短刀の担当
レビューをいただきました。ありがとうございます。若干不定期になり気味ですが、更新できる範囲で無理なく進めていこうと思います。
ふたりして学院の制服——紺色のジャケットに袖を通す。
ラヴィアは中古の洋服屋をいくつか回って、紺色のジャケットに合いそうなブラウスやスカートを買いそろえていた。新たに仕立てるのはあまりに時間がかかるのだ。それはまた今度やろうと話をした。
チョイスした服が落ち着いたベージュなので、清楚なお嬢様という感じがする。
ふたりそろって家を出るとすぐに学院だ。
(もうちょっと遠いところにしてもよかったかな……通学路って感じがまったくしない)
そんなことを考えているヒカルである。
ラヴィアに自分の境遇を話してから、ずいぶん、心に余裕ができたように感じられる。こうして学校に通うまねごとを、楽しもうとしている自分がいた。
だがしかし。
学院の事務たちはヒカルが来るや対応を任された1名以外はなるべく距離を置くように動き、その1名もふたりに注意事項の書かれた紙束を渡すと3メートルは離れた。
「あのー」
「は、はいっ」
「講義は予約とかないんですか?」
今日からしばらく厄介になる学院だ。
多少の行き違いはあったものの、丁寧に接していこう——と思っていたが、向こうがそうは思ってくれないようである。
「だ、大丈夫です。受講は自由です。研究室の使用は研究計画の提出などが必要ですがそれらはすべてその紙に記載されています」
「あ、そう……」
事務棟を出ると学生たちが三々五々、やってくるのが見える。
「あんまり自由すぎるのもな」
「そうね……研究機関としての側面のほうが強いのかしら」
ふたりはベンチに座って注意事項の書かれた紙を読んだ。これを読むだけで1時間くらいかかりそうだったが、意外と言うべきか、説明は簡素でわかりやすかった。
「僕は小剣の講義を受けてくる。あと……30分ほどであるみたいだ。ラヴィアは?」
「わたしは図書館を確認してから考えるわ」
「それはいいね」
「いいでしょう?」
蔵書数が十分なら、ラヴィアは講義を受けずに本を読みふけってそうな気もする。
一度ラヴィアと別れ、ヒカルは小剣の講義が行われる講義棟へと向かった。
ジャケットを着た若い学生、冒険者然とした男たちなど多様な人材がいるが、ヒカルに特に目を向ける者はいない。ヒカルよりもずっと若い少年少女もいたからだ。彼らは研究者や助手なのだろうか、実験器具のようなものを持っていた。
「講義C棟は……と。地図上だとここだよな」
ずいぶん歩いた。
目の前にあったのは、平屋。
日本にいたら「プレハブ」のようなものだろうか。こぢんまりとした小屋だ。
外壁にはツタが絡みついて、半ば枯れている。
花壇も荒れ放題だ。
ドアをノックするが……返事はない。ドアの上にはかすれた文字で「C棟」と書かれてある。
カギはかかっておらず簡単に開いた。
「うっ」
中から漂ってくる強烈に濃厚な——アルコールのニオイ。
用具室のようなものを改造したのだろうか。100平方メートル程度の広さの空間は、間仕切りもなにもない場所だった。
机や椅子は片隅に詰まれている。
棚や黒板といったものも隅でほこりをかぶっている。
広々と開けられた中央の空間には——絨毯が敷かれてあった。
ヒカルの足下に、ブーツが1足、転がっていた。
その少し先にもう1足。
その先に、カーディガン。
その先に、タイツ。
その先に、スカート。
その先に、シャツ。
「ぐぅ、すぴ——」
敷物を何枚も重ねたところに、うつ伏せで眠っている——下着だけを身につけた女がいた。
ヒカルは一度、建物を出た。
ドアの上に掲げられたプレートを再度確認する。文字はかすれているが「C棟」で間違いない。
講義表を確認する。「小剣講義 C棟」と書かれている。よくよく見てみると「C棟」での講義は他に1つも入っておらずヒカルの不安をかきたててくれるのだが、小剣の講義がここで行われるという点については間違いがない。
もう一度建物に入る。ドアを開けたままだ。室内には魔導ランプが1つ点っているきりで、暗すぎる。
「すやぁ」
女はめっちゃ寝ている。
うつ伏せだが顔は横を向いているので横顔だけはわかる。
化粧をしているためにきつそうな印象を受ける。年の頃は20代後半だろうか。
赤灰色のロングヘアーを後ろでぐるぐるにまとめてアップにしている。この髪の毛が邪魔で仰向けでは眠れないのかもしれない。
ブラジャーとパンツの色は紫だ。標準的な肉付きで、腰のくびれはなかなか見事。
こんな状態でなければ欲情したかもしれないが——泥酔して爆睡とはなんとも残念だ。
「……にしても先生どころか生徒はまだ誰も来てないのか? まさか、こいつも小剣を習っている生徒とか?」
いやーな予感がする。
いずれにせよ講義の邪魔だからどけておくべきだろう。このC棟がやたら生活感あふれる内装になっているのは気になるが——。
「おい、起き——あのー、起きてください」
あらぬ誤解を受けたくないので近寄らずに声をかける。だが、まったく起きる気配がない。
「…………」
ヒカルは一度外へ出た。
まだ他の生徒も先生も来ない。というか誰も通りがからない。ここは他の棟の死角になっている場所だからだろうか。
ヒカルは小豆程度の石を2つ拾った。
「起きないなら考えがあるぞ」
入口に立って、小石を2つ、人差し指と中指、中指と薬指の間に挟む。
「『投擲』10の威力——思い知れ」
華麗なフォームで投げた小石は、吸い込まれるように女の鼻の穴にそれぞれ収まった。
「——ふごっ!? ……ごっ、ふごっ!? ——ぶはああっ!」
女が跳ね起きた。
「な、なに、なんなの!? 鼻がおかしい、感覚がない! ——ってなによこれ!? 鼻になんか詰まってる!」
そのときにはすでにヒカルは建物の外にいた。
女性が鼻の穴から小石を取り出すところは見たいとも思わない。
5分ほどしてからノックをして中へと入る。
「…………」
女は、寝ていた。
その横にはちり紙に包まれたなにかが転がっている。
「……ほう。まだ『投擲』10を味わい足りないと?」
ヒカルは再度小石を拾った。
そのやりとりがあと3回繰り返されて、ようやくヒカルがノックをすると、
「……はい」
という死んだような声が聞こえてきた。
中に入ると、とりあえず敷物のひとつをはがしてくるまっただけの女が、げっそりした顔でヒカルを見ていた。
「誰よ、アンタ……」
「ここで小剣の講義があるはずなんですが」
「ないわよ」
「ないということはないと思います。講義表に書いてあるし」
「中止」
「……は?」
「中止に……したから……あ、ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ、ちょっと君、なにかバケツ、うぷっ、ばけ、バケツ持ってき——」
ヒカルはもう一度外に出てドアを閉め、耳を塞いだ。
女のブーツが1足、犠牲になった。
「……あの女が、小剣の担当教官?」
事ここに至ってヒカルはようやく、なにか間違っていることが起きていると気がついて——というか薄々感づいていたけれどもその可能性を信じたくなくて無視していた——事務棟に戻った。
そして事務員に聞くと、「その酔っ払いが小剣担当教官ミルクレープ=ヴァン=クァッドです」という返答だったのだ。
事務員がウソをつくことはないだろうが、「それ以上は本人に聞いてください」と頑なに言われるので、仕方なくヒカルはC棟に戻った。
近寄りたくはないがソウルボードを確認すれば名前はわかる。
「……アンタ、あたしを置いて逃げ出したヤツ」
C棟の前には、一応服を着て、ブーツではなくサンダルを履いたミルクレープらしき女がいた。口には試験管のようなものをくわえている。
「あれは僕が取り得る最善の策だったと思いますが」
「ちょっとしゃべんないで。頭に響く」
理不尽なことを言ってくる。
「あー……効いてきた。やっぱ薬学の連中が開発してる『二日酔いキラー』は最高ね」
本来は解毒薬製造の一環として生成される、新陳代謝を活発にする薬品なのだが、そんなことは彼女にとって関係なかった。
「そろそろお話をうかがっても?」
「あー、はいはい、薄情くん。なに?」
「……あなたが小剣担当教官のミルクレープ=ヴァン=クァッド?」
「その名前キライ」
「は?」
「ミルクレープとか可愛らしすぎると思わない? そんな名前が通じるのは5歳までよ。あたしのことはミレイと呼んで」
「はあ……」
「それで? あたしが小剣担当だったらなんなの? 今どき誰も受講しないとバカにしに来た? バカにするまでもなくあたしが就任してからこの2年、誰も受講しにきてないわよ! ナメないでよね!」
「お怒りのところ恐縮ですが、受講しに来ました」
「……は?」
今度はミルクレープ——ミレイがきょとんとする番だった。
【ソウルボード】ミルクレープ=ヴァン=クァッド
年齢22 位階25
24
【生命力】
【免疫】
【毒素免疫】1
【知覚鋭敏】
【聴覚】1
【筋力】
【武装習熟】
【小剣】3
【投擲】1
【敏捷性】
【隠密】
【生命遮断】1
【知覚遮断】2
【器用さ】
【器用さ】3
【直感】
【直感】2
認めたくない気持ちが強かったが、本物のミルクレープ=ヴァン=クァッドである。
色っぽくない下着姿ってあるよね・・





