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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第3章 学術都市と日輪の魔導師
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祝勝会と彼女の意外な行動

 回復魔法使いと医者に連れられてルダンシャの教官3名が去っていった。ミハイルもそれについている。

 リュカはここに残りたそうではあったが、今の段階でクロードとの関係をルダンシャの教官に知られることは得策ではなかったから、ミハイルについていった。


「……それで、どうだった?」


 クロードが自信をのぞかせながら聞いてくる。


「ああ。始まる前にびびってた学生と同一人物には見えない動きだった」

「ちょっ!? あ、あれはだな、ヒカルがいきなり変なこと振ってくるから……」

「それはそうと、剣の扱いは見違えるほどになったな」


 やはりソウルボードの「武装習熟」を上げることで、「扱い」が上手になるらしい。

 これは武器の威力とイコールではない。「筋力量」や「瞬発力」、それにそもそも武器の出来不出来が影響するからだ。


(僕にはやっぱり向いてないな)


 ヒカルの特性は「隠密」だ。

 武器の扱いが上手くなっても、不意打ちにはあまり必要がない。


「そ、そうだよな!? 俺も自覚はあったんだが、ヒカルに言われると実感するな!」

「くっそ〜。そんなにクロードの『職業』はすげぇのかよ?」

「今まで不遇だったぶん、一気に挽回できたというだけだよ。滅茶苦茶すごい『職業』ってわけじゃない。だからクロードも調子に乗るな」


 一応クロードが上達したのは「職業」のおかげ、ということになっていて、彼らもそれを信じている。

 というより彼ら自身からすると、変化と言えば「職業」くらいなので、それを信じるしかない。


「だが、教官に勝てたんだぞ! ちょっとくらい調子に乗ってもいいだろう?」

「さっきの戦いだけど、キルネンコ教官の短槍の連撃を剣で弾いてかわしてたよな」

「え? あ、ああ……そうだけど。うまくできていた……よな?」

「足が棒立ちだった。あれならちょっとした不意打ちですぐに崩されるぞ」

「うっ!」

「剣に集中するあまり、体さばきがおろそかになっている。いきなりうまくなったヤツにありがちなことだ」

「ううっ!」


 ちなみにそれはヒカルの実体験でもある。一気に「投擲」を上げたせいで、身体に意識がついていかないことがこれまでにもあった。


「その『職業』に慣れるまで、調子に乗ってなんていられないんじゃないか?」

「……ううう」

「そ〜だぜ〜クロード。ミハイル教官の見る目が変わってたからな。明日からしごかれるぞ!」

「ヒカルの他にも鬼が増えるのかよ! 勘弁してくれ!」

「……なにさらっと僕まで鬼呼ばわりなんだよ」


 とヒカルは言ったが、イヴァンが「そりゃ当然だろ。今さらなに言ってんだ?」と言われた。


「いや……僕が直接クロードの訓練に付き合ったわけじゃないだろ?」

「それがな……」


 クロードが言うところは、こうだ。

 ヒカルがフォレスザードに行ったりして不在の間、クロードはイヴァンやジャラザックの学生たちと模擬戦を繰り返していた。そのときにさんざっぱら「ヒカルはもっとえげつねーぞ」と言われ続けたらしい。


「……イヴァン」

「ちょっ、ちょっと待った! と、とりあえずだな、アレだ! 祝勝会しようぜ!」

「はあ?」

「あれならミハイル教官だって文句なしだろ。っていうかあの人、『早く俺もこいつと戦いたい』って目してたもんよ。だから、祝勝会! な!」

「そうだな。俺もちょっと疲れたよ。緊張が解けた途端さ。軽く飲もうぜ」

「お前ら……」

「こういうのも大事なんだぞ、ヒカル! モチベーションの維持な!」


 イヴァンにうまく言いくるめられたような形でヒカルは「酒万歳」へと拉致された。




「それじゃあクロードの完勝を祝って、乾杯!」


 3つのタンブラーがコツンコツンとぶつかり合う。

「酒万歳」はランチタイムでありそこそこ人が入っていた。

 昼から軽く酒を飲む、なんてのはこの世界での常識でもあるので酒を頼んでいる客は多い。

 今日のランチメニューは、トマトソースで大量の肉と野菜を煮込んだパスタだった。

 パスタはスパゲッティのように長いものではなくぶつ切りのマカロニだ。中の空洞にソースが入り込んで、これまた食べ応えがある。


(……ん?)


 ヒカルはふと「酒万歳」で親しんでいるこの味に違和感を覚える。

 もちろんふだんどおり美味しいのだが。


(あ——そうか。ニンニクか)


 ポーンドの「パスタマジック」ではニンニクがないためになんだかひと味足りないような料理だったのを思い返す。それでもちゃんと美味かったのはあの店のクマのような店長の腕だろうが。

 だがこの「酒万歳」ではふつうにニンニクが使われている。

 地域的なものなのだろうか?


「ちょっとマスターのところに行ってくる——」

「ヒカル! お前だけそれ水じゃねーか!」


 どこでニンニクを仕入れたのか聞こうとしたヒカルの肩をつかんでイヴァンが座らせる。


「痛い」

「お前もエール飲めよ」

「手を離せ。……ったく。僕は酒に弱いんだ。無理に勧めないでくれ」

「酒なんてもんはよぉ、飲んでりゃ強くなるもんだ」

「わかりやすい絡み方するなよ。それより僕はマスターに——」

「あら、ヒカル?」


 とそこへ店に入ってきたのはラヴィアとエカテリーナだった。

 図書館に入り浸っているラヴィアとは昼食をいっしょにすることはあまりない。ラヴィアもラヴィアで、この、新しくできたユーラバの女友だちと過ごしているらしい。


「珍しいな、ラヴィアがこの店に来るなんて」

「エカテリーナがもう一度行ってみたいと言ったから」

「ちょ、ちょっとラヴィアちゃん! そんなことない! 別に、どこでもいいんだけど、ラヴィアちゃんが淹れてくれたお茶が美味しかったことを思い出しただけだし」


 ヒカルやイヴァン、クロードと会うことになるとは思っていなかったのか、取り繕うようにエカテリーナが言う。


「っていうかここ、こんなにガラが悪いお店だったの?」

「居酒屋だよ。知らなかったのか?」

「マスター、2人ぶんランチをいただけますか?」


 ヒカルの隣にスッと座ったラヴィアが言うと、その声は店の喧噪から比べるとはるかに小さな声だったにもかかわらずカウンターの向こうのマスターがぐっと親指を立てて見せた。


「あれを聞き取るのか」

「オーダーを聞き逃さない耳をお持ちなんです」


 ラヴィアはとっくに知っていたようだ。マスターのソウルボードを開いてみようかと思ったヒカルだったが、止めておく。むやみやたらにプライバシーを侵害するものではない。


(そう言えば僕らはマスターの本名も知らなかったな)


 この世界では身分証がギルドカードくらいしかない。公的に住民票があるわけでもない。「名前」というのはさほど重要ではないのだ。


「それで……昼からお酒を飲んでいる理由は? クロードさんにそんな余裕はあったかしら?」


 ラヴィアの隣に座ったエカテリーナが冷たい視線をクロードに向ける。

 クロードは「うっ」とうめいて飲もうとしていたタンブラーをテーブルに置いた。横ではイヴァンが「知ーらね」とつぶやいてエールを飲んでいる。

 いやいや、助け船くらい出してやれよと思い、ヒカルは口を開く。


「さっきクロードはルダンシャの教官3人を立て続けに模擬戦で倒したんだ。だからこうして祝勝会を開いている」

「はあ? どういうことよ?」

「ちなみに僕は祝勝会などしないほうがいいと止めたけどね」

「クロードさん?」


 さらりと責任回避してヒカルはクロードにぶん投げる。マスターがラヴィアとエカテリーナのぶんのパスタを運んでくる。


「い、いやぁ、その……ま、まあ、強くなったんだよ。その確認というか……」

「はっきり説明してくださいますか? 私たちの連合に関係する話ですよね?」

「うぅ」


 しどろもどろになりながら説明を始めるクロード。

 それを聞き流しながらヒカルは、ラヴィアに小声で話しかける。


(驚いたな。エカテリーナが「私たちの連合」って言った)

(ええ。彼女、とてもがんばっているもの。図書館で過去の建国記念式典の記録を調べてる。どんな議題が会議で持ち上がったか、とかね。それで起案のための草稿を準備しているの)

(へぇ……)


 我関せずというスタンスかと思ったら、意外や意外、前のめりに動いてくれていたようだ。


「はぁ……わかったわ」


 クロードの説明が終わったらしい。


「リュカさんに感謝ね。きっと彼女は、『クロードさんはルダンシャの教官がイヤになった』という理由で講義を下りたと説明しているはずよ」

「えっ、そうなのか?」

「当然でしょう。ミハイル教官とともについていったのも偉いわね。ミハイル教官にも口添えしてもらって、少なくともあなたとの関係を疑われることがないように誘導しているでしょう。それくらいしれっとやってのける方よ」

「さすが俺のリュカ」


 でれでれし始めるクロードに、エカテリーナの顔がピキッと固まる。


「あなたが余計なことをしなければリュカさんがそんな苦労をすることはなかったのよ。もうちょっと自覚して」

「う……すみません」

「ヒカルもよ」

「僕も?」

「キルネンコ教官がちょっかいを出してくることを知ってて放置したでしょう?」


 その辺までクロードは説明していたらしい。余計なことを……とクロードをにらむと、クロードは素知らぬ顔でエールをあおっていた。


「まあ、どこかのタイミングで衝突することはわかっていたからね。早めに芽を摘んでおこうと思ったんだ」

「建国記念式典の後にすればよかったのよ」

「それも考えたけど、こっちもこっちで急いでいた。ミハイル教官と戦う経験がクロードにとって最重要だったから」

「むう……」

「手荒な手段もあったけど? たとえばキルネンコ教官が、昨晩、不幸な事故に遭うとか……。そっちのほうがエカテリーナの好みだったかな?」


 ヒカルが言うと、クロードがサァーッと顔を青ざめさせた。


「そんなこと考えてたのかよ……やっぱりヒカルがいちばんえげつないな」

「なになに、どういうことだ? 不幸な事故って?」


 イヴァンだけはわかっていないようだったが説明するまでもない。

 エカテリーナはため息をついた。


「はぁ……。この連合がうまくいくかどうかはあなたにかかっている、というのはほんとうのようね」

「? 僕が、なんだって?」

「シルベスターさんがツブラに帰る前にそう言っていたのよ。彼は逆に心配もしていたわ。あなたのその行動力が悪い方向に行けば、連合だって崩壊すると」

「大げさだな」

「その心配が現実のものにならなければいいけれどね……」


 じろりとこちらを見てくるエカテリーナ。

 するとラヴィアがヒカルの腕を取って身を寄せてきた。


「エカテリーナでもヒカルを悪く言うと怒るわよ」

「悪く言ったわけではないわ。『薔薇騎士の楽園』にもあったでしょう?『強き騎士はその存在自体が頼もしくもあり、また危うい』と」

「なんだよ、その『薔薇騎士の楽園』って」

「わたしとエカテリーナが話をするきっかけとなった本。ヒカルも読んでみる?」

「そうだね。時間があれば」


 そんな話をしていると、「酒万歳」の扉が開かれ、大柄なジャラザックの男が姿を現した。

 その男——ミハイルはクロードを見つけると大声で「模擬戦やるぞ」と言ったのだった。

 これでまた一歩前進だな、とヒカルは思った。


レビューをいただきました。ありがとうございます。

次回は最近すっかり影を潜めているリーグと、ケイティの研究の話です。

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