雨の夜の殺意《レイニー・レイニー・シリアルキラー》(2)
雨が降りしきる中、ヒカルは裏通りを歩いて行く。「探知」系スキルによって生き物の所在はわかるのだけれど、こうも暗くては足元が危うい。「視力」でも高めればひょっとしたら見えるのかもしれないが今のところポイントを使うつもりはない。
なにか確証を持って夜の街に出てきたわけではないが、実際に事件と同じ状況を体験することで見えるものもある。「魔力探知」は優秀なスキルなのだが、相手が隠れていても隠れていなくても見抜いてしまうため、実際に「隠密」で姿を消しているのかどうかは目視するまでわからないという特徴がある。
こうも暗ければ不審者を見逃してしまう可能性が高かったが、逆に言うと殺人鬼は、どのようにして人々を探り当て、殺しているのかという疑問も湧いてきた。
(確か……殺された人たちに共通点はなかったんだよな)
ヒカルは冒険者ギルドが集めた情報を、受付嬢レーヌに見せてもらっていた。彼女はヒカルがなにか「推理」でもしてくれるのを期待しているようだった。
(殺された人たちは完全ランダムでピックアップされているみたいだった)
状況だけが共通している。雨の降る夜。たったひとりでいるところを、グサリ。
それによって役所が住民たちに告知したのは、「雨の夜はふたり以上で行動すること」だった。
しかしここはヴィレオセアンの首都である。独身の男女は山ほどいる。ヒカルの「探知」にもひとりで行動している人は多かった——が、さすがに外を歩いている人間はほとんどいない。
(ん……? 待てよ。殺された人の中で「外出中」という状況はなかったな。なにか意味があるのか? ……もしかして)
ヒカルはひとつの仮説を頭に思い浮かべた。
それは——犯人は外に潜んでおり、ひとりで家に帰る人間を見定めているのではないか、ということだ。
その仮説を裏付けるかのようにヒカルの「魔力探知」に、物陰で息を潜めている不審者が引っかかったのだった。
「ふん〜〜ふん〜〜はん〜〜〜〜♪」
と、千鳥足の男がひとり、ふらふらと歩いてきた。だいぶご機嫌に鼻歌まで歌っており、男の接近に気づいた不審者は身体を強ばらせた。
通りを歩いている男はふと壁に手をつくと、いきなり嘔吐いた。嘔吐物が雨に濡れた石畳に落下するがその音は雨音にかき消されている。
そんな様子さえ、陰に潜んだ不審者はじっと見つめている——息を殺して。
そうして千鳥足の男が口元を拭いながら、ふらふらとまた歩き出し、不審者の前を通り過ぎる。
不審者がゆっくりと、男の後をつけようとした——。
「そこまでにしとけ」
「びゃうっ——むぐぐ!?」
仮面をつけてシルバーフェイスとなったヒカルはその不審者の後ろから声を掛け、口を塞いだ。目の前にはその不審者のソウルボードを表示している。
【ソウルボード】アリス=サンボーン
年齢17 位階21
9
【生命力】
【スタミナ】3
【免疫】
【毒素免疫】1
【知覚鋭敏】
【視覚】1
【聴覚】1
【嗅覚】1
【筋力】
【武装習熟】
【投擲】1
【敏捷性】
【瞬発力】2
【柔軟性】2
【バランス】3
【隠密】
【生命遮断】1
【魔力遮断】1
【知覚遮断】2
【器用さ】
【器用さ】2
「なにやってるんだよ、クインブランド皇国のスパイがこんなところで……」
アリス=サンボーン。
かつて、衛星都市ポーンドの冒険者ギルドマスターだったウンケンが教えていたスパイであり、ヒカルとは過去に3度ほど会っている。
クインブランド皇国の皇帝であるカグライに信用されているようで、シルバーフェイスとの連絡役も仰せつかっていたがそれ以後はたいして接点もなかった。
「シルシルさん!?」
「だからその呼び方は止めろ」
「あだっ!?」
ヒカルのチョップがアリスの額に直撃した。
彼女は声を上げてしまったことで「あっ」と両手で口を塞いだが、千鳥足の男はこちらに気づかず去っていく。
「ほっ……雨音で聞こえなかったみたいですね」
ほんとうはヒカルが「集団遮断」を発揮したからなのだが、そこまで教えてやる必要もないだろう。
するとアリスはハッとした顔でヒカルを見やると、
「シルシルさん、もしかしてあなたが連続殺人鬼……!」
「そう言われるような気がしていたけど、今の感じだとよほどお前のほうが疑わしいよな?」
「それ以上言わないでください、あなたとは戦いたくありません。無駄な抵抗は止めてお縄についてください」
「本気で言ってる? おれがその気だったら君はとっくに死んでるんだけど」
「やっぱり……!? 人殺し宣言ですか……!!」
「いや、もうなんていうか頭痛くなってきた」
こういう子だったなとヒカルは思い出してきた。
任務に忠実で、結構真面目。ただ自分の身が一番大事。
いろいろと抜けているところが残念なスパイ。
「ま、まさかシルシルさんは犯人じゃない……?」
「いいから場所を変えるぞ。お前の話が聞きたい」
「え、でもウチはあの人を追わないと——」
「無駄だ、止めておけ」
ヒカルは言った。
「あの酔っ払いは、殺人鬼を釣ろうとして用意された囮だよ」
数分歩いた先、すでに閉店した食堂の軒下でアリスと向き合った。ここなら雨を避けることができる。
「シルシルさん……さっきのことなんですけど」
「質問するのはこっちが先だ。なんでお前がここにいる? その返答内容はお前の疑問の答えにもつながっていると思う」
「え? えっと、なんでもなにも、殺人鬼の調査ですよ」
「隣国のスパイがわざわざ?」
「ヴィレオセアンの連続殺人鬼、めっちゃ話題になってますもん」
「話題……ね。一応聞くが、あわよくば気配を消せる殺人鬼を自国に取り込みたいとか思ってるんじゃないだろうな?」
命の価値が軽いこの世界である。
国のトップたちが、殺された被害者よりも、大量に殺せる殺人鬼に価値をみいだしていてもおかしくない。
「あっ、そういうこと言ってた大臣がいましたけど、カグライ様に怒られてましたよ! ざまーみろって話ですよね! アイツ、女官のお尻とか胸とかイヤらしい目で見てきてほんっとイヤだったんですよ」
ヒカルは眉をしかめながらアリスの全身を見てみたが、相変わらず起伏に乏しい。
「……シルシルさん、今なにを考えました?」
「なにも。ていうか国で話されていた内容をサラッとバラすなよ」
「陛下はシルシルさんになら言っていいって言うかなって」
言いかねない、あのカグライならと思った。
「……それで、クインブランドは殺人鬼を捕らえる方向で動いているんだな? その理由は? さっきも言ったがここはクインブランドじゃなく、ヴィレオセアンだぞ」
「ヴィル=ツェントラの警戒が強まったら人殺しの場所を変える……つまり都市を移る可能性があるってカグライ様が」
結果としてクインブランドにまで逃げてこられたらたまったものではない、ということか。
(それだけじゃないな。カグライのことだ。僕が連続殺人をしているんじゃないかと疑っているんだろうな)
ただそれはアリスには伝えていないのだろう。
「それよりシルシルさん! さっきの酔っ払いが囮ってどういうことですか」
「お前と同じく、あの男を尾けてる人間が5人いたからな。しかもそれぞれ別口だ。動きが全然違う」
「え……」
「大体な、殺人鬼がうろついてる街の夜更けに、いくら酔っ払ってるとはいえひとりで歩くか? ああいう男が町中にいるなら自然だが、他に全然いない。まったく遭遇しない。そうなったらこれはもう囮以外ないだろ」
「な、なるほど……」
「あれを尾行してたらお前も殺人鬼として本気で疑われてたぞ」
「ひぇ〜!」
アリスが今さら顔を青ざめさせている。
「……まあ、尾行している5人が、どんな思惑なのかはわからないけどな」
殺人鬼を見つけてどうするのか——殺す気なのか、取り込むのか、あるいは他のなにかか。
ともあれ、この国だけでなく他国までここの殺人鬼を気にしていることはよくわかったのは収穫だった。
「シルシルさんも殺人鬼を捕まえるために?」
「ん……いや、おれは捕まえる気はないよ」
「なーんだ。ただの興味本位ってヤツですか? ダメですよー、こっちは仕事なんですから!」
しまらない口調でそう言ったアリスは「今日のところは一度引き上げます!」と言って背を向けた。
(……こいつ、それなりにソウルボードの『隠密』関連が上がってたな)
ふとヒカルは思う。
ウンケンの教えは、彼女の中で生きているのかもしれない。
だから、だろうか。
「おい」
「……まだなにか?」
警戒心たっぷり、という顔でアリスが振り向いた。
「明日もまだ雨が降っているようなら、殺人鬼とやらに会わせてやる」
ヒカルは、彼女に面白い経験をさせてやろうという気になったのだ。
「……はい?」
アリスはきょとん、とした顔で首をかしげた。「シルシルさん、ついに罪の告白ですか!? やっぱりシルシルさんが真犯人!!」とか言い出したので手刀を額に叩き込んだ。
「冷静に考えれば、殺人鬼の正体を探ることはそう難しくはなかったということだ」
ヒカルはそう言って、いまだ額を押さえるアリスを放っておいてひとり去った。





