表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/415

巨人の最期

 足下ではドォン、ドォォンという音が聞こえる。それとともに足裏からは震動が伝わってくる。

 巨人が暴れているのだ。

 土をえぐり、足場を作り、登ってこようとしている。

 橋から落ちたことによるダメージは少ないようだ。

 ヒカルはカバンからビロードにくるまれた「聖魔球」を取り出す。


『ヴォォオオオオオオオ!!!!!』


 鼓膜を持ってかれそうな叫び声に、ヒカルは顔をしかめる。


「やっぱりコイツ(・・・)が目当てか」


 古代ポエルンシニア王朝のテクノロジー。そのカギは「聖魔」という存在にある。

 ヒカルの推測では「聖魔」とやらは「電気」に近いなにかだ。「リヴォルヴァー」のように「地球にあった」武器を思えば、この世界にやってきた地球人が現代科学を再現しようとしただろうことは容易に思いつく。

 であれば「聖魔球」とはなにか——聖魔、つまり電気を封じ込めている「電池」。

 いや、もっとすさまじいものだ。

 なにせ、王城全体の聖魔を供給していたのはこの「聖魔球」なのだから。


 先ほど、宝物庫は明るかった。しかし巨人の襲撃後、ラヴィアとふたりで宝物庫を出たときには暗くなっていた。つい直前まで明るかったのに。

 いきなり明かりの供給源が途絶えた——のだとしたら、それはヒカルが「聖魔球」を持ち出したタイミングでは、と考えるのは自然だろう。

 リヴォルヴァーを手にしたあたりではまだ明るかったので、「聖魔球」をカバンに突っ込んで、少しの間は聖魔が残っていたということになる。


 そして巨人だ。

 巨人は「隠密」状態のはずのヒカルを襲った——と思っていたが、巨人の目的が「聖魔球」であれば話は違う。宝物庫は中の存在を遮断していたのかもしれない。ヒカルが扉を開けたことによって巨人は「聖魔球」の位置を把握した。そして同時に、「聖魔球」に近づく何者かの存在——ヒカルにも気がついた。

 そうして、足音を立てないよう慎重に襲ってきたのだろう。

 その後は「聖魔球」があるせいでヒカルの「集団遮断」がうまく機能しなかった。巨人にとっては魔導ランプ以上に煌々とした明かりを「聖魔球」が放っていたのだ。


「お前の目的はこれだろ?」


「聖魔球」はエネルギーの塊。

 なぜ巨人がこれを狙うのかはわからない。だが、これを手放せばおそらく巨人の追跡はなくなる——それがヒカルの推測だ。

 あるいはなくならなくてもいい。「聖魔球」さえ手放せば「隠密」状態に戻れるはずだ。


「ラヴィア——離れてて」

「はい」


 ラヴィアはヒカルから20メートルほど離れたところで止まった。

 ヒカルはそれを確認すると、いまだに暴れている巨人に向かって、ビロードを解いて見せた。

 中から現れた四角い物体。相変わらず火花のようなものが中で散っている。

「聖魔()」という名前のくせに、四角いアレだ。


(電気を生み出すもの……まさか原子力発電とかじゃないよな?)


 そんなものを持ち歩いていたら被曝したというレベルではない。

 ヒカルはビロードごと、「聖魔球」を巨人に向かって放り投げた。

 ふわりとビロードが宙を流れ、「聖魔球」は放物線を描いて落ちていく。


 巨人の首がぐるりと動く。

「聖魔球」へと視線を向ける。


「——ま、返すとは言ってないからな?」


 ヒカルはリヴォルヴァーを構えていた。

 そして「聖魔球」に向かって引き金を引いた。



   *   *



 ルートハバードの冒険者ギルドはいつもより静かだった。というより、冷ややかな空気が流れていた。


「——これだけの冒険者がいながら! 誰ひとりとしてワシとともに『古代神民の地下街』にゆこうという者はおらんのか! 報酬ははずむと言っているッ」


 ガフラスティが金の入った革袋を拳を振り上げた。

 だが冒険者たちの反応は悪い。

 それは、先ほどガフラスティとランクC冒険者たちとのやりとりをみんな見ていたからだ。


「——金もらったって命は捨てられねえよなあ」

「——ランクC冒険者が本気で嫌がってたもんな」

「——新手のモンスターが出たんだろ? ランクCですら反応できないほどの動きで……なんだっけ、地図を奪ったんだっけ?」

「——奪った地図を放置してどこかに消えたってのも気になるよな。知性の高いモンスターはやりにくいからよぉ」


「隠密」で近寄り、ガフラスティのファイルを少々拝借した少年冒険者は、いつの間にか「新手のモンスター」という扱いを受けていた。

 そのせいもあって、ガフラスティと組んでいたランクC冒険者たちはダンジョンに潜るのを断ったらしい。

 ガフラスティは、臆病風に吹かれた冒険者たちが気に入らない。


「金か! 金が足りんのか——」

「バルブス卿」


 影のようにガフラスティの後ろに立っていたアグレイアが、彼の腕をそっと叩いた。


「外に出ましょう。なにか妙な——気配がします」

「!」


 ガフラスティはアグレイアの「勘」を信用していた。

 それを聞くや冒険者ギルドから外に飛び出す。

 彼が気にしているのはあくまでも「古代神民の地下街」だけだ。ダンジョンの方角を見やる——と。

 まだ、日が暮れるには早い時間。

 つまり空は十分に明るい。

 にもかかわらず——空へと駈け上っていく龍のような稲妻が、彼の目からは見えた。


「……な、な」


 なにかが起きた(・・・・・・・)

 それだけは間違いない。


「行くぞアグレイア!」

「はっ」


 ふたりは冒険者も連れず、ダンジョン入口へと向かった。



   *   *



「う……クソッ……なんなんだよ、あれは…………」


 砂埃にまみれたヒカルは、よろよろと立ち上がった。


「ヒカル!」

「ラヴィア……ここだ。大丈夫か?」

「ヒカルこそ大丈夫なの?」


 まだまだひどい砂埃が舞っているが、ラヴィアが駈けてきた。

 その間に肉体を確認する。あちこち触れてみるが、痛みはあるものの骨の折れている箇所はなさそうだ。

 やがて砂埃が収まってくる。


「…………」

「…………」


 ふたりは唖然として、その光景を見ていた。


 濠は半壊し、すり鉢状に凹んでいた。

 王城の外壁も同様で、巨人が破壊した建物と合わせてほとんどが崩れ落ちている。


「……すさまじいな」


 ヒカルは先ほどのことを思い返す。

 リヴォルバーから発せられた弾丸は、神性を感じさせるほどに清らかな光だった。

 それは、ある意味想定範囲内だった。これまで発せられた弾丸の内容は「氷(水)」「岩(土)」「火」「雷(風)」の4種類。弾丸の数は6つ。となると——残りは「聖」「邪」の2種類だろうと思っていた。


 だがその先は想定外だった。

 弾丸は「聖魔球」を砕いた。

 瞬間、太い電流が——あの小さな塊のどこに入っていたのか——噴出した。

 その勢いは止まらない。滝のように流れ出す。その電流はとぐろを巻いて巨人を包み込むや、巨人を破壊した。

 このときヒカルは魂の位階が上がったのを感じたが、それどころではない。

 電流は膨張していった。

 ヒカルが全力で走り出すと、ラヴィアもそれにならって逃げ出した。


 カッ——。


 爆発的な光。

 周囲が白く染まり、目を開けていられなくなる。

 爆風によってヒカルは吹っ飛ばされ、地面を転がっていく。

 白の世界の中で、龍が空を上っていくように見えた。



 ————よくぞ封印を解いた。矮小なる異世界人よ————



 そんな声がちらりと聞こえた気がした。


「ラヴィア……さっき龍が……なにか言っていたのを聞いた?」

「? 龍?」


 ラヴィアはまったくわからない、というふうに首をかしげた。


「いや……そうか。僕の気のせいかもしれない」


 気のせいではない。だけれど話すにはまだ早い——自分がこの世界の人間ではないということは。


「! ヒカル……!」


 ラヴィアが声を震わせた。

 見ると、先ほどまで隠れていたアンデッドがぞろぞろと出てきたのだ。


「魔導ランプ、切って!」

「はいっ」


 周囲が暗くなる。ラヴィアが身を寄せてくるのでヒカルは彼女を抱き寄せ「集団遮断」を発動する——のだが、彼らはヒカルたちには目もくれず、一箇所に向かって歩いていく。


(……肉眼で見える?)


 魔導ランプを切っているというのに建物の様子がわかることに気がついた。

 見上げた空——地下街の天井。

 そこに白い穴が穿たれていた。

 先ほどの龍が走っていったときに空けたのだろう。

 あまりに高い場所なので光量は少なかったが、真っ暗闇に比べればはるかに見えやすい。


 アンデッドたちはぞろぞろとやってくる。街から。崩れた王城から。

 彼らは一箇所に集まった——クレーターの縁に沿って。

 立ち止まったアンデッドはただじっと見下ろしている。その先にあるのは「聖魔球」——いや、


(……巨人、か)


 自分たちをアンデッドに変えた巨人を見下ろしているのだ。


(巨人のあの腐敗攻撃……物陰に隠れたことで僕らは回避できた。でも王城内にいた人間たちや街にいた人間もみんながみんな、アンデッド化しているんだよな。街に巨人がやってきたような形跡はないのに……)


 ヒカルは推測を巡らせる。


(ということは……巨人は地下街全員を、問答無用でアンデッド化するパワーを持っていた——が、その攻撃は1度限りの手段だった? あるいは、巨人を使役するさらに高位の存在がいた……?)


 小さく首を横に振る。


(考えるだけ無駄か。所詮、6世紀も前の出来事だ)


 ふたり、無言でアンデッドたちを見つめる。

 クレーターの周囲に集まるアンデッド。十重二十重(とえはたえ)に集まった彼らは——静かにただ、見つめていた。

 死してなお、恨みがあるのか。

 あるいは——巨人に、巨人を創った何者かに、言いたいことがあるのか。


 光射すクレーターの一角は、志半ばで倒れた聖人に、哀悼を捧げる信者たちのようですらあった。


「行こう、ラヴィア」

「……はい」


 王城の残骸に背を向けて歩き出す。

 街を歩いていくと、アンデッドたちとすれ違う。彼らは一様にクレーターへと向かっており、「集団遮断」を発動したヒカルたちには一切気づかない。

 そしてダークスライムなどの人間とは違うモンスターは、なりを潜めていた。ヒカルの「魔力探知」にも引っかからない。


 歩き出して2時間ほど経ってから、ヒカルは言った。

 もうアンデッドたちとすれ違うことすらなくなっていた。


「……まずいな」


 空気がたわむような感覚があった。

 どこかでズズズゥンという音が鳴っていた。


「なにが……?」

「ここ、崩れるかもしれない」

「え!?」


 龍が穴を空けたことが悪かったのかもしれないし、ヒカルが「聖魔球」を持ち出したこと——破壊したことが悪かったのかもしれない。

 理由はともあれ、どこか遠くでなにかが崩れる音がする。その音が連続している。

 つまり、天井が落ちてくるのだ。


「急ぐぞ」

「——は、はいっ」


 疲れた身体にムチ打って、ふたりは走った。ラヴィアがあまりにつらそうだったのでこっそり「スタミナ」に1振ると、明らかに彼女の元気が増した。

 ふたりがダンジョンの入口——民家のひとつに戻ったころには、はっきりと、崩壊の音が聞こえていた。

 幸い崩壊は王城方面からだ。

 ヒカルは「魔力探知」で周囲を探るが人間——冒険者はいないようだ。同時期に潜っている冒険者は当然いただろうが、ここまでわかりやすく「異常事態」が発生しているとさすがに逃げ出すのだろう。


 霊廟へと続く細い通路にラヴィアが入り、ヒカルもそれに続こうとした。

 最後にヒカルは振り返る。


「ヒカル?」

「……僕は、ダンジョンを踏破すればいろいろなことがわかると思ってた。あらゆる謎が解けて、莫大な財宝を手に入れられる。それこそがダンジョン攻略の醍醐味なんだろうって」


 ドォォン、という崩壊の音はかなり近くに迫っていた。

 手をついた壁から振動が伝わってくる。


「でも、まったくそんなことはないんだな……あの巨人は意味不明だし、聖魔とかいう謎テクノロジーまであった。挙げ句の果てにはダンジョン崩壊だ」

「……そうね。わたしも、冒険物語で読んだものとはまったく違うって思った」


 ヒカルはダンジョンに背を向けて、通路に足を踏み入れる。

 数段上がったところのラヴィアと視線がぶつかる。


「ラヴィア」

「なにかしら?」

「風呂に入りたい」

「……はい?」

「久しぶりに、湯船にお湯を張ってゆっくり風呂に浸かりたい……身体がどろどろだよ」


 ラヴィアは柔らかく笑った。


「ヒカルって、たまに贅沢なことを言うわ」

「いっしょに入ろうか、お風呂?」

「……バカ」


 ラヴィアはぷいっと前を向いて歩き出した。


「怒った? だったらごめん」

「急がないと、この通路だってつぶれるかもしれないわ」

「おっと、それもそうだな」

「……つぶれたらお風呂に入れなくなるじゃない」

「え? 今なんて?」

「急ぎましょう」

「ちょっ、ラヴィア。待って待って」


 ふたりが霊廟へ到着した直後だった。

 ダンジョンへと続く通路から強烈な風が吹いてきた——おそらく、入口が塞がれたのだろう。

 こうしてヒカルにとっての、初めてのダンジョン攻略は終わった。

次回、リザルトっぽいもの


「狙撃」を上げなかったのは「暗殺」と同じく「隠密状態」であることが威力発揮の条件だったので。

すみません、この辺について早めに書いておくべきでした。「投擲」の能力とかも。

これらは次回か、次々回あたりに入れたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ