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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第1章 「隠密」とスキルツリーで異世界を生きよう
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依頼の達成

 掲示板を見に行くと、特殊な魔法による加工が施された紙片が貼り付けられてあった。

 冒険者ギルドに寄せられた数々の依頼である。

 ちなみに「依頼」は「クエスト」とも言い、仕事の内容によって使い分けられていた。



【プラントハンター】

 【微光毒草収集】……初心者も可。ある限り微光毒草を納品して欲しい。

 【報酬】……基本報酬200ギラン



「これかな」


 戦闘系のクエストは難しいだろうと思っていた。

 とにかくこちらの世界に慣れることを優先したい。

 ならば無難に納品系のクエストがいい。


 依頼の用紙を手に取ると、ギルドカードを近づけた。

 用紙は小さく光を発すると空中に溶けるように消えた。


「……すごい技術だな。電気を利用した科学技術が発達しなくとも、魔法を軸にした技術が発達すれば自然も保たれつつ利便性を確保できるということか……」


「資料庫」とやらに入ってみると、壁には頻繁に依頼が出る薬草や鉱石の見本が置かれてあり、部屋の中央には付近の地図と採取できる場所が記されてあった。


「……かび臭い部屋だな」


 あまり人が来ないような感じがした。

 勤勉な冒険家、というのもいないのかもしれない。

 ヒカルは微光毒草について頭に叩き込んだ。


 納品クエスト用の麻袋がギルドの隅に積まれていたので、それを手にした。

 さて、ギルドを出るか――。




 カウンターで作業していたジルは、新たな「依頼受注者」の欄にヒカルの名前が自動で書き込まれたのを確認した。


「ふぅん」


 ギルド内を見回すが、彼の姿はない。「隠密」を使っているので見えない、と言ったほうが正しいのだが。


(あの生意気な子が、このクエストをね)


 ジルがにやりとする。

 ヒカルは知らなかった。

 微光毒草の納品依頼は、基本、「すでに持っているものを納品して欲しい」というものであることを。

 なぜならばポーンド周辺の微光毒草の生息地域にはグリーンウルフという凶暴なモンスターが生息している上に、こいつらは群れるのでベテランの冒険者ですら退けるのが難しいからだ。

 わざわざ採取しに行くには割に合わないのである。


(ま、これで怖い思いしたら、冒険者なんてやらないでしょ)


 グリーンウルフは人間を襲うが食べることはしないので、命まで取られることは少ない。

 初級冒険者が冒険の洗礼を浴びるのにちょうどいい試練でもあるのだ。




 ギルドを出るタイミングでヒカルは思い出す。


「そう言えば、さっきの冒険者が待ち伏せしているかもな」


 自分に「隠密」スキルが発動しているのをちゃんと確認する。

 ちょうどいい機会だ、と思った。

 自分のスキルがどれくらい効果があるのかがわかる。


 ヒカルは足音を立てないようにゆっくりと歩きながらギルドを出て行った。


「…………」


 大通り。

 ギルドの出口の真横に、さっきの冒険者のうちふたりがいた。


「――あんのガキ、なかなか出てこねえな」

「他の冒険者に焼きでも入れられてんじゃねえのか?」

「あり得る」


 下品に笑っている。

 すぐ近くに――距離にして3メートルほど離れているだけのところにヒカルがいるのに、気づいていない。


(……これ、ひょっとしてすごいスキルなのか?)


 ヒカルは歩いて離れていく。

 彼らは結局、気づかなかった。


(スキルツリーって、ゲームだとそこまで極端な効果が出ないよな……だけどこのスキルは違うのかもしれない)


 最大値まで上げれば、「最大」の力を得られるのかもしれない。

 だとしたら――「隠密」関連スキルは、とんでもない力を持っている。

 いや、生命力や魔力に振ってもすごいことになりそうだ。


(1年に1ポイントだとしても仕方ないか……)


 ヒカルは街の外へと向かう。腹が減っているが、依頼をこなして稼ぐしかない。

 街には外壁が存在し、モンスターや夜盗が入り込むのを防いでいる。

 外壁外にも民家は存在しているがそれらは危険と隣り合わせだ。土地代がかからないので金のない農家は街の外で農業をやるようだ。

 門番が出入りする人間に対して身分証を要求する。

 身分証としてギルドカードを提示する。門番の兵士はうなずくとヒカルを通してくれた。


「冒険者の見習いか? 無茶はするなよ。命さえあればなんとかなる」

「はい」


 ぺこり、とヒカルは一礼した。

 こちらの世界に来て、初めて優しい言葉をかけられた気がした。

 そんなふうに丁寧に礼をされるとは思わなかったのだろう、門番は驚いたように目を見開き、


「夕方までには戻るように」


 ほおを緩めて、そう言った。




 ヒカルは街道を少し歩いてから、左手に見えてきた森へと足を向ける。


「そう言えば……ギルドカードが能力を補正してくれるんだよな」


「職業」の欄はいつでも変えられるようだった。

 街の外にいる間、能力に補正がつくのならそのほうがいい。


「ソウルボードのポイントが1年に1度しか入らないのなら、この『職業』を有効活用しない手はないな」

 自分が特化させた「隠密」。やはりここは、


【隠密神:闇を纏う者】


「これだろう!」


 ぽちっ。

 職業を変更する。


「む……」


 自分の身体が空気のように希薄になったような感覚があった。

 もちろん自分の手や足だ。はっきり見えている。


 しかしもし、この近くでヒカルを見ている人間がいたなら、わかっただろう。

 彼がギルドカードを操作した瞬間――意識して見ていなければすぐにも彼の位置がわからなくなることを。


 さらにヒカルは「生命遮断」「魔力遮断」「知覚遮断」を発動する。

 これで、周囲の生命体はほぼヒカルの存在を認知できなくなった。

 人間がいるからと啼き声を控えていた、鳥が、虫が、一斉にさえずりだした。


「すごいな」


 透明人間になったような気分だった。

 歩いて、森へと至る。

 東京で育ったヒカルにとって森は身近なものではなかった。

 動画サイトでアウトドアキャンプの動画なんかを見たが、自分自身ができないからこそ見ていたのだ。

 それが、どうだろう。

 こんなに生い茂った木々、木漏れ日、鳥のさえずり――自分が森林に足を踏み入れるなんて。

 しかも日本の森とは違う、人間の手があまり入っていない森に!


 うれしくなって歩き出したヒカルだったが、


「!」


 遠目に見えた――緑色の、狼。

 あれがグリーンウルフだろう。緑色、というより、苔や草を身につけているようだ。


「でかい……だけどこっちには気づいていないみたいだな」


 体長3メートルくらいありそうだ。

 見つからないようにこそこそとヒカルは歩いていく。


 ローランドはモンスターに対する知識が薄かった。

 だからヒカルが勘違いしてしまうのも仕方ない。

 グリーンウルフの知覚範囲は半径200メートルほどで、今ヒカルがいる場所も当然知覚範囲であることなんて。

 むしろ、ヒカルが森の手前までやってきたのを知覚してここまで来ていたのだ。

 その気配が急に消えたのでグリーンウルフは戸惑っている。


「……モンスターについても調べておいたほうがいいな」


 あんなに凶悪そうなモンスターが街のすぐそばにいるのなら危険情報もまとめて置いてありそうだ。


「お、あの草だ」


 ヒカルはマイペースに微光毒草を探して歩いた。

 スズランのような形で、花の色は4色に分かれている。

 夜には発光してなおのこと探しやすいらしいが、夜まで森の中にいるのはさすがに怖い。


「採集に必要なのは若芽と花弁」


 爪で挟み込んで断ち切るようにちぎっていく。

 1株からすべてをむしらない。

 そうすることでまた生えてくる。


「ありがとう、アウトドア動画。異世界で役に立ったぞ」



   *   *



 夕方、冒険者ギルド。

 カウンターのジルはいらいらしていた。

 今日はそもそも、早朝から昼までで仕事が終わるはずだった。なのに他の受付嬢の都合が悪くなって夕方まで残業ということになっているのだ。

 ただでさえ機嫌が悪い。

 それだけではない。

 午前中に出て行ったあの少年――グリーンウルフに噛まれて運ばれてくるかと思っていたのに、そんな情報は入ってこない。冒険者ギルドの受付なんてすべての情報が経由していく場所だから、密かに通り抜けていくなんてこともないだろう。

 だとしたらあの少年は微光毒草を採りに行かなかったのだろうか?

 それがいちばんありそうだ。大体、グリーンウルフが初心者冒険者を見逃すわけがない。しかもソロだ。

 だとしたら依頼は失敗。

 冒険者という男たちはみんな、そういうヤツらばかりだった。


「…………」


 ジルにはひとつ――秘密がある。

 遠い祖先に「妖狐」がいるのだ。妖狐の血をかすかに引いているために他人の下心に敏感だった。

 見た目に恵まれたおかげで、下心満載の男たちが群がってきた。ジルは18歳という若さですでに達観していた。「男は利用するもの」と割り切っていた。

 だからこそ、男に求めるものは「ステータス」だ。ここでの「ステータス」とは「金」「地位」「実力」の3つ。

 向こうが自分の「見た目」を重視しているのだからこっちだって相手の「ステータス」を重視してやるという思いだった。


「まさか……死んでないでしょうね?」


 そんな思いが首をもたげる。

 死んでいたらさすがに寝覚めが悪い。悪すぎる。それどころかその死に責任すら感じる。受付嬢が適切な情報開示をしなかったせいで冒険者が死んだ、となったら……。


「…………」


 ジルの心の中に「心配」が芽生えた。

 グリーンウルフは人間を殺すまでは追い詰めない。だけれど他のモンスターがいたら? あるいは盗賊がいたら?


「どうしよう、もしも死んでたら……アタシのせい? マジ? それヤバくない?」

「あのー」

「今から調査に人を出してもらう? いや、でもなんて言って――」

「あのー聞いてるか?」


 ジルの機嫌が最高に悪いことを冒険者たちはみんな知っていたので、いつもの取り巻きの男たちはいなかった。

 だから、その少年はジルの目の前にやってきていた。


「え?」


 来た。

 今朝の少年が、目の前に。


 え? 来たの?

 ジルの頭が混乱する。

 そうか、無事ということはつまり――。


「アンタッ、依頼を破ってぶらぶらしてたでしょ!? どの面下げてここに来てんのよ!!」


 ジルの叫び声が響き渡る。

 それを聞いた他の冒険者たちが、ひそひそと話す――「依頼破り?」「なんだあのガキ」「ジルちゃん、めっちゃキレてんな」。


「? なにを言ってる?」

「冒険者は遊びじゃないの! アンタみたいなヤツが冒険者ギルドの評判を下げてるのよ!」

「そうか、遊びでないのならさっさと確認してくれ」

「なにを確認するっていうのよ。アンタが依頼を受けたってことはこっちでも把握して――」


 ジルがぴたりと止まる。

 彼女の視線が、ヒカルの足下に向かう。


 パンパンにふくれた納品袋。

 顔を出しているのは微光毒草だ。


「……え?」


 ジルは自分の目が信じられない。

 毒草採集――そう、この少年が受けていた、依頼だ。


「……採集、してきたの?」

「当然だろう」

「……グリーンウルフは?」

「いた。というかそういう危険な情報があるなら教えて欲しい」

「い、いたって!? いたんなら襲われて――」


 言いかけて、口を閉じた。

 知っていて警告しなかったのなら、それはギルド側の過失になる。

 ジルは勝手に頭で補った。――グリーンウルフはヒカルにも見えるところまで来たが、こちらに来なかった、と。人間がわかるほどの距離ならグリーンウルフはとっくにわかっているはずだ。ヒカルは単にラッキーだったのだろう。


「……これ、全部微光毒草?」


 うなずくヒカルがカウンターに袋を載せた。

 そこでジルはまたもや目を瞠る。

 これだけの量だから草をまるごと引っこ抜いてきたのだろうと思っていた。

 だが、どうだろう。

 必要とされている花弁と若芽だけなのだ。


「……どれほど奥まで――いえ、ずっと、1日中、森にいたの?」

「早く調べて欲しい。腹が減って死にそうなんだ」

「あ、ご、ごめんなさい」


 いまだジルの頭は混乱していた。

 でも、彼女は確信していた。

 ヒカルはきっと、森の中で空きっ腹を抱えながら、グリーンウルフの影に怯え、微光毒草を探したのだ――ジルはいたたまれない気持ちになった。

 実際はぶらぶらのんびり、昼寝を挟みつつ毒草を採取していただけなのだが。


「――すぐに査定するわ」


 ジルは大急ぎで査定を終えた。


「計算終了。微光毒草納品の基本報酬が200ギランね」


 ギラン、とはこの国の通貨単位だ。


「ふう……これでしばらく食える」


 ホッと胸をなで下ろしているヒカルに気がつく。

 空腹だと言っていた。ほんとうにお金がないのだろう。

 屋台価格ならば安いところで1食20ギラン、高くとも40ギランで食べられる。

 安いところなら10食食べられる。


 ようやく、ヒカルが年相応に見えてきてジルは微笑ましい気持ちになった。

 ほとんどジルの勘違いではあるのだが。


「あのね、基本報酬だから。200ギランは」

「……それに微光毒草の査定が入る、と?」

「正解。っていうか簡単に当てないでよ。つまらないわね」


 肩をすくめて見せるヒカル。

 うーん、やっぱり生意気だ。


「では査定結果をお伝えします。納品された微光毒草の分量だと19束ぶんになるから、1束1,000ギランで19束、19,000ギラン。これにまとまった納品に対する成功インセンティブを加算……まあ端数切り上げするだけだけどね。基本報酬とあわせて20,000ギランとなるわ」

「……な、なるほど」

「なに動揺してんのよ」

「動揺などしていない」


 ギルドカードのときと同じやりとりをしてしまった。


「これだけ納品してもらえればしばらく微光毒草の納品依頼は出ないと思うけど、またあったらよろしくね。期待のホープくん」

「……僕はそんなにたいそうなものじゃない」


 一転して無愛想な顔になってヒカルはお金を受け取った。


「そうだ――教えて欲しいのだけど」

「なに?」


 ヒカルからいくつか質問があり、ジルはそれに答えた。



   *   *



 使いやすいように、と金貨数枚に残りは銀貨と銅貨を混ぜてもらった。

 報酬の革袋を懐奥深くにしまい込む。

 普段使いの小銭だけはすぐに出せるポケットに。


「2万ギランか……」


 ふふふ、と頬が緩むのを感じる。

 実はヒカルは、金を稼ぐことが嫌いではなかった。

 株式売買のアカウントを作りオンライントレードをしていたのだ。

 大人の世界で戦っているような感覚が楽しかった。

 親は、友だちも作らず自室に籠もっている息子に不安を覚えていたようだったけれど。


「それにしてもなんで……好意的になっていたんだ? あの受付嬢からしたら僕なんてめんどくさいガキだろうに」


 自分のミスのせいで少年を殺してしまったかもしれない――と自責の念に苛まれていた受付嬢の心なんて、ヒカルにわかるはずもなかった。


「……期待のホープ、ね」


 両親の期待「ヒカル」人生はまったく歩まなかったなと思えば、「期待のホープ」なんて言われてもどんな顔をしていいかわからないだけだ。

 夕陽が沈もうとしていた。

 屋台はほとんどが日没と同時に閉めてしまう。

 ほとんどの屋台がもうたたんでいる。


「まずいな」


 屋台がダメとなると酒場かレストランになる。

 それはさすがに厳しかった。

 店に長居することになる。自分の服装を知っている人間がいたら困る。


「よろしいですか」

「ん~? もうウチは終わりだぞ」


 他の店舗はすでに、完全に店じまいとなっていた。

 ここだけは、これから店じまいという屋台だったのに。


「もうどこも店じまいだ。もうちょっと早く来るんだな」

「そう、ですか……」


 仕方ない。

 お金はあるのに、空きっ腹を抱えて寝なきゃいけないのか――と思っていると。


 ぐう~~~。


 ヒカルの腹が鳴った。


「あ」

「お? ……ぶわっははは! なんでえなんでえ、そのしょぼくれた腹の音は。しょうがねえなあ、これでよければ10ギランで売ってやるぞ?」


 店主が差し出したのは売れ残りの焼きそばだった。

 笹によく似た大きな葉に包まれている。


「いいんですか?」

「今度は店が開いてるときに来いよ。じゃあな」


 宝物だ。これは最高の宝物だ。

 余熱のある焼きそばを抱えて、ヒカルは歩いて行く。

 我慢できずに、裏路地に入り込む。

 誰も見ていないのを確認して樽の陰に座る。

 葉を開く。

 立ち上る香辛料の香りに、ぐううとまた腹が鳴った。

 顔を突っ込んで焼きそばを食った。


「……美味い」


 空腹は最高の調味料だ。

 舌がしびれるほどに美味しかった。

 肉汁が、脂が、口の中で暴れていた。


「美味いぞ、ローランド……」


 記憶でしか残っていないこの身体の持ち主に、ヒカルはそう伝えた。

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[一言] 主人公もクズだし異世界に引き入れた奴もクズだし受付嬢もクズだしで、ろくなもんじゃねぇなw
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