裏のある話
「どう考えても理由はこれだよな」
【ソウルボード】ヒカル
年齢15 位階4
4
突如増えたソウルボードのポイント。
前回と違っているのは――「位階」の横の数値だ。
「いつ、僕は位階が上がったんだ? 確か位階が上がるのはモンスターを倒したときだけ……」
モンスターを倒した記憶はひとつもない。毒草は摘んだが、毒草を枯らしたわけでもない。
倒した――殺したのは人間だ。
「……待てよ」
モンスターの定義は、「人間に害があるかどうか」だ。
それだけしかない。
「……モンスターを殺したかどうかでなく、ある程度の力を持った生き物を殺したかどうか……」
つまり、モルグスタット伯爵を殺したことで位階が上がった、ということになる。
「…………」
このポイントは、すぐには使わないことにした。
考える時間が必要だった。
「……こっち、だよな?」
グロリアの言われたとおりに歩いて行くと、石畳がえぐれて用水路が流れている場所へと出た。
半分崩れた階段を下りていくと、むわっと臭いニオイが立ちこめる。
「ここかよ」
用水路が接している地下道――地下下水道区域。
「うおっ!?」
ばさばさばさと中で何かの気配がした。
「コウモリ……?」
ヒカルは「隠密」関連スキルをすべて使用する。存在が希薄になる。
すると地下水道にいたコウモリやネズミは首をかしげた。
確かにそこに人間がいたはずなのに――。
(変な病気をもらったらヤバイな)
こっそり中へと入る。
下水から流れてくる水はそれほど汚れていない。ただニオイはやはりキツイ。
ローランドの知識をたぐり寄せる。
主要都市においては下水が完備されている。汚物や汚水は街の地下、1箇所に集められる。
そこにいるカオススライムというモンスターが吸収し、水を浄化するのだ。
カオススライムは副産物で硝石や堆肥を吐き出すが、これらは商人によって定期的に回収される。
(ってことはこの水は、カオススライムが吐き出したものか)
ヒカルは水路の脇、申し訳程度に整えられた歩道を進む。ところどころ石が崩れて泥が露出していた。
暗い。
明かりをつけるべきか迷った。小さなランプは午前中に購入している。
いかに「隠密」スキルとはいえ暗闇で明かりを点けたらバレるだろう。
(……行けるところまではこのまま行こう)
そう決めて、そろりそろりと進む。
(それにしてもこんなところに住んでるケルベックとは何者だ? 魔道具師という肩書きだったけど……マジックアイテムを作る男ってことだよな)
そのときだ。
(!)
明かりを持った二人組が後ろから歩いてくる。
「――でよぉ――」
「――マジか? ちょろい仕事――」
二人の話し声が反響している。
お探しのケルベックさんだろうか?
だが、話しかけて友好的な相手ではなさそうだった。
二人組は頬に傷があるような明らかな「ごろつき」だ。
こんな下水道になんの用なのか? 堆肥を回収しに来た商人にも見えない。
いちばん言い得て妙なのは「盗賊」だろう。
ヒカルは急ぎ足で前へと向かった。
道の途中、崩れている場所があって、3メートルほどの奥行きがある。
隠れてやり過ごす?
前へ進む?
考えて――ヒカルは当然「隠れる」を選択した。
崩れた土砂を踏んで奥へと入る。
しゃがむ。息を殺す。
「――依頼人には会えたのか――」
「――今度もいい仕事してくれましたねだとよ――」
「――盗みならもっと楽なんだが――」
「――おいおい、殺しはナシだぞ」
「そりゃわかってる。ボスは大嫌いだからな、血なまぐさいのが」
「違うだろ。殺しは治安捜査が入るからだ」
「ほんとうかあ? ボスは大体――ん?」
「どうした」
ヒカルの少し手前で二人組が足を止める。
「……なんだこの足跡は。小さいな」
ぬかるみのところに残ったのだろう。いかに「隠密」のスキルがあったとしても痕跡を残したら意味がない。
(ふむ、痕跡は気がつくんだな)
これもまたヒカルの実証実験のひとつだった。
自分から離れた「自分」——つまり残留物に対して、「隠密」は影響するのか。
影響しない、が答えだ。
「……最近、ポーンドにも孤児が増えたからな。下水に入り込んだんだろ」
「やっぱそれか……」
すると二人組は、子どもが勝手に入ってきた、くらいにとらえたようだった。
どうせバレないだろうと、大胆な実験ではあったがそれ以前に違う答えを導き出したようだ。
「行こう。ケルベックさんがお待ちかねだ」
「へいへい。ボスは怖いからな」
ヒカルが息を潜めている前を通り過ぎる。
まったくヒカルに気がつく様子もなく。
(今、「ケルベックさん」って言ったな)
ヒカルは、二人組の後をつけた。
今度は「足跡」にも十分気をつけながら。
* *
下水道区域の一角、行政が把握していない居住区画が存在していた。
「あ゛~~~? てめーら、約束の時間に5分遅れてんじゃねえか」
「す、すみません。こいつが途中で女をナンパしたもんで」
「バッ!? なに相棒を売ってんだよ!」
「黙れ、連帯責任だ!」
地下にあるとは思えない上質なテーブル。
行儀なんてクソ食らえとばかりに両足をどんと載せてふんぞり返っている男がいた。
赤い、炎を模した入れ墨が額から右頬、首筋、身体へと走っている。
その向かいには、ヒカルが地下ですれ違った二人組である。
「ま……仕事の内容は、ぼちぼちだな」
男に言われると、二人組はほっとした表情を浮かべる。
「そんじゃあこれで失礼しやす」
「おう。励めよ」
二人組を戸口まで送って、赤い入れ墨の男は振り返り——凍りついた。
「やあ」
「!?」
誰もいないはずの部屋——なのに、自分の執務机に座っている少年がいたのだ。
「誰だ!!!!」
「おっと、物騒なのはナシだよ。僕は丸腰だから」
丸腰——確かに、物腰は完全に素人。武術の類を身につけてはいない。
だが、なかなかよさげな装備を身につけている。
「てめー、どっから入ってきた!」
魔法使いかもしれない。
油断なくダガーを構えた男は、盾になりそうなものを目で探す。
「大丈夫。魔法使いじゃない」
「……気味の悪いガキだ」
「届け物だよ」
「あ゛? そりゃあ、手紙か?」
少年がなにかを差し出した。
一瞬、手紙に見せかけた魔法スクロールか? とも思ったが、そんなフリをする意味がない。魔法ならぶっ放せばお終いだ。
「ん、要らないのか? もらってくれないと困るんだけど」
真面目に困った顔をしている。
そんな少年を最大限警戒している自分がバカらしくなってきた。
「チッ」
ダガーをしまい、大股で少年に近づく。
男は手紙をひったくった。
「あ゛~~? 冒険者ギルドからじゃねえか。――ふうーん。なるほどね」
ざっと手紙を読んだ男は、ちらりと少年に目を向けた。
「てめー、ちょっと話がある」
「どうやってここに入ったか、かな?」
「わかってんなら話ははええ。座れや」
男はテーブルの横のイスを指差す。
「その話、僕になにかメリットがあるの?」
「冒険者ギルドにタレ込むぞ。てめーんとこのガキがうちに侵入したとな」
「やれやれ」
少年は割とおとなしく座った。
「名前は」
「ヒカル。あなたはケルベックで間違いない?」
「そうだ。わかってて手紙渡してきたんじゃねーのかよ」
「誰かに確認したかったんだけど誰も相手をしてくれなくて」
ケルベックは、赤の短髪を刈り上げており、その容貌も「歴戦の傭兵」然としている。
だからこそ自分ににらまれたガキならば、ちびりながら震え上がるのがいつものことだった。
だがこの少年は違う。
「誰も相手しなかっただぁ? ……ちょっと待ってろ」
するとケルベックは立ち上がった。
そして部屋を出る――が、すぐに戻ってくる。
「てめーの言ったことは正しいようだ。ここに来るまでに、部屋は3つ通らなきゃならん。そのすべてに監視が隠れている」
「ふうん?」
「……気づいてねえのかよ。各部屋に監視がついている。俺はな、これでもそこそこ偉いからよ、身を守ってるってわけだ。だが――監視の誰も、てめーに気づいてねえ。どういうことだ?」
「たまたまじゃないかな」
「ふざけたことを……」
ケルベックはだんだん不安になってきた。この少年は得体が知れない。だが、冒険者ギルドの使いで来ていると言う。それは間違いないだろう。手紙の内容が、そうだからだ。
だが——ふつう、冒険者ギルドからの使いならまず入口で手下が問い詰める。そこで怪しければギルドへ情報照会だ。怪しくなくても照会する。
それを「素通り」してここまで来たのだ。
ケルベックはふと、少年の服に気がつく。
「……そうか、その装備だな? ナイトウルフ装備だと思ったが……なるほど、進化した上位種の闇夜狼ってわけだ。気配を消すにはもってこいだもんなあ」
ヒカルはぴくりと眉を動かしていた。
図星らしいな、とケルベックは思う。もちろん、この少年が気配を断つ達人なのだ、なんていう想像はまったくしない。
「てめー、もしやと思ったが、『この件』に一枚噛んでるのか?」
「…………」
ぴらりと見せてきたのはギルドからケルベックに当てられた手紙だ。
その内容は、非常に短い。
『高名なる魔導具師 ケルベック殿
過日、貴殿の製作せし魔導具を手に入れたのだが、起動の方法がわからぬ。
どうか手ほどきを願いたい。』
それだけ、である。
「違うよ。僕は関係ない」
「そうか……」
ふとケルベックは考えるようにした。
「その装備、なかなかのもんだ。だがてめーのすごみは装備じゃねえな。中身だ。このケルベック様を前にしても動じねえ胆力だ」
「そうか。じゃあサインを頼む」
淡々と依頼書を差し出してくるヒカル。
舌打ちをひとつして、ケルベックはそれを受け取る。
さらさらとケルベックがサインをした。そしてポケットからギルドカード――神殿が発行したソウルカードらしい——を取り出すと依頼書に押し当てる。そこがほんのり光を放ったように見えた。本人確認のための名前の認証だ。
これで配達は完了となる。
「じゃあ」
「おいちょっと待て。……てめーは俺がなんだと思ってる?」
「魔導具師——」
と言って、ヒカルはにやりとする。
「——という肩書きも持った、裏組織の幹部かな?」
「…………」
ケルベックは黙りこくった。
それは正解だったからだ。
「さっきの手紙、面白いよね。差出人は『冒険者ギルド』となってる。ギルドを通じて連絡して欲しいんだろ、差出人は。つまり、差出人の匿名性を高めたいわけだ。そんな真似までして送らなきゃいけない手紙は——」
「ヤバイもの、ってわけだ」
「そう。まあ、僕には興味がないんだけど」
「興味はないか?」
「ないね。僕は……日向で生きたほうがいいからね」
「ハッ。どの顔して言いやがる。知っておけ。俺たちは表じゃ『盗賊ギルド』なんて名前で呼ばれてる。だが『盗賊』なんて呼ばれてるが、貧乏人からは盗まねえ」
「そうだろうね。だったら今ごろ僕は問答無用で攻撃されてる」
「なんかあったら俺の名前を出していい。助けてやろう――ま、お代はちょうだいするがな。ギブアンドテイクってやつだ」
「その案件」
ヒカルはテーブルに置かれたままの手紙を指差した。
「相手は貴族じゃないの?」
「……なぜそう思う?」
「冒険者ギルドを窓口にして、ギルドをあごで使えるような存在は貴族だけだと思うからね」
「ふむ。まあ、おおかたそうだろうな。だったらなんだ?」
「僕よりも、助けて欲しいのはあなたのような気がしてね」
さすがにムッとした顔をしたケルベック。
「調子にのんな、ガキが」
「はあ……大人はいつだって僕を子ども扱いする。もう15歳なんだけど」
「それがガキだっつうんだ。もういい、行け」
「はい、はい」
ヒカルは部屋を出て行った。
「……薄気味悪いガキだが……なかなか見所はあるな」
ケルベックはつぶやいた。
地上へ戻ると、実験やらいろいろやっていたせいで時刻は夕方だった。
冒険者ギルドに戻ると、ほとんど冒険者はいない。
「ん?」
ヒカルはすぐに人が少ない理由に気がついた。
「はい、完了しました。今日はもう早く帰って休んでくださいね?」
「この後グロリアちゃんヒマ? どう、夕食――」
「早く帰って休んでくださいね?」
「いや、だから夕食」
「早く帰って休んでくださいね?」
「……はい」
にこやかな顔で同じ言葉を繰り返してくる。
冒険者への思いやりのように見えなくもないところがまたすごい。
そこまで言われると、冒険者もギルドにいづらくなり、早々と退散するようだ。
夕方は、クエストを終えた冒険者が戻ってくることが多いのでグロリアはどんどん処理をしていく。手際がいい。素材の査定も早い。
これだよ、これ。ちゃんと仕事しようと思えばできるじゃないか、とヒカルは機嫌がよくなった。
あっという間にグロリアの前までやってきた。
「次の方――え?」
ヒカルに気づいたグロリアの目が、見開かれた。
* *
(どうしてでしょう……?)
冒険者ギルドはその日の営業を終えた。
鎧戸を閉じたグロリアは考えにふけっている。
(ケルベックさんは盗賊ギルドの顔役。「ポーンド支部長」みたいなものです。そう簡単に会えるわけがありませんし……冒険者ギルドの使いとして地下水路に入ったら、盗賊ギルドの手下に捕まるのがふつう……)
ヒカルが捕まったら、盗賊ギルドは冒険者ギルドに冒険者情報の照会をしてくるだろう。
そこへ、グロリアが乗り込んでいくつもりだった。
受付嬢はギルドの名代として交渉することもあるからだ――特に、ポーンドくらいのギルド規模なら。
盗賊ギルドに捕まった哀れなヒカルは、助けに来てくれたグロリアに恩義を感じる。
そうしたらいろいろ情報を引き出そうと思ったのに。
(どうやってケルベックさんに会ったのでしょうか? 話を聞いても要領を得ませんし……)
ヒカルは「ふつうに会えた」とか「悪いヤツじゃなかった」とか言うだけだった。
ヒカルの後ろに冒険者も並んでいるのでそれ以上は話ができなかった。
(……ますます、気になりますね)
人知れず、グロリアはにこりと微笑んだ。
真っ黒な笑顔だった。