護衛の道筋
ギルドを通さずに受けた護衛依頼は、片道5日ぶんで報酬は2万5千ギランだった。確かに往復10日かかる任務だと考えると1日あたり2千500ギランしかもらえないことになる。そこそこ腕に覚えのある冒険者は受けたがらないだろう。ひとり頭ではなく、全員でこの金額なのだから。
「ありがとう、ありがとう、ほんとうにありがとう! 行きは寝ててくれて構わないから! それに道中の宿もこっちで払うから、朝と夜はめいっぱい飲み食いしてくれよな!」
鷲鼻のニーノはヒカルたちの護衛を大いに喜んでくれた。
行きはカラッポの荷馬車であり、広々とした荷台に——ここにコウナツが載ることを考えると帰りは徒歩だろう——ヒカルは寝そべった。
こちらの世界の移動方法にもすっかり慣れた。ごとごとと揺れても眠っていられるほどには。
だけれどヒカルはヒカルでやることがあった。
「さて、それじゃあポーラの聖属性魔法トレーニングをしようか」
「は、はいっ」
ヒカルが皇城の書庫で見つけた本は、かつてクインブランド皇国にいた聖人の手記だった。国の求めに応じて行われた祭祀の様子や、巡礼で訪れた土地の描写などが綿密に書かれてあったが、その中に、
——聖属性魔法「光輪天裁」
なるものがあった。
「新しい魔法。またもポーラが強くなってしまう……」
「『またも』ってなに、ラヴィアちゃん!?」
「女は度胸だから、いいと思う」
「わ、私としてはもうちょっとお淑やかな路線で行きたいんですけど……」
ラヴィアがぐっと親指を立てて、ポーラは頭を抱えてふるふると横に振っていた。
ちなみにラヴィアはクインブランド皇国に伝わる民話集を読んでいたようで、ポーラはヒカルの本に似ているがもっと実際的な教会の運営に関するマニュアルを読んでいた。
冒険に役立ちそうな知識はどちらも得ていないが、読書というのは本来そういうものだろうとヒカルは思っている。
「さて、この『光輪天裁』という魔法だけれど、殺傷能力はないらしい」
「そうなんですか?」
「僕が見た記述の範囲では、『犯した罪に比例してショックを与える』とだけ書かれていて、相手が無実かどうかを判別するのに使っていたようだよ」
「へぇ……」
「というわけで僕に使ってみて」
「え!? あ、で、でもヒカル様なら大丈夫ですよね、うん」
ポーラはなにを勘違いしているのか——ヒカルを聖人君子だとでも思っているのだろうか——ひとりでうなずくと、ヒカルがメモした詠唱文を手に取った。
(僕としては、僕も罪人だからちょうどいい実験相手だと思っただけなんだけどね)
過去の教会関係者が残した「聖属性」の魔法なのだ。手ひどく痛めつけたり、大ケガを負わせるようなものではないはずだ。
だけれども、それなりの実用性があるかどうか確認しておきたい。
そう考えたときに、いろいろとやらかしてきている自分ならばちょうどいい——というのがヒカルの考えなのだが。
(ま、いいか)
ポーラがとりあえず使えるかどうかも重要なので、まずは使ってもらおう。
「——『天にまします我らが神よ、その叡智において審判を下したまえ。右手より放たれる光は真偽を見抜き、聖なる者には祝福を、邪なる者には裁きを与えん』——」
のんびりとした詠唱ではあった。
ぎらついた夏の太陽が昇っているとはいえ、北方のクインブランドは涼しく過ごしやすい。
皇都からさほど離れていない路上なので商隊の行き来も多く、御者同士で軽く声を掛け合ったりしている。
(げっ)
だというのに——この、ポーラから立ち上る光はなんだろうか。
青白く、清浄さを感じさせる光は燐光のように彼女から立ち上り、まるで彼女自体が超高温で燃え上がっているようだ。
そして、天から降りてくる金色の輪が3つ。大きさは10メートルほどもあろうか。するすると荷馬車の周囲が金の輪に囲まれる。
(これもしかして……もしかしなくとも、ヤバイヤツ?)
ぎょっとした顔でニーノが振り返ったけれど、そちらを見ている余裕がヒカルにはない。
「『光輪天裁』——ッ!?」
ポーラから差し伸べられた右手から、一直線に青色の光がヒカルへと走った。事前の演出に比べればはるかに素っ気ない光がヒカルの胸へと吸い込まれた。
「ヒ、ヒカル……?」
ラヴィアがこわごわ聞いてくるが、
「な、なんともない——いや、なんともなくない!」
ヒカルは自分の身体の中心に、震えのような感覚が走るのを覚えた。どこか遠くから、人間をはるかに超越した何者かの視線を感じ取ったのだ。
——視ラレテイル。
人間の正気を脅かすような根源的な恐怖の直後、その感覚は雲散霧消した。
しん、と静まり返る。
気がつけば光の輪も消えていた。
「ん……? あれ、やっぱりなんともないな」
ほっとしてつぶやいたときだった。
パキン、と硬質な音が聞こえた。
ヒカルはラヴィアと、それからポーラと視線を交わす。
「……今の音、なに? なにか割れたの?」
問われ、そろそろと胸ポケットに手を入れると——。
「これみたいだ」
ギルドカードが、謎テクノロジーで作られているギルドカードが真っ二つに割れていた。
しかも「職業」で【上級天ノ遣神:グレーターエンジェル】を設定しているところは、赤黒い汚れがついていて読めなくなっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……ヒカルさん、あなた今なにしたんだい?」
ニーノは変わらずこちらを向いていた。
「えっと……ごめん、僕にもよくわからないんだ」
そう、言うしかなかった。
それからは余計なことをしないようにとしっかりとニーノに釘を刺されてしまった。
ポーラの「光輪天裁」は失敗したのではなく、きちんと成功したのだと見るべきだろう。ただどんなことが起きるのかが不明なので、迂闊に他の人で試すことはできない。
(僕は「有罪」だけど「天使」の「職業」があるから一応セーフ……みたいなものなんだろうか?)
その日、やってきた宿場町には冒険者ギルドがあって、ヒカルはギルドカードを再発行してもらった。変わらず【上級天ノ遣神:グレーターエンジェル】を設定できたし、5つの「職業」による「加護」も健在だった。
(とにかく「光輪天裁」はしばらく封印だなあ)
ポーラの自衛手段ができてよかったと、今は思っておこう。
「私はね、妾の子なんだよ」
とニーノが語り出したのは3日目の夜だった。
ラヴィアとポーラは、いくら座っているだけと言っても荷馬車での旅はしんどいようで、すでに眠っている。ラヴィアはあれでもソウルボードで【スタミナ】に3振っているのだが、元々の体力のなさもあるのかもしれない。ソウルボードも万能ではないのだ。
「そうなのか。それじゃあ、父親は豪商かなにか?」
なので、酔っ払ったニーノの話を聞いているのはヒカルだ。
宿に併設された大衆食堂では、夜は酒とつまみを提供し、吟遊詩人が訪れては詩を歌っている。
冒険者はもっと騒がしい酒場に行くようで、この食堂は商人たちのたまり場となっていた。あちこちで商品の値段の話が聞こえてくる。
命を賭けて金儲けをしている彼らにとっては、ここでの情報もまた有効なのだろう。
「豪商……まあ、そうだね。最初は商売でめちゃくちゃ成功したんだ。コウナツを大量栽培できる農学者を発見したのがきっかけでさ」
「最初は? 今は違うのか?」
「まあ、それはいいんだ」
「いいのかよ」
酔っ払っているらしく、自分の言いたいことだけを言いたいらしい。
「兄弟姉妹はみんな、父が手を広げた各都市の支店を任されてそこでしのぎを削っている。店舗同士の売上は毎月発表されてさ、どこがいちばんでどこがビリなのかすぐにわかるんだ。だからもう、大変だよ。正妻は3人いるんだけど、7人の兄弟にはみんな、相続権があると父は明言しているからね」
正妻が3人。法律上で認められた妻と、さらには妾までいるのか——ニーノの父はなかなかの成金だなとヒカルは思う。
「私は妾の子だから、父の後を継ごうだなんて思っていない。だけど、父に認められたいとは思うんだ……。行商人からスタートして成り上がった父。その同じ道を歩んでいる」
「そうか」
「支店で成功しても、父の成功の尻馬に乗っただけみたいじゃないか?」
「ああ」
「ヒカルさん、あなたもそう思うか!? そうだよなあ!」
ぐいーっとエールを煽ったニーノは、
「お代わり」
すでに真っ赤になった顔でそう言う。
「もう止めといたら?」
「いや、いいんだ。行商人なんて盗賊に襲われて死んだり、モンスターに襲われて死んだり、売掛金の回収ができずに死んだり、馬車が崖を転げ落ちて死んだりするのが関の山。だから、言いたいことは言いたいときに言っておくんだ」
「行商人も夢がないな」
「いや、そんなことはないぞ」
ヒカルに答えたのは、隣のテーブルで情報交換していたヒゲ面のオッサンだった。
「町から町へと渡り歩いて、己の才覚を信じて商品を仕入れ、さばく。読みが当たって大金が転がり込んできたときなんかは、極上の女を抱くよりしびれるぜ」
「極上の女なんて抱いたことねえだろが」
と同じテーブルの禿げたオッサンに突っ込まれ、
「ちげぇねえ! ついでに言えば大金が転がり込んできたこともねえな!」
大笑いしている。
その笑い声に釣られたのか、
「そうそう、俺たちは根無し草だからな。風に吹かれてどこへでも行けるのが気楽で最高だ」
「仕入れの金も心許ないときに、馬車を走らせ誰もいない街道を進んでいるときなんかに『ああ、俺は生きてる』って思うわな」
「法律には従うが、どう商売するかのルールは自分で決めるからよ。ある意味じゃ俺は国の王だ」
「こんな場末の食堂で安酒飲んでる王様がいるかよ!」
「ここに2ダースばかりいるだろうが!」
わっはっはっは、と笑い声が続いた。
オッサンたちはそれを機に、テーブルを移動して交友関係を広げていく。なにがどう作用したのかはヒカルにはわからなかったが、あらかじめそこが決まっていたかのような移動だった。
「……さっきの大声の会話の中でもね、誰がどんな発言をしたか、どう反応していたか、みんな観察していたんだよ。それで、この人なら利益になりそうな情報を交換できる、と判断してテーブルを移るんだ」
こっそりと教えるようにニーノが言った。
「今の短い時間で? そんなことできるのか?」
「できるさ。さて——私もあちらのテーブルに行ってくるよ」
ニーノが親指で指したのは、オレンジ色の平服に帽子をかぶったオッサンがいるテーブルだった。えびす顔のオッサンは小さく手を挙げた。
「……なんであのオッサンが?」
「そりゃあさ、昨日も荷馬車の駐車場ですれ違った。向こうは酒瓶を運んでいて、こちらはコウナツのニオイをぷんぷんさせた荷車を運んでいる。だが名前も素性も知らない。つまり、お互いがまったくかぶらない酒場や食堂、宿の情報を持っているってことだよ。営業先の開拓にはもってこいだろ?」
「は〜……」
「それじゃ。護衛は要らないから、先に寝ててくれ」
ヒカルは感心して、去りゆくニーノの背中を見送ったが、
「……つまり、さっきの大声のやりとりなんてなんも関係ないってことじゃないか」
うまいこと煙に巻かれたことに気がついた。
なかなかニーノは口巧者のようだった。
「ま……向こうが商売のお仕事をするなら、こちらはこちらで護衛の仕事をしましょうかね」
そうつぶやいて立ち上がったヒカルは、イスの背に掛けていたマントを手に取ると食堂から外に出ていった。





