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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第3章 学術都市と日輪の魔導師

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ケイティの研究室

 学院には講義棟と同規模の研究棟がある。

 ケイティの研究室はその2階にあった。

 ヒカルが来訪すると、コトビの人間らしき研究助手が中へと通してくれた。

 研究室そのものは広いはずだが工作台や書棚には所狭しと魔術具が並んでいるために圧迫感がある。干からびた鳥の足、青色の花、なにかわからない結晶、羊皮紙に描かれた魔法陣——パリッと身ぎれいなケイティからは想像できない雑多さだった。


「ああ、わざわざすまないね。みんな、ちょっと席を外してくれたまえ」


 ケイティが言うと、彼女のそばに立っていた——当然自分たちもこの面会に参加するつもりでいた——研究助手たちは驚いたような顔をした。

 それからいぶかしげにヒカルを見る。


「しかし、先生。我らは助手です。研究に関わることならば聞く必要があると存じます」

「ヒカルとの話は研究がらみではない。プライベートのことなんだ。だから席を外してくれたまえ」


 プライベート、と聞いて驚きを深める研究助手たちだったが、逆にそう言われると引き下がらざるを得ないのだろう。ヒカルをにらみつけるとそのまま出て行った。


「いいんですか?」


 全員出て行ったのを確認してからヒカルが聞くと、


「ああ、ぶしつけな者たちですまないね。気を悪くしないでくれ。研究熱心で気のいい助手たちではあるのだが、いささか熱心に過ぎることがあってね」


 ああいう、感情を剝き出しにした姿は、研究熱心と言うより、


(この講師にご執心なんじゃないのか?)


 とヒカルは思った。


「ところで——彼らはドアのすぐ外で聞き耳を立てているようだけど、いいんですか?」


 ヒカルの「魔力探知」にははっきりと壁にへばりつく助手たちが見えている。

 眉間にそっとしわを寄せてケイティはうめくと、


「確かこの辺に——あった」


 雑多な工作台を漁って両端に宝玉のついたヒモを取り出した。


「片方を握ってくれ」

「なんですか、これ?」

「遮音の魔導具だ。周囲に音が漏れない。まあ、外からの音も聞こえないのだがね」

「へえ……」


 こういう魔導具もあるのかと感心してヒカルは宝玉の一端をつかんだ。

 周囲に膜が張ったような不思議な感覚に襲われる。


「さて、ヒカル。君はここの学生かね? 見かけたことがなかったが」

「つい1カ月ほど前に入学しました」

「魔導具師を志すのかね?」

「いえ……先生にちょっと伺いたいことがあって来ただけです」

「私の兄、ケルベックのことか?」

「え……兄?」

「なんだ。私の兄だと知っていたのではないのか?」


 ケルベック——「盗賊ギルドの長」と学院の講師が兄妹?


「知りませんでした。雰囲気がちょっと似てるなとは思っていましたが」

「——もしや、君は兄に会ったのか?」

「ええ。正直、ケルベックさんがどんな経歴なのか全然知らなかったんですけど」

「そうか……兄のことを教えてくれるか?」

「いいですよ。その代わり僕が聞きたいことも教えてくれませんか」

「なにについて聞きたい」

「『聖魔』について」


 ぴくり、とケイティの眉が動いた。


「いいだろう」


 それからヒカルはケルベックについて知っていることを話した。

 ケルベックもポーンドの地下に潜んでいることを特に隠しているふうではなかった——もちろん喧伝しているわけでもないだろうが——ので、すべて話してしまうことにした。

 ケイティはケルベックがポーンソニア王国にいることすら知らなかった。


「そうか……『盗賊ギルド』ね。兄らしいと言えばそうだ」

「どうしてケルベックさんはフォレスティア連合国を出たんですか?」

「面倒な争いがあったんだ」


 ケルベックは魔導具師としてコトビでも名声を得ていた。しかしその才能に嫉妬する者も当然いた。

 続く足の引っ張り合い——そんなすべてに嫌気が差したケルベックは、コトビを出て行った。


「だが、君の話を聞いて安心したよ。兄ならどこでもうまくやっていくだろう」

「結構危険なこともやってるふうでしたけどね」

「用途不明の魔導具を開発し、自分のものであることを臭わせる。それで実際に使って見せて——その用途の意外さや、構造の複雑さを誇示する。兄のやり方なんだ。そうやっていろんな人間に自分を売り込んでいく」

「……いい性格してますね」

「ふふ。面白い男だろう?」


 淡々としているケイティだったが、笑った表情は年頃の女性らしさあふれるものだった。


(あの厳ついケルベックの妹には見えないけど……でもどこか似てるんだよなあ)


「兄の話をありがとう。さて、次は君の知りたいことだね。どうして『聖魔』に興味を? 差し支えなければ教えて欲しいが」

「純粋な知的好奇心、ではダメですか?」

「『聖魔』については知っている人間はそう多くないし、そもそも『実現不可能』『おとぎ話の絵空事』だなんて言われているのだよ?『聖魔』についてまともに研究しているのは私くらいのもので、それですら無謀と笑う者も多い」

「でもツブラから出土した遺物には『聖魔』の痕跡があったんでしょう?」

「あった……というより、壁画の一部に『聖魔』という文言があって、遺物の使い方についてそう説明があるだけなんだ。兵器や武器にはいまだ当時の力が残っているらしいが、それらは連合国政府に献上されてしまって、厳重に保管されている」

「先生はそれら兵器の現物を研究しているのではないんですか」

「一介の学者に触らせるわけがないよ。むしろ誰も触れない。今私は『保管』と言ったが、『封印』に近いだろう。封印が解かれる日が来るのは、ポーンソニアあたりが攻めてきたときではないかな」

「そんなに」


 技術や知識が失われた結果、今や「聖魔」はこの世界にあり得ないものになっているようだ。

 ヒカルは考える。


(この人は信頼できる人物だと思う。初対面の僕に対して正直に話してくれているようだし。もちろん腹の底ではなにを考えているかはわからないけど——こちらが見せるものを見せないと情報だって得られないよな)


 決心した。

 この人に託そう、と。


「……先生、他言無用でお願いしたいのですが」

「ああ、なんだい?」

「おそらく『聖魔』を利用した武器を僕は持っています」

「なんだって?」


 その「なんだって?」は「どうせ勘違いだろう」という意味合いに近かった。

 まあいいか、とヒカルは話を進めた。


「これです」


 ヒカルはリヴォルヴァーを取り出すと工作台に置いた。ケイティの眉が「うん?」と上がる。


「トリガーを引くことで魔法を射出するリヴォルヴァーです。弾丸は6つあり、精霊魔法の火、風、水、土、の4種類と、聖、邪の2種類が入っています。ああ、邪については推測でしかありませんが。極めて高い威力の魔法であったので、『聖魔』が使われているのではないかと僕は思いました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……ヒカル。これはどこで手に入れた?」

「ポーンソニアのダンジョン『古代神民の地下街』です」

「高難度ダンジョンじゃないか! ほんとうに、『聖魔』を使った武器なのか!?」

「そう言ったじゃないですか」

「————」


 ようやく信じたのか、ぽかんと口を開けて、リヴォルヴァーを見て、それからヒカルを見る。


「ヒカル……」


 かすれた声でケイティは言った。


「この武器について知っている人間は?」

「僕と、僕のパートナーだけですね」

「絶対に他に漏らしてはいけないよ」

「最初から他言無用だと——」

「ああ、ああ、そうだった! 君はそう言っていた! すまない——私のところには多くの『聖魔』にまつわるアイテムが持ち込まれるんだ。そしてそのすべてがニセモノだった」

「全部ですか?」

「全部だ。いや、1つをのぞいてすべてだな。今日、たった1つの例外が持ち込まれたようだ」

「まあ調べた結果、『聖魔』とは無関係かもしれませんけどね。この武器について調べてもらえますか?」

「もちろんだ! いいのか、私で?」

「構いません。僕は魔導具に関しては知識がないですからね——魔術に関しては多少ありますが」

「魔導具も魔術もほとんど同じだぞ」

「そうなんですか? でも、知識としては偏っていると思います」


 その知識はヒカルの内部に残っているローランドの知識だ。世界を渡る術においてのみ特化している。


「先生、それと、2つ条件があります」

「……そうだろうな。これほど希少な武器だ。タダで見せてくれることはないだろうとは思っていた」

「あーいや、そういう意味ではありません。1つは、研究の成果を公表しないこと。僕と僕のパートナー——ラヴィアという名前ですが——彼女と、先生の3者が合意した場合のみ、第3者へ公表できることにする」

「ふむ……君はこの研究をあまり広めたくないようだ」

「危険があるかもしれませんからね」


 ヒカルの中では、滅びた古代ポエルンシニア王朝のことが気に掛かっていた。

 巨人が遣わされたあの地下王都。

 いったい、誰の、なんの逆鱗に触れたというのか。

 それがわかるまではあの王朝に関わること、「聖魔」については伏せておいたほうがいい。


「わかった、私は構わないよ。もう1つの条件は?」

「弾丸とリヴォルヴァーと、別々で研究して欲しいんです。リヴォルヴァーと弾丸がセットで初めて意味があるので、これは盗難防止としての意味合いです。先生を疑うわけではありませんが——」

「もちろんだ! そんなの当然だろう。私としては君の監視下においてのみ研究するつもりだったんだぞ」

「いや……さすがにそれは面倒なので」


 研究にはかなり時間がかかるだろう。その間ずっと、横で見ていなければいけないなんていうのは、時間の無駄だ。


「とりあえず先に弾丸を渡します。これが6発の弾丸で、こっちの5発は射出済みなので中はカラッポ——」

「ちょっと待て! 射出済み!? 撃ったのか!?」

「はい」

「どうしてそんな……もったいない!」

「命には替えられないですからね」


 ヒカルの言葉に、興奮気味だったケイティの表情がスッと冷める。


「そう……だな。君は冒険者なのだな」

「ええ」

「我々研究者は冒険者の得た果実を元に研究を進めている。それは遺物しかり、触媒しかりだ。命が最も大切であることは間違いない。すまない。失礼なことを言った」

「謝るほどではありません。空の薬莢は全部同じに見えるのですが、念のため2つお渡ししますね」

「ありがとう」


 両手で、宝石でも渡されるように恭しく受け取ったケイティは、


「……さて、ヒカル。研究の前にいろいろと教えてくれ。どんな魔法だったのか、射出の形状や大きさ、それにわかることすべてを聞いておきたい」


 ペンと植物紙を用意するケイティは目をキラキラさせていた。

 根っからの研究者なんだなとヒカルは苦笑する。


「魔法もそうですが……参考になるかわかりませんが、リヴォルヴァーを発見したあたりの話もしておいたほうがいいでしょうね」

「ほう。面白い話があるのか?」

「リヴォルヴァーの隣に『聖魔球』というものがあり、それは純粋なエネルギーの塊のようでした」

「…………」


 ケイティは、それからたっぷり10秒ほど沈黙し、


「君は『聖魔』を見つけたというのか!?」


 大声で叫んだ。

 幸い、遮音の魔導具のおかげでその声は外に漏れなかった。

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