黄金の査定額
前回あらすじ:
ラヴィアの聖属性と「火魔法」の混合魔法で黄金の魔力除去に成功したヒカル。
ワイバーンたちは別の巣を作るべく旅立つが、その前にとヒカルは鉱山都市ゴードンへ運んでくれるよう頼んだ。すると彼らは群れで飛行したものだからゴードンは襲撃かと勘違いし、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「いや……しかし驚きました。ほんとうに見つかるとは……」
盗賊ギルドの担当者は額の汗を拭きながら言った。
ヒカルがゴードンに戻ってきてから10日が経過している。
この担当者はケルベックに紹介してもらった人物で、ケルベックとも長年の付き合いで、「絶対に信用できる」ということだった。
ギルド担当者は小太りの男で、ふだんからいいものを食べているのか血色がよく、そのぶん汗をかいていた。
一見すると貴族と付き合いのある商人のようでもある。
(貧相で、欲深いよりはずっといいな)
ワイバーンご一行とともにゴードンへ戻ったヒカルは早速この担当者に山岳民族ポジの集落跡地について伝えた。丁寧な地図もつけて。
彼は「信じられない」という顔だったが、他ならぬケルベックの紹介だったので腕利きの斥候を派遣し、ほんとうにその集落が見つかったことを聞くと、もう一度「信じられない」という顔をしたのだ。
その後、集落に残った黄金の算出が終わり、これから盗賊ギルドでは人足を集めての黄金運搬ということになる。
すべての運搬が終わるのは1か月以上掛かるということなので、ヒカルは先に金額の受け取りをしたいと申し出ていた。
「黄金の総量を皇国金貨に換算しますと……」
担当者はごくりとツバを呑んで言う。
「6万枚。6億ギラン相当と考えます。実際にはもう少し高いのですが、これだけの量が市場にいきなり出回ると金の価値が下がるため、少なめに見積もっております」
「でもあなたたちは、倉庫に貯めておいて少しずつ放出するのでしょう? であれば相場の変化の影響は受けない」
「そ、それは……」
「なんてね。6億ギランでいいですよ」
「え?」
「黄金を保管する倉庫の用意、護衛する人員への報酬、時間経過や手間を考えればそのくらいは盗賊ギルドの取り分でいいでしょう」
「そう仰っていただけると助かります」
担当者はぺこりと頭を下げる。
内心、なにを思っているのかはわからないが、ヒカルはこの人物が自分を侮っているのではないだろうと思っていた。
(誰も見つけられなかったポジ集落の発見。それに)
ヒカルの道具袋には何枚かのワイバーンの鱗がある。
その鱗は一般のワイバーンより巨大で——エルブを正気に戻すときにトルアが噛みついたために剥がれ落ちたものだ。
防具素材や装飾品に加工ができるということで高く売れるらしく、ヒカルは回収しておいたのだった。
巨大な鱗を持っているということはつまり、ウワサの、ワイバーンに乗って帰ってきた人物というのがヒカルである証明だ。
ケルベックの助言もあるだろうが、そんな人物を敵に回すほど愚かではないだろうとヒカルは考えたのである。
(あんな巨大な生き物、怪獣かって感じだもんな)
ヒカルはそのときのことをふと思い出す。
慎重にやっていたつもりが、心身の疲労で実は危ない橋を渡っていた——それが今回のことだろう。
黄金の魔力が影響していたのかもしれない。
だが、先にラヴィアの魔法で魔力を取っ払ってしまうと、それこそワイバーンたちがどういう行動を取るかわからなかったので、ああするしかなかった。
「その代わりひとつお願いがあります」
ヒカルが条件を付けようとすると、担当者はびくりとした。
「な、なんでしょう……」
「集落にはかつての住人の死体が残っています。その人たちの埋葬をお願いします。手厚く」
「それくらいなら問題ありません。私も聖職者の経験がございますから、祈祷も捧げましょう」
「ありがとうございます」
どういう経緯で聖職者が盗賊ギルドに収まったのか、突っ込みどころがあったけれどもそこは聞かないようにした。
「実は、聖職者時代に、娼婦に入れあげて借金を重ねてしまいましてね……」
と思ったら自分で話し出した。
なかなか食えない男だとヒカルは思った。
* *
盗賊ギルドとの交渉も終わり、街を散策していたラヴィアとポーラと合流した。この10日間は休暇だったのでゴードンの街にある書店はすべて回れたようだった。
高級馬車もチャーターしたのでほとんど揺れずに読めるとラヴィアは多くの本を買い込んでいた。
ポーラは教会に通って、治療活動はもちろん、建物の掃除に精を出していたという。おかげで教会は、ほこりっぽいこのゴードンの街にあってぴかぴかに輝いている——代官のお屋敷よりもキレイなのではというウワサが立って、信徒が増えたそうだ。
「ヒカルはどうだった?」
「ばっちり。6億ギランだって」
「ろッ……!?」
横で聞いていたポーラが絶句する。
「さて……それじゃ、この街で最後の用事だな」
ヒカルはそう言うと、歩き出した——ヒカルたちをポジの集落に導くいちばんの力になってくれた、ホヤ老人の家へと。
「——ようやく来たか。ワシのことなど忘れてしまったかと思っておったよ」
老人は、いつもと変わらない作業服で現れた。
「ファルナさんはどうしました?」
「仕事だ」
「なるほど」
ヒカルたちが家に入ると、老人は湯を沸かしてお茶を振る舞ってくれた。
最初に出会ったときの塩対応を思えば、かなりの好待遇になったと言えるだろう。
「ワイバーンで戻ってきたときには驚いたぞ。ワシらはアレを遠ざけることばかりしていたが……」
「ええ、成り行きでそうなってしまって。——その、言いにくいんですが、もうワイバーン除けの鈴は要らないと思います」
「……そうか」
老人はそれだけで悟ったらしい。
ヒカルがワイバーンに乗って戻ってきたということはワイバーンと意思の疎通ができているということ。
そしてそのヒカルが「ワイバーン除けの鈴は要らない」と言うのだからほんとうに必要ないのだろうということ。
「……もう作らんでいいか」
「はい。でも、この魔術については好事家の魔術研究者がお金を出すほどの価値があると思いますよ」
「ふん。そうか?」
ホヤ老人は立ち上がると作業場へと歩いていった——大量の鈴が眠っている場所へと。なにをしているのだろうと思っていると、
「あったあった」
と言いながら、汚れた紙の束を持ってくる。
「お前にやる」
「……なんですか、これは。魔術式?」
「ああ。忘れんようにと、集落を出てここに落ち着いたときに全部書き写しておいた。どんな効果があるかわからんものもあるが……好事家とやらに売ってやればいい」
こんなものが残っていたとは——。
既存の魔術研究の枠から外れる、新たな発見があるかもしれない。
そう思うとこれは好事家だけでなく、国に所属するような研究者も欲しがる可能性がある。とてつもない宝だ。
「受け取れません」
「ワシはもう使わん。鈴は要らんと言ったのはお前だぞ?」
「いえ——これはあなたにとって思い出の品でしょう」
「思い出……」
目をぱちくりさせたと思うと、ホヤ老人は、
「お前、やったことに似合わず感傷的なことを言うな?」
「……いや、え? なんか変ですか?」
「ワイバーンに乗るような男が『思い出』なんて言葉を言い出すとは思わんかっただけじゃよ。いいから持っていけ——大体お前さんは、アレを持ってきてくれたんだろう?」
ヒカルはうなずき、布に包まれたものを道具袋から取り出した。
開くとそこにあったのは——黄金の小鳥がついたネックレスだった。
すでに黄金の魔力を除去してある小鳥は、暗い室内にあってもきらりと輝いていた。
「…………」
老人は目を見開き、テーブルに置かれたそれに手を伸ばす。
おっかなびっくり、壊れ物を持つように両手で包み込むと、赤子のように抱き寄せた。
「……ありがとう」
そこまで深く感謝してもらえるとは思わず、ヒカルは思わず返す言葉を失った。
(思い入れがそれほどあったのか……)
ヒカルにはわからない。
ホヤ老人がどんな思いで集落を出なければならなかったのか。
どんな思いでこの鉱山で暮らしたのか。ワイバーン除けの鈴を作り続けたのか。
それでも、わかることもある。
(持って帰ってこられて、よかったな)
冒険者としての成功や、手に入れた大金とは違う、満足感がヒカルの心を満たした。
「——この街を出ていくのだろう?」
「ええ。明日の朝には」
ゴードンの街にはすでに夕闇が迫っている。
これからどの方角へ行くべきか迷っていたが、ホヤ老人からもらった魔術の書きつけを見て決意した。
フォレスティア連合国へ行こう。
先に向かっているケルベックに礼のひとつも言おうと思ったし、フォレスティアのリゾート地は浮ついた場所は少なく、落ち着いているのでヒカルたち向きだ。
そして魔術式を見せれば、ケルベックも、彼の妹のケイティも喜ぶだろう。
「世話になった」
「なにを言うんですか。それはこちらのセリフですよ」
「いや……お前さんは、ワシがおらんでも自力でポジの集落を見つけ出したんじゃないかという気がしておる」
「買いかぶりです」
ヒカルとてまったくアテがなかったわけではない。ゴードンの街でつぶさに過去の記録をさかのぼれば、ポジの生き残り、あるいはそれらの人物と接触した記述が見つかるだろうとは思っていた。
人の痕跡はそう簡単に消すことはできないし、ひとつの集落内で全滅してしまうほど人は愚かではない。
必ず集落を出た者はいるだろうと思っていた。
ただ、記録を元に探索するのと、実際の生き残りであるホヤ老人に話を聞くのでは、掛かる時間が10倍以上違っただろう。
その点で、ヒカルからしてもホヤ老人には感謝しかない。
「楽しい冒険をさせてもらいました。僕こそ、ありがとうございます」
「達者でな。お仲間も」
ホヤ老人に言われ、ラヴィアが、
「はい」
と答え、ポーラも、
「お爺さまは身体が健康でいらっしゃるからずっと長生きできますよ!」
と言う。
「回復魔法」のエキスパートのポーラが言うのだから間違いはないだろうとヒカルが思っていると、
「……ワシのような者が長生きしても意味がないさ」
「いえいえ。長生きしてくれたらファルナさんも喜びますから!」
斜に構えたようなホヤ老人に、まばゆいばかりの笑顔でポーラは言った。
「そうか、ファルナか……そうじゃな」
「はい!」
ワイバーン除けの鈴を作らなくなったホヤ老人が、これからどうして生きていくのかはわからないけれど、それでも今のホヤ老人はすっきりとしたいい表情をしていた。
翌早朝、ヒカルたちは身支度を整えて宿を後にした。
ラヴィアとポーラは先に馬車を手配した停車場へ、ヒカルは冒険者ギルドへと向かった。
「真昼の梟」による「流星クレア」の襲撃事件はひとまず落ち着いており、「真昼の梟」は全員が治安当局によって逮捕された。山の中に放置していたのをちゃんと回収できたらしい。
彼らはゴードンでも数年前から活動をしていた——つまり「悪い」活動だ——ようで、調査を開始してすぐに余罪がぼろぼろと出てきた。
「流星クレア」のクレアは仮面をつけた聖職者——ポーラのことをずっと探していたようだが見つからず、あきらめて街を去って行ったという。
だが多くの冒険者にとっては関係のないことで、彼らは相変わらず朝にギルドに集まってはめぼしい依頼を確認し、受注しては出て行った。
欠伸をしながら出て行く冒険者たちに逆らってヒカルはギルド内へと入る。
「すみません」
「はい——あっ」
受付にいた職員の男性は、ヒカルが何度か見かけた職員だった。
ファルナと接触したときに明らかに争いになりそうだったというのに放置され、次に黄金の運搬員を確保しようとしたらまともに取り合わない。
彼も彼で、ヒカルを覚えていたようだ。
「……いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょうか? あいにく、黄金を運ぶ人足の手配はすぐにはできませんが……」
そんな言葉を聞きつけた他の冒険者が、
「——おい、あのガキ」
「——あ〜。前にもいたな、そういや。もう黄金を見つけた気になってたヤツだっけ?」
「——ぎゃっはっは、なんだそりゃ」
こちらのやりとりを聞いて笑っている。
(僕だってここに来たくて来たわけじゃないってのに)
はー、とヒカルはため息を吐いた。
「今日は護衛の依頼を出しに来ました」
「はあ……護衛ですか?」
「ランクDのファルナさんに依頼を出したいんです。フォレスティア連合国との国境まで」
すると職員は「納得いった」とばかりにうなずいて、
「ええ、ええ。それがいいでしょう。なんせ山で黄金を探すのは危険ですから」
真面目くさった顔で言うので、ヒカルの後ろで冒険者たちがまた爆笑している。
「ただ、ファルナさんがいいと言うかはわかりませんよ? 彼女はここでは有名な腕利きですから」
「それは構いません。先に停車場に行っているので、来るように伝えてください。出発は朝の9時で、それまでに来なければ不履行ということで構いません——」
とそこへ、
「お待ちください!」
あわてた顔で盗賊ギルドの職員が入ってきた。
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