「隠密」の進む道
ヒカルは冒険者ギルドを出ると、ある場所へと向かった。
向かいながらいろいろと考える。
(……「東方四星」がラヴィアを捜索する、か。さすがにそれは想定外だろ)
ウンケンの執務室。その扉越しに話を聞いていた。
ソリューズのソウルボードも確認済みだ。
【ソウルボード】ソリューズ=ランデ
年齢19 位階41
2
【生命力】
【自然回復力】6
【スタミナ】5
【免疫】
【魔法耐性】1
【毒素免疫】2
【筋力】
【筋力量】3
【武装習熟】
【剣】5
【盾】4
【鎧】3
【敏捷性】
【瞬発力】4
【バランス】3
【精神力】
【心の強さ】4
【信仰】
【聖】5
【カリスマ性】3
【魅力】3
強い、と思った。
もちろん「剣聖」なんて異名のある騎士団長ローレンスほどではない。戦い方もローレンスとは違う。ローレンスが獣じみた直感と筋力で、一撃で相手を薙ぎ倒す戦い方であるのに対し、ソリューズはおそらくスピードタイプだ。
(ま、正面から当たったらどのみち僕に勝ち目はないけどな)
単なる1対1ならヒカルも負けるが、1対1でなにをしてもいい戦いなら絶対に負けないという自信があった。
ローレンスは「直感」があった。だがソリューズにはそれがない。索敵能力が一般人レベルなのだ。
(……パーティーか)
「東方四星」は女4人のパーティーだという。
であれば「索敵に優れたメンバーがいる」と考えて差し支えないだろう。
異世界転移者らしきセリカが化け物のような数値を持っていたのだ。残り2名のうち、どちらかは索敵できる人間のはずだ。
ローレンスはひとりででたらめに強かったが、「東方四星」は4人セットで評価する必要がある。
そうこうしているうちに、ヒカルは地下水道区域にやってきた——盗賊ギルドのケルベックに会いに来たのだ。
相変わらず湿った空気が流れている。かび臭い中にほんのり甘い香りがしたように感じたが、コウモリが果物でも取ってきたのだろうか。
地下水道区域の一画、居住区域。
奥の部屋にやはりケルベックはいた。
「やあ、ケルベック」
「うおあ!?」
いきなり声をかけたものだから、机にかじりついて書類をめくっていたケルベックはのけぞって声を上げた。
赤い、炎を模した入れ墨が特徴の男だ。額から右頬、首筋、身体へと走っている。
「て、てめー……前も言っただろうが。次来るときはちゃんと正面から来いって」
「いや、誰にも会わなかったよ」
「またそういう……まあいい。それでなんの用だ。さっきのヤツといい、てめーといい、礼儀を知らねえガキどもだ」
「さっきのヤツ?」
「いただろ。ふわっふわの髪の女。てめーよかちょっと年上だけどな。すれ違わなかったか?」
「…………」
すれ違わなかった。
……はずだ。
今のケルベックの言い方は、「ほんのすぐさっきまでここにいた」ということになる。ヒカルより「ちょっと年上」の女が。
(……『東方四星』か)
まさか先にここに来ているとは思わなかった。
そして——すれ違っていた。おそらく地下水道で。
甘いにおいをふと感じたのは——その人物の残り香だろう。
(向こうは気づいたか? いや、あの暗さで僕に気づけるはずがない……)
そう思いながらもヒカルは部屋の隅々に視線を投げる。どこかに潜んではいないだろうか、と。
初めて「隠密」を使った相手をそばに感じた。それは——非常に居心地の悪い感覚だった。
運が良かったとも運が悪かったとも言える。
ヒカルがあとちょっとだけ来るのが早ければ、ケルベックとその女が話しているところを聞けたはずだ。逆にもっとずっと早ければ、ヒカルとケルベックが話しているところをその女に聞かれた可能性がある。
(……「生命探知」と「魔力探知」を伸ばすか? いくらポイントがあっても足りないな……)
ヒカルは先ほどソリューズ相手なら1対1で勝てると思った。しかし「隠密」を使える相手がいた場合、そいつには勝てないことに思い当たった。引き分けだ。向こうもこちらを察知できないが、こちらも向こうを察知できない。
「なにきょろきょろしてんだよ」
怪訝な顔でケルベックが聞いてくる。
「その人、名前は言ってなかったの?」
「名乗ってたぜ。『東方四星』のサーラだとよ」
「僕のことを話した?」
「……ふん。俺様が、いかに小生意気なクソガキとは言え、金を支払われた客のことをばらすわけがねーだろ」
ヒカルはケルベックの「客」だった。
ラヴィアを逃がすための作戦。護送馬車にいる冒険者ノグサたちの気を一瞬引くための芝居を打ってもらったのだ。ヒカルはそのとき「集団遮断」にポイントを振っていなかったし、振った場合にどれくらいの効果があるのかわからなかったからだ。安全策だ。
「ま、俺様たちを情報屋扱いしようとしたから、適当ウタッて少々金をもらってさっさとお帰りいただいたがな」
どうやら、「東方四星」がここに来たのは情報源を探すためのようだ。伯爵令嬢が姿を消したのだから、移動手段を確保するために裏社会に手を回した可能性を考えたのだろう。
かなりいいところを突いてきたな、とひやりとしたが、護送馬車を止めた芝居のことまではわかっていないらしい。
「……一応聞くけど、僕が頼んだ役者さんは大丈夫?」
「ああ、あいつは行商だ。今ごろ山ふたつ超えた向こうの港町で仕入れをやってるころだ。ポーンドにまた来るのは来年の春になる。絶対に足がつくことはねーよ」
「そうか」
「なんだ? 俺様の手際が不安だったのか?」
「……まあね」
「チッ。かわいげのねえガキだ。てめーもさっさと帰れ」
「今日の僕は客だよ」
「あ?」
ヒカルは革袋から金貨を取り出した。
「『東方四星』について知っていることを全部教えて欲しい」
その日の夕方、ヒカルはホテルに戻った。ジルには会わずじまいだったが仕方ない。今、冒険者ギルドに顔を出せば「東方四星」の誰かがいるかもしれない。
実際に顔を見た「セリカ=タノウエ」、「ソリューズ=ランデ」のふたり——ソリューズは冒険者ギルドから出てくるところをかなり遠くから確認しただけだが。
他のメンバーは「サーラ」と「シュフィ=ブルームフィールド」と言うらしい。
容姿についてもかなり詳しくケルベックが教えてくれたが——なんと1万ギランも取られた——話で聞いただけの容姿では見間違える可能性があるし、大体サーラは「隠密」を使っている可能性がある。
ヒカルは考えた結果、「魔力探知」にポイントを振った。
なぜ「生命探知」ではないのかというと、クジャストリア王女が使っていた外套を思い返したのだ。「魔力探知」でしか彼女を見つけることができなかった。
地下水道区域から出てからドワーフのドドロノがやっている防具工房にも寄った。そこで「隠密」性能のある防具を作れるかと聞いたところ——高い素材を使えば、ニオイや熱、それに生き物の気配を遮断することはできる、という答えだった。つまり「生命遮断」や「知覚遮断」の効果だ。一方で「魔力遮断」の概念はほとんど知られていないようだった。
となればサーラも「生命遮断」や「知覚遮断」に秀でているのでは? と考えたのだ。もちろん、ただの推測に過ぎない。だがポイントは有限だ。どちらにポイントを注ぎ込むか? と考えれば「魔力探知」がいいだろうとヒカルは思ったのだ。
ラヴィアがゴブリンの集落を吹っ飛ばして位階が2上がり、その後、モンスターを何体も討伐してさらに1上がっていた。
ヒカルはそのポイント2を「魔力探知」に注ぎ込んだ。するとその段階で派生で「探知拡張」が現れた。
【直感】
【探知】
【生命探知】1
【魔力探知】3
【探知拡張】0
【探知拡張】……探知できる範囲を拡張する。最大で3。
迷った結果——最後の1ポイントで「拡張」に振った。
ウンケンの「魔力遮断」ですら2だったのだ。サーラが3以上であることは考えにくいと思った。
この選択が正しかったかどうかはすぐにはわからないが、とりあえず「拡張」の効果はすさまじかった。
「魔力探知」3では30メートルほどの範囲を確認することができた。
これに「探知拡張」1が入ると——一気に100メートル近くまで広がったのだ。
壁の向こうにいる人間も、ブルーのふわりとした炎のような存在でわかるのが便利だ。FPSなどのゲームの「ウォールハック」——壁向こうの敵を透視するチートのようなイメージだ。
ただし「隠密」を見破るのなら、実際の視野と重ねる必要がある。「そこに相手がいない」にもかかわらず「青い炎が見える」という状態の相手が「隠密」だからだ。面倒は面倒だ。
もしソウルボードを使うなら、さらに5メートルの距離まで近づかなければならないわけだし。
(戦闘能力とかスタミナとか上げたかったけど……まあ、1つずつやろう)
「生命力」や「魔力」のボードはアンロックしただけの状態である。できることならヒカルだって魔法を使ってみたい気持ちもある。
だが、自分自身が「隠密」を特技とし、アンチ「隠密」としても機能するようにしておきたかったのも事実だ。
今は危険を排除しよう。
「おかえりなさい」
植物図鑑を開いていたラヴィアが、ヒカルの帰還に気がつく。
「あー……悪い報せがある」
「そういうときは『良い報せと悪い報せがある。どっちから聞きたい?』って聞くんじゃないの?」
「アメリカドラマかよ」
「?? アメリカ……?」
「ああ、ごめん、なんでもない。悪い報せというのは——」
ヒカルは「東方四星」が来たこと、おそらくラヴィアを追っていることを話した。ケルベックのことや彼女たちのスキルについては伏せたが。
「そう……この町を離れる?」
「いや、今それをやると逆効果だと思う。疑ってくださいと言ってるようなものだろ?『東方四星』がいることを知ってて戻ってきたんだ。僕らは僕らのやるべきことを果たす」
「やるべきこと」
ヒカルはにやりと笑った。
「明日中にランクEになる。そして堂々とこの街を出よう」
単体の能力では
ローレンス>ランクB
ただパーティー戦となると
ローレンス<ランクBパーティー
ローレンスにとって不幸なのは彼と肩を並べられる人間が騎士団にいないってことでしょうね。





