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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第1章 「隠密」とスキルツリーで異世界を生きよう
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初期装備の調達

 ヒカルはジルにいくつか質問をした。そのうちの1つが、冒険初心者向けの素泊まりの宿について、だ。

 冒険者ギルドカードを見せると、ぶっきらぼうな店員が、


「1泊、100ギラン」


 とそれだけ言う。銀貨を1枚差し出して、宿泊場所である2階へと向かう。

 だだっ広い板敷きの部屋に、むしろが敷いてある。そこに寝転がれというのだろう。

 ヒカル以外には数人の冒険者がいたが、若いか、うさんくさいかのどちらかだ。

 元々の知り合い同士以外、そもそも会話が発生していないが、「隠密」を発動しているヒカルに気づいている人間はいない。

 ヒカルとしても、同い年の冒険者と話が合う気もしなかったし、うさんくさい連中はもってのほかだ。

 焼きそばで十分腹がふくれたヒカルはそのまま寝た。


 残:19890ギラン




 素泊まり宿の片隅で目が覚めた。

 身体のあちこちが固い気がする。腹がふくれたせいで、急に身体が痛みを訴えだした気がする。

 そんなことを考えると腹が減ってくる。

 ヒカルは宿の1階に下りて外へと出た。

「隠密」はオフにしているのに、カウンターの向こうのぶっきらぼうな店員はこちらを見ることもない。

 まったく、ヒカル好みの宿だった。


 昨晩、焼きそばをくれたおじさんの屋台がいいと思ったけれど、屋台は出ていなかった。まだ、時間的に早いのかもしれない。

 早い時間は早い時間で違った種類の屋台が出ている。

 果物。サンドイッチ。揚げパン。ラーメンのようなもの。ジュース。


「こっちの世界にもあるんだな」


 中でもヒカルはホットドッグに惹かれた。黒っぽいパンを半分に割って、ソーセージを載せたもの。

 人差し指を1本出して要求する。


「おう、坊や。1本30ギランだ」


 筋骨隆々の、冒険者でもやったほうがいいんじゃないかという屋台の男――20代後半の男は、手際よくさささとソーセージを挟み込んで差し出してくる。


「あむっ」


 どうだ? 美味いだろう? 美味いだろう? という顔でホットドッグ店主がこっちを見ている。


「…………」


 ヒカルの表情が変わる。無表情になる。


(なんだろう……このコレジャナイ感は……)


 ソーセージはぷりっぷりで、パンは固いもののそこまで気にはならない。

 だが問題は、ソースだ。

 なんで甘くて青臭い? 誰得だよこれ?


「……ホットドッグはケチャップだよなあ……」


 ぽつりとつぶやきながらヒカルは去っていくのを、ホットドッグ店主は呆然として見送った。

 てっきり「うまい!」と子どもらしく喜ぶだろうと思っていたのに。


「んだよ、あいつは……。だが、なんか言ってたよな……ケチャップ? ソースのことか……?」


 店主も店主でぶつぶつとなにか言いながら考え込んだ。




 ヒカルは街をぶらぶらしながら頭の中に地図を作っていった。

 しばらくこの街で厄介になることは間違いない。

 すると、冒険者ギルドへと通りがかった。早朝は人が少ないようだ。


「……なんだ?」


 だがカウンターにはジルがいて、突っ伏していた。


「寝てるのか? ……ま、いいか」


 今日は装備品の調達のほうが先なので、依頼のチェックは後回しにしようと思っていた。

 ――と、ジルがむくりと起き上がった。


「ヒカルくん!? 来たのね!?」

「え?」


 僕?

 なに?


「あ、あの、あのね、その――」


 ジルはなにかを言い淀んでいる。

 なんだか面倒な気配を感じたヒカルは、


「おはようございます」


 と挨拶して、回れ右して出て行こうと思っていた。

 が、これがやぶ蛇だった。


「……ふふ、そうね。おはよう、ヒカルくん」


 にっこりとジルが笑ってみせたのだ。


(ヤバイな……これ。正直あんまり関わり合いになりたくない人だけど、美人には違いないもんな。美人に笑顔を向けられると破壊力がすごい)


 ギルド内にいた数人がざわついている。


「おい、今ジルちゃん……」

「笑った! 笑ったよな!?」

「あのガキなにもんだよ!?」


 と。

 ジルは落ち着いたのか、ヒカルに言う。


「ありがとう。また来てくれて。来てくれないかと思った……」

「なぜ?」

「……そ、それは、アタシがいろいろ冷たくしちゃったから……」

「ああ」


 自覚があるならそんな態度取らなきゃいいのに。

 とは思うものの、


「別に。受付嬢がどんな対応をしようと冒険者ギルドに用事はあるので何度も来るよ」

「……ヒカルくん。あなた生意気って言われない?」


 ヒカルは肩をすくめてみせた。


「依頼を受けていく?」

「いや、その前に装備を調えるから――あ、そうだ。ちょっと聞きたかったんだ」

「なに?」

「どうして昨日からそんなに態度が変わった?」

「…………」


 予想外の質問だったのか、


「……そ、そんなこと聞いてどうすんのよ」

「謝罪をするなら理由くらい聞いておきたいだろ」

「……ま、まあ、言うなれば――忙しさや自分の大変さを盾に、相手に八つ当たりしてはいけないってことに気づいたからかしら」


 それは人間として当たり前では?

 と思いながらもわざわざヒカルは言ったりもしない。


「そうか。わかった」

「あとはあなたの行動には裏が感じられないから、かな」

「……裏?」


 ヒカルとしても考えもしなかった言葉が続いてきた。


「他の男はね、アタシを落とそうとか、なんとか自分の女にしようとか、そういう下心が見え見えなの。女が相手だともっと面倒で、冒険者に色目使ってんじゃねーとか、自分が可愛いとか勘違いしてんじゃねーよとか、そういう陰湿な心が見え隠れするの」

「…………」


 なにそれ怖い、とヒカルは思う。


「でもあなたにそういうところはないでしょう? 正直だし、ウソはつかないし……依頼の受諾も真面目に考えたみたいだし、もちろんラッキーもあっただろうけど、必要な情報をちゃんと集めて適切な方法で微光毒草を採取した。そんなに謙虚な人、初めて見たわ」

「それは持ち上げすぎだ」


 職業一覧を見れば真っ黒な職業が並んでいるのだから。

 少なくともこれからも人を殺すことはあるだろう。「隠密」やら「暗殺」やらいうスキルは、どうしたって後ろ暗いことに向いているんだから。


「アタシ、これでも人を見る目はあると思うわ」

「そうか? それなら初対面から優しくして欲しいものだ」

「……それはごめんって! もう勘弁してよぉ」


 参ったようなジルに、思わずヒカルはにやりとしてしまう。


「それにしても……だいぶ疲れているようだけど」

「ああ……」


 どよん、とジルの周りに暗雲が垂れ込めた。


「……受付嬢は4人いるのよ」

「4人? 他の3人は?」

「1人はギルドのサブマスターといっしょに王都へ出張中。1人は年に1度の帰省中。1人は……一昨日から風邪ひいたとかでね……」

「なるほどね。だからそんなに憔悴しているのか」


 少しだけジルに同情したヒカルだった。


「ヒカルくんだってシビリアンなんだから無理はしないようにね? アタシはお昼で今日の仕事は終わるから、明日、よさそうな依頼を見繕ってあげる」

「はあ」

「はあ、じゃないの。新米冒険者にとっては『美味しそう』な依頼でも、受付のプロであるアタシからしたら『罠』みたいな依頼は一杯あるんだからね」

「『微光毒草納品依頼』とか?」

「…………」


 ぷくーっとふくれて涙目になってこっちをにらんでいる。

 どうやらかなり反省しているらしい。


「えーっと……なんかごめん」

「……もういいわ。それで、ギルドのことについて知りたいことはもうない?」

「大丈夫」


 と言って、ヒカルは一瞬考えた。


「……ギルドのことじゃないけど、いいかな」

「なに?」

「街中でちらりと聞いたんだ。なんでも偉い人が殺された、とか? それって大きな事件なんじゃないのか」

「!」


 明らかにわかるほどにジルの表情に驚愕が走る。


「……ヒカルくん。その話は極秘中の極秘よ。ごく少数の人間しか知らないこと。どこで聞いた?」


 まずいな、とヒカルは思う。想定以上にモルグスタット伯爵の死は隠蔽されているらしい。


「あんまり腹が減ってフラフラしていたときだったから記憶がぼんやりしている。でも、それほどに隠されている情報が冒険者ギルドの受付嬢にまで来ているということは、冒険者が絡んでいるのか?」

「それはないわ」


 おや……かなり明確な否定だ。


「冒険者ギルドに来たのは情報照会。かなり高度の暗殺に関わる『職業』持ちの冒険者がいないか、調べてくれって。アタシがその暗殺情報を知っているのは情報照会で手伝わされたからってだけ。たまたまよ。ま、先方も『どうせいないだろう』って感じで期待してなかったみたい――ってなんでそんなことまでヒカルくんに話さないといけないのよ」

「勝手に話しただけだろう……」


 ふむ。

 やはりこちらに疑いは来ていないようだ。


 安心する気持ちははっきりとあったけれど、それをジルの目の前で見せるほどヒカルはバカじゃない。


「わかった。ありがとう」

「……余計なことに首は突っ込まないように。長生きする冒険者の鉄則よ」

「はい、はい」

「『はい』は1回」

「じゃあな」

「ちょっと!」


 片手を挙げてヒカルは冒険者ギルドを出た。

 すでに「首を突っ込む」どころか「当事者」だとは言えるはずもない。




 ギルドを出たヒカルはまず生活必需品をそろえた。

 替えの下着。石けん。手ぬぐい。歯ブラシ。火打ち石。ロープ。それらを入れるリュックサック。

 全部合わせて500ギランだった。


「えーと……防具はここ、か」


 ローランドの服をいい加減替えたかったので、まず防具を買いに来た。

 ここの場所は昨日ジルから聞いていた。

「ドドロノ防具工房」――ドドロノ、というのは工房の主の名前らしい。この世界では自分の名前を工房名にするのが一般的だった。


「うわ」


 中に入ると、驚いた。

 マネキンのような木の見本に飾られている服は、どれもこれもフリルのついたドレッシーなものばかりだったのだ。

 ゴスロリっぽいものまである。

 これはかなりハイセンスな店主がやっているに違いない……。


「いらっしゃ~い」


 奥から聞こえてきた――野太い、だみ声。


「よーう来てくれたのぅ! ワシの工房へ!」


 ドワーフだった。

 長いちりちりのヒゲを三つ編みにしてたりするけど、ドワーフ♂だった。


「…………」


 ぽかん、としてしまう。

 ドワーフだぞ? 鍛冶で有名なドワーフだぞ? 酒飲んでハイホーとか歌うドワーフだぞ?


 なにドレス縫ってんの?


「ほう、今お前さん、ワシをこう思ったな? ドワーフのくせに……と」

「あ、い、いえ」

「正直に言え!」


 どん、と足を踏みならしたドドロノは、ニカーッと笑った。


「ドワーフのくせに『趣味が良すぎ』とぉ! このぉ! 正直なヤツじゃのぉ! 正直者は嫌いじゃないぞぉ!」


 めっちゃポジティブな人だった。

 ヒカルは、ドドロノに聞かれるままに予算を答え、服を見繕ってもらった――。




「似合っておる!」

「……はあ」

「ぐふふふ! ワシのオシャレコーデが炸裂したのう!」

「とりあえず、ありがとうございます」

「とりあえずとはなんだとりあえずとはぁ!」


 会計を終えてヒカルは「ドドロノ防具工房」を出た。防具と言いながらドレスばかりじゃん、と最初思ったが、あれらドレスはモンスター素材をふんだんに使っており、鉄製の防具よりもはるかに硬度があるという。

 そんなヒカルは、ドドロノの勧めでこんなものを購入し、装備していた。


・ナイトウルフのツナギ……漆黒のナイトウルフの毛皮をなめしたツナギ。強度はそこそこだが軽い。他人に気配を感じさせない効果があるが、真っ黒なので直射日光はきつい。

・ナイトウルフのブーツ……同上。靴ひもに銀糸をまぶしてあるのがドドロノ流のオシャレ。

・マント(布製)……直射日光を弾くためのマント。フード付き。


 サイズの調整などすべて込み込みで9,500ギランだった。

 これらの装備品としては破格らしい。

 というのも、ドドロノは腕こそ一流だがやはり「ドワーフなのになんで鍛冶じゃないんだよ」という偏見があり、店が流行っていないらしいのだ。

 だから安めの素材を仕入れて、安く売ることで、駈け出しの冒険者を相手に商売しているらしい。

 とはいえそんな駈け出したちも、やはり「ドワーフじゃないちゃんとした人に見てもらいたいよな」と、ある程度稼ぐようになるとドドロノの店を離れていくのだとか。


「成長したよなぁ、あいつらも!」


 ドドロノはニカーッとしていたが、どこか寂しそうだった。


 で、それまで着ていたローランドの服はたたんでリュックにしまった。

 これで見た目も完全にローランドを卒業した。

 もったいない気もしたがこの服から足がつく恐れもある。

 ゴミの焼却場を見つけ、そこで燃やしてきた。もちろん近所の住民がいたが「隠密」を発揮していけば誰にも気づかれなかった。

 ローランドが残してくれたものは、この身体ひとつになった。


 その足でヒカルは鍛冶屋へ向かう。武器を買うためだ。護身用としても必要だし、「冒険者と言ったらやっぱり武器」と思うのは仕方ないだろう。

 やってきたのは「レニウッド武器工房」だ。

 工房に備え付けられた煙突からもうもうと煙が上がっている。


「おー」


 店に入ると、壁一杯に長剣が掛けられてある。金属鎧の見本もある。京都で売ってる木刀みたいにワゴンセールになっているものまであった。


「ぃらっせい! 初見のお客さんだねえ!」


 やたらイナセな人物が奥から出てきて、ヒカルはまたも凍りついた。


「鍛冶は芸術、芸術は、腕力だねぃ!」


 腕まくりしているのはやせっぽちの男――というかエルフ♂だった。

 耳、とんがってるし。

 金髪だし。目が緑だし。


「俺はお客が若いからって差別なんかしねぃよ! どうだい、このクレイモア……ほれぼれするだろう? なんと加護までかかっていて補正効果があるんだ」


 お、それはすごい!

 ヒカルは壁に掛かったクレイモアを見つめた。

 両手剣。刃渡りは1メートルほどはあるか。ヒカルには使えないが、補正効果まであるなら相当の業物だろう。


「精霊魔法にプラスの補正がかかるんだぜぃ!」

「…………」


 え? と思わず聞き返しそうになった。

 精霊魔法? クレイモア……物理攻撃だよな?


「お次はこちら、鋼鉄製のロングボウ。こいつにも補正効果があってな――」


 エルフは胸を張った。


「矢を撃った直後、涼しい風が吹く!」

「…………」


 無駄、というか無意味補正だった。


「どんな意味があるのか、という顔をしているじゃあねぇかい?」


 いえ、意味はないと思っています――とはさすがに言えない。


「なんと……撃ったあと、涼しい!」


 やっぱり意味はなかった! ひょっとしたら矢になんか影響が……とか思ってしまった自分が恥ずかしい!


「――その装備、ドドロノだね?」

「あ、えーと、はい」


 不意に真面目くさった顔でエルフは言った。


「そう。それじゃあギルドの紹介……ジルくんの紹介か。ならば相応のものを用意せねばならないね。――僕はレニウッド=マル=エウォラ。君は?」

「ヒカル」

「ヒカルくんか! いいものがあるぞぉ!」


 こうして、ドドロノのところと同じように向こうのペースで武器を選んでもらった。


・腕力の短刀……5,000ギラン。身のこなしが必要な者に好まれる短刀だが、なぜか腕力を向上させる加護がかかっている。刃渡りは25センチ。殺傷能力というより日常での使用に重宝しそうなナイフだ。


 この武器を選んだのは「隠密」があるヒカルにとって、接近することはそう苦ではないことがわかっていたからだ。

 ならば、近距離でも強い武器がいい。

 ちなみに予算的にも厳しかった。

 他の武器は安くとも1万ギランを超えていたからだ。


 昨日稼いだ20,000ギランだったが、あっという間に4,860ギランにまで減った。

 とは言ってもこれでヒカルの装備はそろったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「アタシ、これでも人を見る目はあると思うわ」 登録しに来た初対面の人にあんな態度とってこの発言ww 馬鹿だとしか思えない(^^)
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