推測される世界の真実
『は、はは……ははは……』
ヒカルはよろけながら額に手を当てた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「どうしたんだい、セリカ。彼は」
ポーラとソリューズが聞いてくるが答えられる余裕はなかった。
ヒカルの中でなにかがひとつにつながった気がしていた。
『——おかしいと思っていたんだ、時間軸にズレがあるものの、セリカと僕はそう遠いところに住んでいるわけじゃなかった。世界を越えるにあたって座標上の近さというものがなんらかの影響があるのではないかと思ったのだけれど、でもそれはあまりにナンセンスでもあった。だって、地球はずっと公転しているんだ。位置情報なんて宇宙規模で見ればすぐに変わってしまうものだ』
『ちょ、ちょっとどうしたのよヒカル、急に』
『隣の駅に住んでいた僕らが異世界で出会った……どうしてだ? そんな偶然あり得るのか?』
自問自答するように、ヒカルは言う。
『あり得ないよ。——そう、世界を越えることについては最初から答えがわかりやすくそこにあったんだ』
ヒカルがこの世界に来るきっかけとなったのは、魂の裁きを受ける直前にこちらの世界のローランド=ヌィ=ザラシャに出会ったからだ。
そのとき見た他の魂は——みんな黒髪黒目だった。
日本人はみんなここに来るのか? なんていう疑問を持ったのだけれど、それは違う。
『死後の魂は、魂の結びつきによって動くんだ』
だからこそ日本人は日本人とつながりが深いために黒髪黒目の魂が周囲にあった。
同様に、
『僕とセリカはつながっていたんだ……葉月先輩によって』
『……え? ヒカルも葉月のことを知っているの?』
うなずいてヒカルは言った。
『先に転移したセリカの魂が、結びつきの強かった葉月先輩を通じて僕の魂を引き寄せた』
『あ、あたしがあんたを引き寄せたっていうの!?』
『結果としては、そうなる』
先にセリカがこの世界にいた。
この世界では地球人であるセリカの魂はとてつもなくレアだ。
そしてローランドは「世界を越える術」を使うことでセリカがやってきた後で地球人たちの「天界」へとたどり着いた。
だからこそローランドはヒカルに巡り会った。
『つまり——偶然じゃない。僕がこの世界に来たことは、そうなるべくしてなったんだ』
冒険者ギルドの内部は騒々しかったが、通してもらった応接室は防音の魔道具でも使われているのか恐ろしいほどに静かだった。
「こちらがその魔法書となります。買取額は上限いっぱいの10万ギランですがいかがでしょうか?」
ギルドの受付嬢が差し出したのは分厚い魔法書だった。
「お茶を淹れておきますのでじっくりとお読みくださいね」
そうして受付嬢は人数分のお茶を淹れると部屋を出て行った。
ポーラは魔法書を手元に引き寄せ、ページをめくってみたが内容があまり頭に入ってこない。
「——セリカとヒカルくんをふたりで行かせてよかったのかい?」
と、たずねたのは同じテーブルでお茶を飲んでいるソリューズだ。
ここにいるのは他に、シュフィとサーラだけである。セリカとヒカルは、ソリューズが言うように「少々大事な話がある」としてここにはいない。
「はい……。ソリューズさんこそ、セリカさんのことは心配されていないんですか?」
「ん……そうだね、セリカはヒカルくんと同郷みたいだからね。彼らにしかできない話というのがあるのはわかっているんだ」
「そうだにゃ〜〜たまにセリカが遠い人に感じられるときがあるんだよねぇ〜〜」
サーラがぐてっとテーブルに突っ伏した。
「ですがヒカルさんといっしょにいると、彼女は素の自分を出している気がしますわね……気にくわないことですが」
シュフィは上品な手つきでお茶を飲みながら言った。
「ヒカルくんに対して、君も同じように思うのかい?」
「あ、はい……そうですね、私もたまに、というかほとんど常にヒカル様は遠い存在に思います」
ソリューズにたずねられて思わず正直に言ってしまった。
「ヒカル様は強くて、頭が良くて、気遣いもできる方で……正直、どうして私なんかをそばにおいてくださるのかわからないときがあります」
「それはポーラさんがすばらしい回復魔法の使い手だからですわ! もしもポーラさんが孤独をお感じなのでしたら是非とも教会の——」
「シュフィ。その話はまた今度ね」
「あ、あぅ……はい」
にこやかながらも鋭い一瞥をソリューズが送るとシュフィはしゅんとなった。シュフィはポーラに、教会の一員となって欲しいのだ。
「そうか、君も同じように感じることがあるんだね。であればお互い悩みが尽きないね……」
「は、はい」
そんなふうに微笑みかけられると同じ女性ながらも思わず赤面してしまうポーラである。ソリューズが「太陽乙女」だなんて呼ばれている理由が少しわかった。
(……でもヒカル様はきっと、ラヴィアちゃんの前では素の自分でいるような気がする……)
ふたりの結びつきは、どれほどポーラが距離を詰めても到達しないほどに深いもののようにポーラには感じられていた。
それこそがセリカとヒカルの境遇の、決定的な違いかもしれなかった。
裏通りにある小さなカフェでヒカルとセリカは向き合って座っていた。他の客もほとんどおらず、ここならば異世界の言葉で話していても問題なさそうだ。
運ばれてきたお茶からゆったりと湯気が立ち上る。ヒカルは砂糖もミルクもいれないお茶だったが、セリカはミルクも砂糖もいれて、さらにはパウンドケーキも食べている。
『よく食べるなぁ』
『あんたが食べなさすぎなんじゃないの? まだまだ男の子って背が伸びる年なんじゃないっけ』
『うるさいな。たとえそうだとしてもケーキを食べて背が伸びるわけないだろ。そんなことより聞きたいことがあるんだ』
『ええ、そうでしょうね』
『わかっているなら話は早いよ。それじゃ詳しく教えてくれないか——こっちの世界に転移してきたときの状況を』
『わかったわ。あたしと葉月が出会ったのは——って、え? 葉月のことじゃないの?』
『はあ? なんで今さら僕が葉月先輩のことを聞くんだよ』
ふたりで「?」を顔に貼り付けて向き合ってしまう。
『や、ふつう葉月のこと聞くでしょ。そういう流れだったでしょ』
『いやいや、世界を越えるにはどういうメカニズムが働いているのかっていう話をしてたじゃないか。それを知るにはまずセリカがどうやってこっちの世界に来たのかを知ることのほうが大事だろ』
『ロマンがないわねえ……葉月が「こまっしゃくれた後輩のガキ」と言っていたのはあんただったのね』
『葉月先輩がそんな言葉遣いするわけないだろ』
『むっ』
図星だったのかセリカは眉根を寄せながらパウンドケーキをぱくりと食べた。
『でも……そうか。葉月先輩は僕のことをセリカに話していたんだな』
なんだか心がじんわりと温かくなるのをヒカルは感じた。
そして——この世界に来てからほとんど感じたことのなかった感情に心を揺すぶられた。
それは郷愁だなんて呼ばれるものだ。
『……あんたもそんな顔をするのね』
『なに? 今、僕はどんな顔をしていた?』
『いいのよ。それで、あたしがどんなふうにこっちの世界に来たのかを話せばいいのね?』
ヒカルはうなずいた——セリカの話に「世界を渡る術」のヒントが隠されていると確信しながら。





