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古代神民の地下街 5

「壁」の向こう側にいたのはワンランク上のアンデッドモンスターたちだ。

 ポイズンガストはゾンビ系モンスターの上位種で、紫がかった体表をしており、さらに進化が進むとどんどん黒ずんでいく。

 群れていることが多い上に毒も垂れ流しなので、こいつらがたむろしているところは無理せず遠回りして避けた。

 リビングヘッドは資料で見たとおりの首だけ飛んでいるモンスターだ。光を視認できるようで、魔導ランプを点けていると飛んでくる。しかしヒカルとラヴィアまでは把握できないようで、くるくると周囲を回転したと思うとどこかに飛んでいった。

 黒ずんだ水たまりは——こんな乾いた道に水たまりがある時点でおかしいのだが、ダークスライムだ。試しに枯れ枝を突っ込んでみるとずぶずぶと沈んでいく。溶かしているらしい。

 これまた無理して倒す必要もないのでスルーした。


「ここからまた様相が変わるな」


 無視しまくって歩いていくと速く進める。

 最初の「壁」の向こう、つまり第1居住区から次の「壁」、貴族街へと入っていく。

 ポーンソニア王都にはあった第2居住区はここにはないようだ。

 いまだにヒカルたちに気がつくモンスターはいない。

 道路は石畳になっている。建物の扉は閉ざされており荒らされた形跡がない。


 実のところ、ここに至るまで、他の冒険者の痕跡があった。野営の跡であったり、壊された扉であったり。

 ただし死体がどこにもなかったのは「アンデッドモンスター」に転職(・・)しているからだろうか。


 それも貴族街に入れば完全になくなる。

 立ち尽くしているアンデッドモンスターは、デッドノーブルだ。着ている服は、見たことのないデザインながらも装飾に金糸を使うなど結構な贅を尽くしている。


『・・・——・・・・・・——』


 何事かをつぶやいたと思うと、デッドノーブルの手の先から魔力が放たれる。ふよふよと飛んでいった魔力の塊は、建物の陰に入り込んでいく。

 じっと見ていると、そこからデッドシチズンが現れた。


「……ねえ、なにあれ?」

「どうやらあいつが、やられたモンスターを再利用(リサイクル)しているみたいだ」


 ヒカルはデッドノーブルへと近寄る。背後から短刀で一刺し。デッドノーブルも一撃で倒せるようだ。


(魂の位階が上がった)


 上がるペースが速い気がした。デッドノーブルはデッドシチズンの上位種で、位階が上がりやすいのだろうか。

 貴族街を歩いていく。1つずつの建物——もはや屋敷だ。屋敷は大きく、開け放たれた窓からは廊下を歩くアンデッドモンスターの姿も見える。

 試しにいくつか入ってみると、絵画や花瓶といった美術品が手つかずで残っていた。宝物は魔力によって封じられた金庫にあるようだ。ヒカルには開けられないが「魔力探知」によってその位置はわかる。

 ラヴィアが閉じ込められていた魔力牢と変わらないようだが、ここの魔力は途切れていない——少なくとも600年程度は。


(魔力を供給するシステムがあるんだろうな……)


 詩にもあった。「精霊使役を超える魔術を編み」と。600年もつのならば立派だ。半永久的に持続するのだろうか。

 少なくともヒカルも、ローランドの記憶にも、そのような技術はない。


(ガフラスティが求めているのはこの魔術か?)


 貴族の邸宅には金庫に入れていない金貨や宝石がいくつか転がっていたので、それらはいただいておいた。金貨は変わったデザインなので使えるかどうかわからないが。

 朝から歩き始めて3時間ほどが経ったころだろうか。


「ヒカル、見えてきたみたい。あれが王城——」

「こっちッ」


 うっすらと闇に浮かび上がってきた王城。

 城の周囲は(ほり)が巡らされており、城に唯一通じる橋があった。

 そこに陣取っていたアンデッドに気づいて、ヒカルはラヴィアを手近な建物の陰に引っ張り込んだ。

 逃げたほうがいい——と直感(・・)したのだ。


 陰から様子をうかがう。

 身の丈2メートルを優に超えるゾンビたちがいた。筋肉は盛り上がり、100を超える数が整列している。


「ドラウグル……!」


 資料でのみ見たことがある。

 五感に優れ、極めて高い身体能力を発揮するアンデッドモンスター。1体いれば家1軒は優に破壊できるらしい。

 彼らを率いるのは鈍い銀色の板金鎧を着込んだデッドナイトだ。

 王城へと続くこの道をただじっと見つめている。


「……どうするの?」

「どうするかな」


 一分の隙もないほどみっちり並んでいる、というわけではない。

 だが通り抜けようとしたら半径1メートル以内には入るだろう。


(ここから石でも投擲して気を惹くか? 偵察のために人数を減らせるならそれに越したことはないし……ダメか。無駄に警戒心を上げることになる)


「魔法で一掃するのはどう?」

「魔法か。……悪くないかもしれないけど、2つ気になるな。1つは、王城内部にいるモンスターに気づかれること。もう1つは、魔法の衝撃で橋が落ちるかもしれないこと」

「うぅん……確かに、橋は壊れてしまうかもしれない」

「やっぱり正面突破だな」

「真正面から……?」

「問題ない」


 たぶん、と付け加えたいところをぐっとこらえる。

 ヒカルはソウルボードを呼び出して「生命遮断」と「魔力遮断」を4にし、「集団遮断」を4に上げる。

 残りポイントはゼロだ。

 これでも気づかれるようならデッドノーブルを倒して位階上げをして、遮断をMAXにすることも考えるべきだろう。その場合、今日中に踏破するというのはできないが。


「ラヴィア、僕が握った手に力を2度込めたら魔導ランプを消してくれるか? 消えてるときに2度力を込めたら、今度は点けて欲しい」

「消すの?」

「相手はドラウグルだから」

「……五感が鋭いのね」


 リビングヘッドが飛んできたことで、自分たちの周囲から漏れた光は探知されることにヒカルは気づいていた。デッドナイト率いるドラウグル隊を通り抜けるには明かりを消さなければいけない。


「ラヴィア。僕の手を絶対に離さないように。僕の真後ろを歩くことを心がけて」


 ヒカルはラヴィアとともに王城へと続く幅広の道へと出た。




 ほんとうに正面から行くの? と聞きたいのをラヴィアはこらえた。

 ヒカルが行くと言ったのだから、それを信じるしかない。

 魔導ランプの明かりは絞り込んで自分たちの足下だけを照らすようにしたが、ヒカルが2度、手に力を込めたのでラヴィアはそれを消した。

 暗闇がラヴィアを包み込む。

 ぼんやり見えていた王城の輪郭も闇に塗り込められた。


 と——うっすらとドラウグルたちの目に、緑色の光をラヴィアは見た。

 針の穴のように小さな光だが、この闇でははっきりと見えた。

 前を歩くヒカルの歩調はゆっくりになる。だがヒカルの足取りは確かだ。それが「魔力探知」のおかげだとラヴィアは知らない。


「!」


 声が漏れそうになった。石を踏んで足首が曲がっただけだった。

 ふう、と息をついて歩き出す。


 ガチャリ。金属音が聞こえる。ヒカルが足を止める。先ほどのデッドナイトまでの距離は——もう10メートルを切っているはずだ。

 どうするの? 引き上げるの?

 ラヴィアは聞きたくなったがもちろん口を開くわけにはいかない。風が止まり、ラヴィアはじっとりと汗をかく。


 ガチャリ。もう一度音が鳴る。ヒカルとラヴィアをつなぐ手の力がわずかに緩んだ気がした。

 ヒカルが歩き出す。ラヴィアもそれについていく。デッドナイトまであとどれくらいだろうか。5メートル? 3メートル?


 ガチャリ。


「!?」


 自分の耳の、すぐ真横で金属音が鳴ってラヴィアはびくりとした。声を出さなかった自分を褒めたい。

 ヒカルが歩みを早めるのでそれについていく。

 途端に周囲に腐臭が満ちる。ドラウグルのものだろう。ヒカルは足を止め、わずかに左に進む。そして真っ直ぐ歩き、今度は右に。

 ドラウグルを避けているだろうことはラヴィアにもわかった。どうやってドラウグルの位置を把握しているのかはわからないが。


 ヒカルが立ち止まった。


「?」


 彼がこちらを振り返る……と、


「!?」


 抱き寄せられた。

 ヒカルの腕の中で、彼が動くのをラヴィアは感じる。じり、じり、と半歩ずつ。

 腐臭もかなりきつい。涙が目に浮かんでくる。吐き気を催してきた。

 それほどまでにドラウグルが密集しているのだろうか?

 こんな目に遭うくらいなら、やっぱり火魔法で一掃するべきだったのでは?

 そんなことを思ってしまう。


 ヒカルの腕の力が抜かれた。ラヴィアの手を引いてヒカルが歩き出す。その速度はこれまでの比ではないほどに早い。

 抜けたのだ、とわかった。明らかにニオイがなくなっている。

 ぎゅっぎゅ、とヒカルが2度ラヴィアの手を握り混む。わかってる、抜けたのよね? という意味を込めてラヴィアも2度握り返す。

 するとまた2度握られた。大丈夫だから。ちょっと疲れただけ、とラヴィアも2度握り返す。

 ……と、また2度握られた。なに? ヒカルも大変だったの? 心配してくれるの? それとも……甘えてるのかしら?

 ニヤニヤしながらラヴィアは2度握り返す。ふーん、ヒカルもねえ、そういうところがあるのね? うんうん。えへへへ。

 ヒカルが立ち止まった。


「あのさ、明かり点けてよ」


 耳元で囁かれた。




 王城の造りは現王都のものとは違うようだ。

 広さはと言えば、一周ぐるりと歩いたら1時間は掛かるだろうか。


「中を見に行ってみよう」

「…………」

「ラヴィア?」

「なんでもない。行きましょう」


 先ほど、明かりを点けて欲しいときに何度も拒否され——とヒカルは思っている——その後直接頼むと明かりを点けてくれた。

 ラヴィアはヒカルと手をつないで残りの手で魔導ランプを握っていた。ヒカルから顔を背けていた。

 なんだかよくわからなかったが、彼女の耳が真っ赤だった。


 王城内にはデッドノーブルがうろうろしているくらいで、デッドナイトは見えない。ヒカルはここぞとばかりにデッドノーブルを倒しまくって魂の位階を3つ上げた。

 これでヒカルの位階は27、ラヴィアが24だ。


「ここからどこを調べる? 王座の間とか?」


 昼食にパンと干し肉、それにドライフルーツという食事を摂っているときにラヴィアがヒカルにたずねた。

 王城内部の広場で、あちこちにデッドノーブルが倒れていた。ヒカルが一撃で沈めていったヤツらだ。


「ダンジョン踏破と言えばやっぱり財宝だよねえ……?」

「それはそうねっ」


 俄然やる気を出してラヴィアも食いついてくる。


「それならまずは宝物庫かな。次に……この王都が崩壊した理由も気になるから、確認できるようななにかを……」

「確認って。アンデッドモンスターにインタビューでもする?」

「それは最後の手段にしたいなあ。こっちに気づかれるし。——王都が地下に沈んで、いきなり全員アンデッドになったんじゃないと思うんだよな。誰かが記録を残していることはないかな?」

「……あり得るわ。王のそばには書記官がいるし、なんらかの記録があるかもしれない」

「書記官の記録はどこにあるだろうか」

「極秘事項が多いから、国王の執務室だったり、王族専用の公文書館だったりかしら?」

「やっぱり——王座の間か」


 ドライフルーツの最後の欠片を口に放り込んで、ヒカルは立ち上がる。


「よし、まずはお宝を探そう。貴族の屋敷とは違うから、多少無理してでもいいものを手に入れたい」

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