学生連合会議・本会合
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。会合を始める前に1つだけ決めごとをしたいと思っています。それは、お互い敬称を止めましょうということです。私たちは等しく学生です——あ、先生もおひとりいらっしゃいますね。ですが学生同士で上下がわかるような敬称は止めたいのです。もちろん、丁寧な言葉使いはよいと思っています」
7人がテーブルに向かい合って座っている。
お誕生日席にいたリーグがそう切り出すと、
「おお! そうしてくれるとありがたいよ。俺はそういうのがどうも苦手でなあ」
真っ先に賛成したのはイヴァン=ジャラザック。大剣講義の学生だ。
ジャラザック国内でも相当な剣の腕前を持つ、その剣士の息子だというのは今回の会合へ参加を要請するにあたって初めて知った情報だ。
イヴァン以外は特に意見もなかったようで、リーグはひとつうなずいて話を進める。
「時間は限られていますから、単刀直入に話したいと思います——」
リーグは話していく。
フォレスティア連合国が7カ国でバラバラに動いてしまっていること。
連合政府がまともに機能しないまま数十年が経っていること。
その間、長期間かけて行われるべき治水などの防災事業、防衛準備などがまったく手つかずであること。
「これら問題点については皆さんもご存じでしたでしょう」
イヴァンだけが首をかしげていたが、他の参加メンバーは当然といった顔をしていた。
話の間に、ラヴィアがお茶を出して回る。ヒカルがお菓子を取り分ける。
本来はそこまでする必要はないはずだがなんとなく流れでやってしまっている。
「ですが皆さんはこうも考えているはずです。『連合政府は準備していないが、自国内で準備は進んでいる』と」
7カ国は独立で動いている。独立で税を徴収し、独立で軍備を進め、独立で技術開発を行っている。
連合国内の関税はなく、また人の行き来が簡単になっているだけで、実質的に連合政府はお飾りになっているのだ
「では連合国とは、フォレスティア連合国とは、いったいなんなのでしょうか?」
「外敵への防波堤よ」
それまで口を開かなかったエカテリーナが、初めて言葉を発した。
「100年前はポーンソニア王国がどんどん力をつけていた。それに恐怖した小国が寄り集まって連合国を名乗っただけ。その後、クインブランド皇国が隆盛して今度はポーンソニアが危うくなった。その2国で争っていれば、あたしたちユーラバは関係ないもの。連合国なんていう肩書きは要らなくなる」
「そのとおりだな。だがクインブランドの『悪帝』バルザードは暗殺され、今はポーンソニアがクインブランドに戦争を仕掛けるまでになった」
シルベスターが肯定しつつ話を進めると、それをリーグが受ける。
「100年前の危機がまた迫っているのだと私も考えています」
「……そんなに今のポーンソニアは精強であると言うのかしら?」
「はい。剣聖ローレンス率いる騎士団がクインブランドの防衛線をたやすく突破したそうです。彼がいなければまた違うのでしょうが……」
ブッ、と思わず噴いて、ヒカルはヤカンを取り落としそうになった。
「?」
リーグがちらりとこちらに視線を投げてきたが、なんでもない、とヒカルは首を横に振る。
(ローレンス、すごいんだな。確かにあの剣は1対多において力を発揮する)
そんなことを考えていると、
「でも、あたしはこうも聞いたわ。ポーンソニアは取るものも取りあえず撤退したって。あれは国内でなにかがあった証拠よ」
「よくご存じですね。ですがその『なにか』がなんなのかはまだわかりません。騎士団長ローレンスも温存されている以上、ポーンソニア優勢は揺るがないでしょう」
ヒカルはふんふんとうなずく。
ガフラスティが一騒動起こしたんだよな、と。
じー、とラヴィアがこちらに視線を送ってくる。
(なに?)
ヒカルが小声で聞くと、
(ガフラスティのことは話さないの?)
(言うことに抵抗はないけど、今は言わないほうがいいかな。リーグとしては「共通の外敵」を演出して「まとまろう」と言いたいんだよ)
するとリーグは続けた。
「この100年、真剣に7カ国が協力し合っていたらどうなっていたと思いますか? ジャラザックの力の秘密を他国が知ればもっと強い軍を組織できたかもしれない。コトビの開発力でツブラの遺物をもっと解析し新兵器を用意できたかもしれない。キリハルとルダンシャの関係性がよくなっていれば物資の輸送はもっと簡単だったかもしれない」
キリハルとルダンシャはフォレスティア連合国内でも主要な街道を押さえている。だがお互いがその街道に強固な関所を設けているおかげで流通を阻害する原因になっていた。
「今、ポーンソニアの動向にいちいち怯える必要だって、なかったかもしれない」
リーグは参加者を見回す。
シルベスターはしっかりとうなずいて返す。
クロードとリュカはお互いに視線を交わしている。
イヴァンはよくわからないという顔だが「強くなるのはいいことだよな」とひとりで言っている。
エカテリーナはリーグを否定しないものの、なにかを考え込んでいる。
「つまりリーグは、7カ国が建前上だけでなく実体的にも結びつくべきだと言いたいのね?」
ケイティが言った。
「はい」
「100年かけてできなかったことをどうやってやろうと言うの? 確かに、ここにいる学生たちは国に帰ればそれなりに力を持っているでしょう。だけど、それだけよ。あなたたちは学生。まだまだ一人前と見てもらえない」
「まさに、そこです。私たちは学生です。逆に言うと時間がまだまだある。7カ国がまとまるに当たってなにが障害なのか、どうすればまとまることができるのか、検討していきたいんです。このメンバーで」
「ふうむ……なるほどね。実務的な政治に関わる前に、学生同士で結びついておきたいという意図ね。悪くない考えだと思うわ」
ヒカルにとっては意外なことにケイティも賛成した。
(この人、研究以外どうでもいいのかと思ってた)
とか失礼なことを考えている。
「私が学生だったころは国なんて関係なく、研究チームを組んでいた。ただ学院を出た後は『コトビのために研究しろ』という圧力があまりにすごくて——それで私は学院へ戻ってきたの」
「ケイティ先生もご助力いただけますか?」
「……目の付け所はいいと思う。でも、うまく行く目はほとんどない」
「その理由を教えてもらえますか?」
「今言ったとおりよ。あなたたちが学院を出て、国に戻ればわかる。そこはもう学院ではない。リーグの周りにはルマニアの人間しかいない。彼らは自分たちの利益を最大化することしか考えていない。そんな人たちに囲まれてどこまで自分を通せるか。ふつうの人間なら1年ももたない。だって、支えてくれる仲間は国境の向こうで同じ苦しみを味わっているのだもの」
「なるほど……。一度体験されている先生の言葉は、重いですね」
リーグがケイティの言葉をしっかりと受け止めると、クロードとリュカが意気消沈する。
「ですが、それでもいいのです」
しかしリーグは自信あふれる口調で言った。
「……どういうことかしら?」
「私も簡単に連合国が変わるとは思っていません。ですが、ここに『学生連合』を作ることはできます。これを次世代につないでいくのです。少しずつでいい。連合国内に、国境を越えた結びつきを作っていきたい。先生の研究チームのような仲間を、どんどん作っていきたい。学院が、単なる研究機関ではなく、次代を担う若者を育てる場になればいいと思っています」
「それは……壮大な絵ね」
「私の役目はまず学生連合を作ることだと思っています。何世代も続くような組織を作ること。私はいずれルマニアに戻りますが、この志を忘れるつもりはありません。学院への影響力を必ず持つようにし、学生連合を保護します。私が死ぬまで続けられれば、学生連合は機能するでしょう。これは連合国で最も影響力を持つルマニア筆頭氏族である私の仕事です」
リーグはさらりと「死ぬまで」と言った。
短くとも30年、長ければ50年はこの学院に執着すると言ったのだ。
リーグの覚悟を聞いて、ケイティですら言葉を失っている。この会合にそれほどの意味があったなんて。
「なにをひとりでやろうとしている、リーグ」
沈黙を破ったのは、シルベスターだった。
「確かに私はツブラ出身だからな、影響力は少ない。だが連合政府内の会議では7カ国に1票ずつ与えられている。この中で、次期代表にほぼ内定しているのは私だけだろう? 順当に行けば3代後、私は連合国王となる。そのときまでリーグがやる気であったなら、私は十分に力になってやるぞ!」
「……シルベスターさん」
シルベスターの言葉には人を安心させるなにかがあった。
これが「王太子」のカリスマかとヒカルは思う。
会合の雰囲気ががらりと変わった。特にクロードとリュカはうれしそうだ。彼らは自分たちの人生に直結しているからだろう。
「……憲章はどうするの?」
その雰囲気を切り裂くように言葉を発したのはエカテリーナだ。
「フォレスティア連合国建国憲章よ。憲章内では『建国によって7カ国の利益を減じることはない』と明記され『連合政府の権限修正には7カ国すべての賛成が必要となる』ともある。これは『連合政府に力は持たせない』と言っているに等しいわ。それぞれの国は自国の利益を最優先していいようになっているのだもの」
「今の、私の提案は各国の利益を減らすことにはならないと思っています」
「でも人の感情を逆なでするわ。特にキリハルとルダンシャは怒り狂うでしょう。学生連合とやらを続けるにはこの2国が最大の障害になる」
エカテリーナの指摘に、クロードとリュカがびくりとする。
(彼女の言うことももっともだな。感情論を持ち出されると正論が死ぬ。意外と、この連合国をまとめるためのいちばんの障害はキリハルとルダンシャの仲の悪さかもな)
ヒカルがそんなことを思っていると、
「エカテリーナの指摘は正しい。人間の感情はなかなか変わらない。キリハルやルダンシャが講師、教官、学生の供給を止めた場合は学生連合はそれだけで終わりだ」
講師目線からケイティが補足する。
だがリーグとてそこまでは考えていたようだ。痛い所を突かれたといったところか。
「そう渋い顔をするな、リーグ」
ケイティは涼しげな顔で続ける。
「人間の感情は、たったひとつの行動で変わることもある。嫌っていた隣人が、見ず知らずの病人を担いで治療院へ向かっているところをたまたま見かけてしまう——それだけで悪感情が和らぐことだってある。キリハルとルダンシャだってそうではないか?」
「それは——そうかもしれません。私も、この2国を変えるにはなんらかの学生連合以外での『行動』『手段』が必要だと思っていました。先生、なにかアイディアがあるのでしょうか?」
「いや、私にはない。私は研究専門だからね。だからこそみんなで考えたらいいじゃないか。そのための学生のあつまりなんだろう——なあ、ヒカル?」
ケイティはいきなり、ヒカルに話を振ってきた。
リーグのアツイ想いが吐露されたところへ冷水を浴びせていくエカテリーナスタイル。
もちろんリーグとてそのあたりは考慮しているのですが、いまだ模索中というところ。
そこで振られるヒカルへのキラーパス。
次回で初会合は終わります。