キリハルの学生
ケイティから妹を紹介してもらう段取りをつけるとヒカルはラヴィアとともに研究室を後にした。
ケイティの実家はコトビでも名家であるという。
貴金属の加工、宝石類の輸出に強みを持っているコトビは、そのものズバリ鉱山都市をいくつも抱えている。
鉱山の所有者はコトビ内でも発言権を有しており、ケイティの実家は鉱山を2つ、持っているのだとか。
「あとは、キリハル、ルダンシャ、ユーラバの学生か」
どうしようか、とヒカルが考えていると、
「ユーラバには心当たりがあるの」
ラヴィアが言った。
「心当たり……って?」
「わたし、ふだんは図書館にいるでしょう? そこで仲良くなった学生がいてね、ユーラバ出身なの。連合政府に親族を何人も送り込んでいる家柄だと言っていたわ」
「それは……完璧な人材だな」
相槌打ちながらもヒカルは、そんな知り合いがいることを今までラヴィアから聞かされていなかったことに少々動揺していた。
(僕だってミレイ教官のことは話してなかったけども……いつの間にそんな知り合いを作ってたんだ? ……ああ、ダメだ、ダメダメ。これって独占欲だよな……醜いぞ、僕)
「ヒカル? どうしたの?」
「いや——なんでもない」
「その知り合いのことは……いつか紹介しようとは思ってたんだけど、機会がなくて、ごめんね」
「謝るようなことじゃないよ」
「でもヒカルが寂しそうな顔をしたから」
「……してない」
「そう?」
「してないよ。うん」
「大丈夫よ。わたしにとっていちばんはヒカルだから」
「そ、そんなこと心配してない」
「あとその知り合い、女の子だし」
そうなのか——と心のどこかでほっとしている自分がいたのは間違いない。
ラヴィアがにっこりする。
こちらの心を見透かされた気がして、気恥ずかしさを隠すようにヒカルは言った。
「それじゃ、その人はお願いしてもいい? というかラヴィアも巻き込んじゃったけどいいのかな?」
「もちろん。わたし、あなたに拒否されない限りはずっとついていくって言ったでしょう? ヒカルのほうこそどうするの。キリハルとルダンシャにはアテがあるの?」
「ん……一応、キリハルにはあるかな。数日留守にするけどいい?」
どこに行くの? とラヴィアは怪訝な顔をした。
* *
長い廊下をふたりは歩いていた。
正確にはふたり、プラス7人であるけれども、並んだふたりをじろじろと監視しているだけの7人の間に会話はなかった。
「さすがに疲れた。ポーンソニアへの対応をどうするか決めるだけでここまでこじれるとはねえ……」
フォレスティア連合国女王、マルケド=ミラルカ=キリハルはうんざりしたように言った。
横を歩く筆頭大臣ゾフィーラ=ヴァン=ホーテンスはニッと笑う。
「お疲れの陛下には私めがお茶を淹れて差し上げましょう」
「おお、それはうれしいぞ。——みなはもうここまでで良い。今日の執政は終わりとする」
振り返り、7人の「国政相談役」たちは無言でにこりとすると、一礼して去っていった。
「……妙じゃない? あいつら、素直過ぎる」
「そうね。まーた間者でも送り込んできているのかもしれないわ」
「あれって、あの黒ローブが排除したからもういないんじゃないの?」
「信頼できそうなところに調べさせてる。一応、大丈夫とは言われてるけど……」
「はあ、安息の地はないのかしら?」
ため息をつくマルケドに、
「コトビには『遮音』の魔導具があるという話よ。取り寄せてみたら?」
「コトビに借りは作りたくない。キリハルでできるかどうか聞いてみる……」
ふたりは、女王の執務室へと入っていく。
ゾフィーラが手慣れた手つきでお茶を淹れて、マルケドがイスに座って「ふう」と一息ついたときだった。
「よう」
「ひぇぁっ!?」
誰もいなかった部屋に、あの、黒フードがいたものだからマルケドから変な声が出た。
「お、お、お、お前は……!」
「しばらくぶりだな。僕にもお茶をもらえないか? ちょっと喉が渇いた」
「……先触れを出して面会の約束を取れとは言わないが、こうまで無礼を働くのならばこちらにも考えがあるぞ」
ゾフィーラが黒フードの少年を——ヒカルをにらみつける。
だが少年はどこ吹く風だ。相変わらずの太陽神のお面をつけているために表情がわからない。
「それはそうと、ふたりは露出癖でもあるのか? この部屋を盗み見ているスパイが増えていたぞ」
「え……」
「6人いた。全員縛っておいてこの建物の裏手に放りだしておいたからまた後で回収しておくといい」
「ろ、6人!?」
「ああ。かなり巧妙に隠れていた。床下や柱をくりぬいていたから」
「…………」
「…………」
ゾフィーラとマルケドが唖然として視線を交わす。
「そんな巧妙に隠れている者たちを、お前はどうやって見つけた?」
「生命探知」や「魔力探知」があればどこに隠れてもバレバレなのだが、もちろんそんなことを少年が言うわけもない。
「今回捕まえた6人については恩に着なくても構わないよ。僕のちょっとした気まぐれだから。あ、でもなー、ちょっとなー、できれば1つだけお願いを聞いて欲しいんだけどなー」
「わざとらしく言うでない……なにが欲しい」
とりあえずこの少年は敵対しようとはしていない。
今時点で、少年はガフラスティに協力した立場。信用はまるでできないが、敵に回すこともないだろう。
頭痛を感じながらもマルケドは少年に発言を促した。
「国立学術研究院の学生を紹介して欲しい」
「……学生を? 研究者ではなく、か?」
「キリハルの学生なら、女王陛下が一声かければすぐに会えるだろう?」
「まさか、学生になにか危害を——」
「そんなわけない。ここに、誰にも気づかれずに忍び込める僕が、学生に危害を加えるのにこんな遠回りしてどうするんだよ。ただ紹介して欲しいだけだ。目的は教えないけどね」
「目的を言わなければ紹介しない」
「目的を言えば全面的に協力してくれるのか?」
「……それは」
「陛下」
マルケドが言いかけたところをゾフィーラがたしなめる。
「学生の紹介程度なら私がする。陛下の名前を出すと逆に目立って仕方がない。ただでさえ、陛下はあちこちからにらまれているのだ」
「筆頭大臣の紹介は、ダメだ」
「どうして」
「キリハルの学生が必要なんだ。キリハル内に影響力があるような家柄の人間だ。ゾフィーラ筆頭大臣にそんな知り合いがいるのならそれでも、まあ、いいけど」
「……お前、いったいなにをしようと——」
「わかったわ、ゾフィーラ、もういい。学生なら私が紹介状を書きましょう。その代わりこちらにも情報を寄越しなさい」
「情報?」
「学院に関する情報よ。ツブラの学院長がいたはずだけど、ルマニアが接近しているという話を聞いたの」
「…………」
「お前が知り得た情報をこちらに教えなさい。それと、もし学生になにかあったら——絶対にお前を許さない」
「……ああ、いいとも。情報を楽しみに待っているといい」
少年は紹介状を受け取ると、相変わらず、堂々と部屋を出て——姿を消した。
彼の言ったとおり建物の裏には6人のスパイが縛っておかれてあった。
「どう見る、ゾフィーラ?」
「たかだか学生を紹介してもらうためだけに、単身で女王の執務室に忍び込み、間者を一網打尽にするだろうか? そうは考えにくいね……調べよう」
「そうして」
マルケドとゾフィーラは真剣な顔をして話し合っていた。
単に、ヒカルにはキリハル出身の知り合いが他にいなかっただけなのだが。
いちばん手っ取り早いコネを手っ取り早く使うヒカル。
次回はルダンシャの学生です。





