんと夢ないよね。女子にモテないよ?」
「うっ……」
確かにモテないのは嫌だ。
俺の理想郷が完成しない。美少女と付き合って、高校生活を円満に送る。それが俺の理想だ。そして、可愛い子に囲まれて学校生活を送る。それが俺の理想郷だ。
だからモテないのはごめんである。
俺はモテたいです。
「っと、話が終わったようだね。こっちにくる」
俺らは近くにあったロッカーの裏に隠れる。
そして、そーっと顔を出して覗いてみた。
ふむ。オタクっぽい人に……なんか普通な人、と、また普通な人。胸がでかい女の人……結構かわいいな。で、そしてイケメン。え、こんなにたくさん?
その時だった。
ずっと見ていると、ひとりの女子が出てくる。
さらりとなびく黒髪。うるんとした瞳。ぷるんとした唇。そして、胸は少なからずある女の子。立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花という言葉が似あう美少女の姿が見えた。
「――可愛い」
俺はその瞬間恋に落ちた。
「な、なにあのイケメン!! かっこいい!!」




